【第17回】武士道精神の実践:千葉周作-生きる道-

2019年2月6日

玄武館の跡地こんにちは。日本兵法研究会会長の家村です。
前号をお読みになったTさんからお便りをいただきました。
<乃木閣下の学習院での講話のことは初めて知りました。毎回感動のメールマガジンをどうもありがとうございます>(Tさん)
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これからもよろしくお願いします。
 今回は「武士道精神の実践」の第三話といたしまして、江戸時代の剣術の流派である北辰一刀流の創始者・千葉周作が教えた剣の道についての物語を紹介します。
さあ、きょうも【武士道精神入門】をお楽しみください。
【第17回】武士道精神の実践:千葉周作-生きる道-
 それ剣は瞬速、心、気、力の一致
           千葉道場総師範 千葉周作
 北辰一刀流無想剣の創始者、千葉周作が、ある夜、屋敷の奥に寝ている時、道場の門弟が次ぎの間(つぎのま=貴人の居室の隣の間)に来て声をかけた。
 門弟「先生、お目ざめでございますか。・・・」
 周作「ああ、起きている。」
 門弟「ただ今、茶道家の春斎と申す者が、先生に急にお願いがあって参ったのだと、玄関まで来ております。先生はすでに御寝になっておられるから明日にでも・・と申しましたが、どうか先生に取り次いでいただきたいと、しきりに願っておりますので、いかが致しましょうか。」
 周作「何の用件だ。」
 門弟「醜(みにく)くない殺され方を 是非、先生からお教え願いたいのだと申しております。」
 周作「ほう、面白そうな奴だな。よし、通してよろしい。」
 門弟「はい。」
 すぐに門弟が、茶道の春斎という男を、屋敷の奥まで案内してきた。もちろん千葉周作とは初対面であった。
 周作「醜くない殺され方を知りたい、とのことだと聞いたが、どういう事なのか。」
 そう問われた春斎は、思わず床に手をついて頭を下げて言った。
 春斎「はっ、主人に急用を申し付けられて、駿河台まで参りましたが、その途中、護持院ヶ原(江戸城の北、竹橋付近)にて、浪人の辻斬りに、出会いましてのでございます。」
 周作「それで・・、立合ったのか。」
 春斎「いえ。私は今、主人からの重要な命を受け持っておりますので・・・。主命を果すまで待ってもらいたい。帰りには必ず斬られに参ろう、と約束いたしました。」
 周作「はあ、それならば帰りには、他の道を通ってまいればよかろう。」
 春斎「しかし、約束をいたしました。」
 周作「それならば、斬られに行くのか。」
 春斎「私も丸腰の人間とは申せ、武家に仕えて禄を食(は)む者、命を惜しんで約束を破ったとあっては、主君の御前にすみませぬ。」
 周作「いかにも、人の道はそうあるべきだ。」
 春斎「しかし、太刀(たち)をもつ術(すべ)も知りませぬ。せめて醜くない殺されようを、先生より教えて頂きたいと存じます。」
 周作「面白いな。・・待てよ。」
 千葉周作は、枕もとにある一刀を手に取り、鞘(さや)を抜き放って両手で構え、そして上段に振りかぶると、目を閉じて見せた。
 周作「春斎。」
 春斎「はっ。」
 周作「この通りに構えて見よ。」
 刀を渡された春斎は、立上ると、諸手上段(注:両手で太刀を頭上に振り上げ、片足を前に出す構え)に振りかぶって、同じように目を閉じた。
 周作「うむ、さうだ。もっと足を開け。」
 千葉周作は、正しい姿勢、丹田(たんでん:へその少し下のところ)へ力を入れる要領、呼吸の使い方など一通りを春斎に教えた。
 周作「よいか、その構えで、身体のどこかがヒヤリッとしたと思ったら、ただ打ちおろせ。目をあけるな。醜くない死に方ができるであろう。」
 春斎「はっ、ありがとうございます。」
 周作「その太刀を遣(つか)わす。持って参れ。」
 そして翌日・・・
 春斎は、いよいよ死ぬ覚悟である。護持院ヶ原へきてみると、
 浪人「よう、坊主、まいったか。」
 捨石に腰を下していた浪人は、立上りながら、
 浪人「ほう、太刀を持ってきたな。」
 春斎「約束によって、斬られにきた。さあ斬れ。」
 抜き放った春斎は、教えられたとおりに上段に振りかぶると、目を閉じた。
 浪人は、星眼(剣先を相手の顔面の中心に付ける中段の構え)に構えて、じりじりと寄って行く。そして春斎を見つめながら、ピタリと動かなくなった。
 春斎は、必死に目を閉じて、ヒヤリッとしたら打ちおろそうとしている。
 しばらくすると、
 浪人「坊主、なかなかやりおるのう。相討ちになってもつまらぬ。引くぞ。」
 鍔(つば)音を響かせて刀を収めると、浪人はそのまま立ち去っていった。
 やっと目をあけた春斎、・・・自分が生きていることがわかって、すぐに千葉先生の所へお礼を申しにきた。
 先生は門弟に言った。
 「自分が生きようとか、相手を斬ろうとかいう念がなかった春斎だからこそ、無想剣の真意を、忽(たちま)ちのうちに会得したのだ。」
 身を捨ててこそ生きる道あれ、と山岡鉄舟の詠んだ歌にもある。
 自身の利を思わず、相手を損(そこな)わず、処世の要諦(注1)も、真に生きる道は、この間の消息(注2)にあるように思われる。
 (注1):ようてい、物事の最も大切なところ。肝心かなめの点(デジタル大辞泉)
 (注2):人や物事の、その時々のありさま。動静。状況。事情。( 同 上 )
(「千葉周作-生きる道-」終り)
(いえむら・かずゆき)
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《日本兵法研究会主催イベントのご案内》
【第13回 軍事評論家・佐藤守の国防講座】
 今回は、大東亜戦争終戦の日である8月15日を前にして、佐藤氏が戦闘機パイロットや基地司令などの勤務を通じて体験した“超科学的な現象”特に先の大戦で戦場に散った多くの英霊との目に見えない“交信”について紹介していただき、英霊の顕彰や戦没者の追悼について考えてみたいと思います。
 演 題 英霊の声が聞こえる ― 本来の日本人精神を取り戻せ!―
 日 時 平成25年7月28日(日)13時00分~15時30分(開場12時30分)
 場 所 靖国会館 2階 田安の間
 参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料
【家村中佐の兵法講座 -楠流兵法と武士道精神-】
 本講座では、「万世の明鏡」ともいうべき大楠公の遺訓を後世に伝えるために記された楠流兵法書を現代口語訳し、さまざまな逸話などを交えつつ、初歩から分かりやすく解説いたします。
 演 題 第四回 『南木武経』を読む
 日 時 平成25年8月10日(土)13時00分~15時30分(開場12時30分)
 場 所 靖国会館 2階 田安の間
 参加費 一般 1,000円  会員 500円  高校生以下 無料
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