マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(20)




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マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(20)

前回までのあらすじ

 

本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが一九四四年九月上旬に
連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察することにある。
実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガーデン作戦実行に伴う
リスクを連合軍の指揮官に警告していた。

 

指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの情報源は数多く
存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報により提供されたインフォメーション
にのみ焦点を当てて考察を進めることとする。第二次世界大戦を通じて、
連合軍の戦略レヴェル・作戦レヴェルの指揮官たちはウルトラ情報を活用し、
ウルトラ情報の精確性に関してめったに疑いを持たなかったからだ。

 

前号から、連合国側によるマーケット・ガーデン作戦までの「ウルトラ」情報
の利用について述べている。

 

前号では、英国のバーナード・モントゴメリー将軍が、一九四二年八月十八日
に第八軍司令官に就任した直後に、「ウルトラ」情報を使用し、情報面で
ドイツ軍に対し有利な地位に立てるようになったことや、彼が「ウルトラ」情報
を利用して、アラム・ハルファの戦いに勝利して以降、大戦中を通じて
「ウルトラ」情報を使い続けることになったことを説明した。

 

また、英米首脳は「ウルトラ」情報の保全に熱心であり、ウルトラは軍レヴェル以上
の部隊において主たる情報源となったが、軍団レヴェルより下の部隊は
ウルトラを使用する対象から除外されたことについて説明した。つまり、戦術部隊
は情報要約や報告書を通じて「ウルトラ」情報の間接的な受益者であったが、
「ウルトラ」計画の存在についてはまったく気付いていなかったのだ。

 

今回は、ノルマンディ上陸作戦直後の連合軍の状況とファレーズ包囲戦に
ついて述べることとする。

 

作戦レヴェルと戦術レヴェルで相反する要求

 

一九四四年六月、ノルマンディに上陸した連合軍は、ノルマンディのボカージュ地帯
でドイツ軍に進撃を阻止されていたが、コブラ作戦およびブルーコート作戦の
成功により、一九四四年八月二十五日までにまでに、ノルマンディ上陸作戦に
参加した四個軍すべてがセーヌ川に到達した。いまや、ドイツ侵攻のための準備
をすることが現実的なものとなったのである。

 

作戦レヴェルから見た場合、ドイツへの侵攻計画は、ドイツへの進撃を支援できる
適切な兵站基地の設定を連合軍に要求していた。しかし、戦術レヴェルの要求
はこれとは異なった。主としてドイツ軍がフランスを横断して退却中であるという
戦術状況は、再集結し、他の地点で防衛拠点を確立する時間的余裕をドイツ軍
に与えないために、ドイツ軍を迅速に追撃することを要求していたのである。

 

適切な兵站インフラの強化は、バラバラになって敗走中の敵軍を撃破する
またとない機会を利用するためにとりあえず後回しにされることとなった。

 

連合軍が直面した兵站問題

 

八月十九日、連合軍部隊がドイツ国境への進撃のためにセーヌ川を渡河し始めた。
連合国遠征軍最高司令官ドワイト・D・アイゼンハワー将軍は、連合軍の主攻を
アルデンヌ北方へ向けることと、主攻がカナダ第一軍・英第二軍・米第一軍で
構成される、という決定を下した。パットンの第三軍は支援部隊として、アルデンヌ
の南方を進撃することとなった。この進撃の最終目標はドイツ領内にあるルール
産業地域であった。だが、連合軍は多くの問題が直面していた。

 

連合軍が直面した最大の障害は長く細く延びた兵站状況とライン川であった。
連合軍とは反対に、ドイツ軍は時間が進むにつれて、取り組むべき障害も
少なくなるはずであった。

 

厳しいドイツ軍の状況とリュティヒ作戦

 

しかしながら、ドイツ軍が直面している状況は連合軍を撃破もしくは遅滞させる
という性格のものではなく、第三帝国の生存のための戦いという性格のもので
あった。欧州大陸のすべての戦線でドイツ軍は連合軍の攻勢により
追い立てられており、彼らには退却以外の選択肢が残されていなかったのである。

 

特に、ドイツ軍を苦境に追い詰めたのが、ヒトラー総統が現地指揮官の反対を
押し切って実施を命じた、リュティヒ作戦(八月七日〜十三日)と呼ばれる、
モルタン近郊での反撃作戦である。この作戦は、米第一軍がコブラ作戦以降に
獲得した地域を回復するとともに、コタンタン半島の付け根に位置するアヴランシュ
地域への進出により、ブルターニュ半島に進出していた米第三軍を孤立させる
ことを目的としていた。
装甲師団保有の戦車だけで三個装甲師団約三百輛という大量の戦車を装備する
装甲軍団をつぎ込んだこの作戦は、初期の頃は成功をおさめたものの進撃は
すぐに停滞し、連合軍の航空攻撃により、作戦に参加したドイツ軍の約半数の
戦車(約百五十輛)が失われた。

 

装甲予備戦力をノルマンディ西部に集中したこの作戦はドイツ軍に悲惨な結果
をもたらした。というのも、戦線の東端が崩壊し、南側面を包囲されたドイツ軍は、
ファレーズ・ポケットと呼ばれる大包囲網に捕捉されてしまったからである。
ヒトラーの誤った作戦介入は、フランス西部におけるドイツ軍の崩壊を早める結果
をもたらしたに過ぎなかったのだ。

 

リュティヒ作戦におけるインテリジェンス

 

リュティヒ作戦での連合軍の勝利はインテリジェンスの勝利でもあった。
西部戦線におけるドイツ軍の責任者は西方総軍司令官ギュンター・フォン・クルーゲ元帥
であった。クルーゲは八月六日夜にリュティヒ作戦の開始を決定し、
米軍に攻撃開始を察知されないように攻撃準備射撃を実施しない決定を
下した。しかし、ドイツ軍が使用するエニグマ暗号機の暗号を解読していた
連合軍は、リュティヒ作戦に関する暗号を8月4日に解読しており、
リュティヒ作戦について把握していたのだ。そのため、連合軍側はドイツ軍
の攻勢に対する対応を万全にしていたのである。

 

ファレーズ包囲戦

 

ファレーズ包囲戦はドイツ軍の弔鐘となった。ドイツ軍が反撃に出た翌日、
カナダ第一軍がモルタン東部のファレーズで攻撃を開始した。ドイツ軍を包囲
する機会が訪れたと判断したモントゴメリー将軍が南側に米第一軍、中央に
英第一軍、北側にカナダ第一軍という配置で攻撃を開始したのだ。

 

以後二週間の間、連合軍の三個軍は、ドイツ第七軍および第五装甲軍を
包囲する。ドイツ軍には東部への退却路が存在したが、ゆっくりと閉じられつつ
あった。ドイツ軍の損害については諸説あるが、約八万から十万の将兵が
包囲網に取り残され、ドイツ軍は約四万五千から五万の捕虜、約八千から一万
の戦死者を出し、約二万名が包囲網からの脱出に成功したといわれている。
これら人的損害に加えて、驚くべき量の車輛・火砲・補給品が破壊もしくは鹵獲
されたのである。

 

人的・物的損害に加えて、部隊全体が包囲網から脱出する際に個人もしくは
小集団へと寸断された点もドイツ軍の以後の作戦に大きな悪影響を与えた。
さらに、ファレーズ包囲戦での大損害は、ドイツ国防軍の士気に大きな打撃を
与え、これは軍がドイツ国境に到達するまで回復しなかった。

 

組織が破断したドイツ軍

 

ファレーズ・ポケット内部の破壊と混乱の状況は、八月一日刊行の連合国
遠征軍最高司令部の週刊情報要約で以下のように述べられている。

 

「レーヌにおいて、敵の戦闘序列は18の師団に所属する百人の捕虜を出した
ことに代表されるほど混乱していた」。

 

一つの町で獲た百人の捕虜を調査したら、所属が18もの師団に分かれていたとは、
もはやドイツ軍は組織として完全に崩壊していたと評価することができよう。
ドイツ軍が組織的統制を喪失していることや、連合軍の前進を食い止めるために
調整された協同作戦を実施することが困難になっている実情が、急速に明らか
となったのである。

 

(以下次号)

 

 

(ちょうなん・まさよし)

 

 

 

(平成28年4月28日配信)

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