マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(23)




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マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(23)

前回までのあらすじ

 

本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが一九四四年九月上旬に連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察することにある。実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガーデン作戦実行に伴うリスクを連合軍の指揮官に警告していた。

 

指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの情報源は数多く存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報により提供されたインフォメーションにのみ焦点を当てて考察を進めることとする。第二次世界大戦を通じて、連合軍の戦略レヴェル・作戦レヴェルの指揮官たちはウルトラ情報を活用し、ウルトラ情報の精確性に関してめったに疑いを持たなかったからだ。

 

この数回、連合国によるマーケット・ガーデン作戦までの「ウルトラ」情報の利用について述べている。前回は、「ウルトラ」情報を典拠として、ドイツ軍の人的・物的状態について説明した。

 

一九四四年八月のドイツ軍は、人的損害、補給不足という二つの大問題を抱えていた。

 

まず人的損害について確認すると、損害合計十三万四千二百六十五人を補充するために、ドイツ軍が前線に送ることのできた補充兵の数は、わずかに一万九千九百四人であった。これは、十五人の損害に対して一人の補充兵しか送れていない計算となる。ちなみに、上記の損害にはファレーズ包囲戦での捕虜・死傷者六万人が含まれていないので、人的損耗はより深刻であった。

 

人的側面に関していえば、ドイツ側は士気の面でも問題を抱えていた。たとえば、八月二十三日から二十四日の二日間で、第179予備擲弾兵大隊から約五十人の脱走兵がでており、第217予備擲弾兵大隊の約六十%が脱走している。ただし、士気・規律の問題は、主として正規部隊のもので、武装親衛隊や空挺部隊の士気・規律の問題はそれほど深刻ではなかった。

 

物的側面では、ドイツ軍の軍需品不足は深刻であり、ドイツの軍需産業が喫緊の需要を供給できないほど弱体化していたのと相まって、ファレーズ・ポケットに遺棄された兵器と軍需物資の量は、ドイツ軍にとり危機的損害であった。たとえば、あるドイツ軍師団は、八月二十七日に、「歩兵はカービン銃以外のものをほとんど持っていない。二個大隊はその弾薬をほとんど使い尽くしている。補給が送られたが、いまだ到着していない」と報告している。

 

さらに、物の量的側面=物不足のみならず、物の動的側面=稼働率でもドイツ軍は問題を抱えていた。たとえば、第101 SS戦車大隊は、総計十八輛の戦車を保持していたが、そのうちの七輛が使用可能で、二輛が短期の修理を、九輛が長期の修理を必要としていた。第503 SS戦車大隊は、総計十七輛の戦車を保有していたが、そのうちの三輛が使用可能で、六輛が短期修理を、八輛が長期修理を必要としていた。

 

今回は、「ウルトラ」情報が生み出した、連合国遠征軍最高司令部(SHAEF)の楽観論について述べる。

 

傍受されたヒトラー総統・国防軍最高司令部の指令が明かす兵員不足

 

野戦指揮官は戦場に展開する隷下部隊との通信に問題を抱えていたが、西部での戦争をどのように遂行するのかを明記したヒトラー総統や国防軍最高司令部(OKW)からの指令が届かないことも悩みの種であった。

 

通常、ヒトラー総統や国防軍最高司令部からのメッセージの大部分は、陸上通信線経由で送受信されており、従って、「ウルトラ」はこれらのメッセージを読むことができなかった。だが、陸上通信線が利用しにくくなったため、ドイツ軍はヒトラー総統や国防軍最高司令部のメッセージを無線で送受信するようになった。その結果、「ウルトラ」はこれらのメッセージを傍受することが可能となった。

 

そして、傍受した様々なメッセージをつなぎ合わせることにより、ブレッチリー・パーク(政府暗号学校)はヒトラー総統もしくは国防軍最高司令部から発信されたメッセージの大部分を復元することができた。

 

その一例として、八月二十六日に傍受された西方総軍司令官のメッセージがある。このメッセージにおいて、二十五日に送られたヒトラー総統のメッセージが引用されていた。このメッセージは、八月の戦闘がドイツ国防軍をいかに極端に消耗させたのかを示すとともに、野戦部隊に兵力を補充するためにドイツ国防軍高等司令部がとった手段をも示していた。このメッセージを分析した「ウルトラ」情報は以下のように述べている。

 

「二十六日附の西方総軍司令官のメッセージは、次に述べる二十五日附のヒトラー総統のメッセージを引用している。

 

第一に、西方での戦闘の流れの結果としてすべての参謀、司令部および部隊は解散される。後方で使用する必要のない参謀、司令部および部隊はただちに解散する。第二に、解散された陸軍部隊は、適切な限りにおいて、戦線を強化するために西方総軍司令官の直接指揮下に置かれる。第三に、解散された海軍および空軍部隊は西方総軍司令官の指揮下に置かれ、野戦部隊(空挺部隊を含む)と合流するため最短ルートで戦線に送られる。第四に、この地域の国防軍最高司令部隷下の組織は解散され、それらの要員と装備はただちに西方総軍司令官の指揮下に置かれる」。

 

このメッセージはドイツ軍が直面する兵員不足を明らかにしているだけではなく、ドイツ国防軍高等司令部が、いまだ責任を負って作戦指示を出しており、連合軍の前進に対処するために前線部隊の諸活動を調整していたことをも示している。

 

「ウルトラ」情報とSHAEFの情報要約

 

「ウルトラ」情報は、司令部の情報要約に影響を与えた。連合国遠征軍最高司令部(SHAEF)は、主として西部戦線での一週間の諸活動を要約する、週刊情報報告書を作成していたが、これにはほかの戦線で発生した重要な出来事も含まれていた。連合国遠征軍最高司令部の情報要約の情報源として、隷下指揮官からの報告、捕虜の尋問報告書、鹵獲文書、レジスタンスからの情報などがあった。保安制限の関係もあって、週刊情報要約において「ウルトラ」情報が明確に登場することはなかったが、「ウルトラ」情報が連合国遠征軍最高司令官に提出される週刊情報要約に大きな影響を与えていたことは確実だ。

 

欧州での戦争の終結はもう目の前だ

 

ファレーズ包囲網でドイツ第七軍が撃破された後、連合国遠征軍最高司令部の週刊情報要約は、連合軍が直面する状況を極めて楽観的に描き始めた。これは、連合軍がドイツ軍を部分的に撃破し、包囲網を逃れた残りのドイツ軍部隊がドイツ国境へ向けて退却していたことを考慮に入れるならば、驚くべきことではない。

 

ファレーズ包囲戦の後に最初に出された情報要約は、八月十九日附のものであった。この週刊情報要約は無防備な楽観論の模範である。この情報要約の主たる話題は、ドイツ軍の増援不足、すでに連合軍により占領されている地点に退却を命じる命令、ドイツ国防軍内の全体的混乱状況である。

 

楽観的観測で満ちた情報要約において、特に、楽観的な個所は、ドイツ軍の能力を描写した部分に看取できる。それは以下のような内容だ。

 

「ドイツ軍がどのようにしてより長く抵抗できるのかを理解するのは困難である。二つの確実なことがある。敵は戦争に敗北し、第七軍と西方装甲集団は終末への歩みを加速化しているということである」。

 

八月二十六日に出された情報要約で連合軍の楽観論は最高潮に達した。この情報要約には、米国で今もよく頻繁に引用される有名な一文が存在する。

 

「二ヶ月半の激戦は・・・欧州における戦争の終結を、目で見える範囲に、ほとんど手の届く範囲にまで近づけた。パリはふたたびフランスのものとなり、連合軍は第三帝国の国境に向かって奔流のように流れ込む」。

 

マーケット・ガーデン作戦の失敗の原因が情報の失敗にあると指摘する書籍や論文は八月二十六日の情報要約を引用する。だが、そういった書籍や論文は、ドイツ国防軍の崩壊が実現しないと書き、より悲観的になった翌週以降の週刊情報要約を引用しないことが多い。八月二十六日号の後に刊行された情報要約は、八月のドイツ軍とは全く異なるドイツ軍の状況を描き出している。

 

SHAEFの情報要約を支持しなかったコーク大佐

 

連合国遠征軍最高司令部の週刊情報要約が開陳する過度に楽観的な情勢評価に、すべての人間が同意したわけではない。実際、前線に近い情報分析官であればあるほど、その分析官の書く報告書において楽観論は影を潜める傾向にあった。

 

米第3軍司令部G2(情報部)のコーク(Koch)大佐は、八月二十八日附の第3軍G2情報見積第9号において以下のように述べている。

 

「通信網の寸断、無秩序、人員および装備面での大損害といった破壊的な要素にもかかわらず、敵軍は、しっかりとした戦線を十分維持し続けており、戦術状況の全体的統制を発揮している。敵の退却は継続しているが、潰走や大規模な敗走ではない・・・敵が基本的に時間稼ぎのために戦っていることに絶えず留意しなければならない。我が軍が狭い回廊を東進するため、まもなく天候や地形が敵の最も潜在的な同盟者の一つとなるであろう。しかし、祖国内部の騒動やドイツ国防軍内の反乱というかすかな可能性を除けば、破壊されるか、捕えられるまで、ドイツ軍が戦い続けると予想される」。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

(ちょうなん・まさよし)

 

 

 

(平成28年9月29日配信)

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