マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(18)
前回までのあらすじ
本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが一九四四年九月上旬
に連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察することにある。
実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガーデン作戦実行
に伴うリスクを連合軍の指揮官に警告していた。
指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの情報源は
数多く存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報により提供された
インフォメーションにのみ焦点を当てて考察を進めることとする。
第二次世界大戦を通じて、連合軍の戦略レヴェル・作戦レヴェルの
指揮官たちはウルトラ情報を活用し、ウルトラ情報の精確性に関して
めったに疑いを持たなかったからだ。
複数回にわたりイギリスの「ウルトラ」計画について述べてきた。
前回は、「ウルトラ」情報の「配布」について述べた。
初期の頃、「ウルトラ」情報の配布は、閣僚に限られており、伝令使
もしくは電話を経由して行われていた。しかし、野戦軍司令部が展開
すると、無線通信経由で「ウルトラ」情報を送信することが必要となった。
だが、無線通信では傍受・解読される危険性が伴う。そこで、ドイツ軍
に暗号読解されることなく、遠距離にある野戦軍司令部に「ウルトラ」
情報を伝達できるための解決策として、特別連絡部隊
(Special Liaison Units :SLU)が創設された。
ウルトラ計画は情報保全の面で二つの大きな問題を抱えていた。
第一の問題は、ドイツ軍に傍受されることなく、野戦軍司令官に
「ウルトラ」情報を伝達することである。この問題は、英国空軍通信部隊
から選抜要員をリクルートし、彼らを特別連絡部隊に配置し、
彼らにワンタイムパッド(乱数鍵を一回のみ使用する暗号の運用法で、
数学的に解読不能とされる)を使用させることで解決された。
第二の問題は、情報を受領した部隊が情報源を偽装することなく、
報告書の形で下部部隊に「ウルトラ」情報を配布してしまうことである。
この問題は、「ウルトラ」情報が情報報告書や作戦命令の中で直接言及
されないようにすることで解決された。司令官は「ウルトラ」情報を使用
することができるが、情報源を適切に偽装したり、報告書や作戦命令と
いった文書内で「ウルトラ」情報に直接言及しないことを要求されたのである。
前回までで、「ウルトラ」情報のインテリジェンス・サイクルの全過程を
説明し終わったので、今回は、「ウルトラ」計画に対する著者なりの評価
を述べてみたい。
ウルトラ計画、最大の成功要因
ウルトラ計画の真に傑出している点は、エニグマ暗号解読に必要な
技術的部分にあるのではなく、戦後約30年以上にわたって、秘密が
保持されたという点にある。英国政府が1970年代に機密解除するまで、
世界はウルトラ計画の存在を全く知らなかったのである。
秘密が保持されたというと単純なように聞こえるかもしれない。
だが、ロンドン郊外で約1万人以上の人間がウルトラ計画に関与する
と共に、複数国の多数の軍人が「ウルトラ」情報を見ていたことを考慮
するならば、これは驚くべきことである。
まずは、ウルトラ計画があれほどの成功をおさめることができた最大要因
として、秘密保全が万全であったことを指摘したい。
長期間秘密が保持できた理由
長期間にわたって秘密が保持できた理由の一つは、秘密保持を誓約し、
戦争が終了してからも長きにわたって誓約を守り続けた人々に帰する
べきである。
第二の理由としては、ウルトラ計画の細分化を指摘できる。
ウルトラ計画の全貌を知っていたのは極めて少数の人間にすぎず、
大部分の人間は自身が関与した「ウルトラ」情報製作過程の極めて狭い
役割しか理解していなかった。
厳格な秘密保持の弊害
これまで説明した対策はウルトラ計画の存在を守るために必要であった
ことは確かであるが、いくつかの点で、「ウルトラ」情報が野戦軍指揮官
を支援する可能性を限定してしまったこともまた確かであった。
ブレッチリー・パークで勤務する人々は戦場における次の作戦について
何も知らされていなかった。その理由の一つは、現在起こるかもしれない
事象を見ようとして、分析に先入観が入ることを防止しようとしたことに
あった。だが、このことは次のような弊害を招いてしまったことも確かである。
すなわち、戦場で部隊を指揮する野戦軍司令官にとって危機的に重要で
あることが、ブレッチリー・パークで勤務する人々にとっては重要度が低い
問題であると見なされる事態が起こり得たということである。
起こってしまった失敗
この典型的事例が、マーケット・ガーデン作戦が開始される二日前の
一九四四年九月十五日の「ウルトラ」情報報告書であった。この報告書は、
ドイツ軍のB軍集団がオランダのオーステルベークに司令部を移動した
と書かれていた。そして、この場所は、英国第一空挺師団の降下地点
からわずか2〜3マイルの地点であったのだ。
ブレッチリー・パークで勤務する分析官は来たるべき作戦について
何も知らなかったため、この重要な情報がかかれた通信文に「ZZ」
(五段階中の下から二番目)のプライオリティーをつけたに過ぎなかった
のである。
確かに、この情報が師団長の手に渡っていたとしても、作戦自体が成功
したかどうかは疑わしい。だが、師団長が最も知りたがっていた情報で
あったことは確かであり、もしかしたら、実際に生じた損害は減少した
かもしれない。
次回から数回にわたり、連合国側によるマーケット・ガーデン作戦まで
の第二次世界大戦中における「ウルトラ」情報の利用について述べる
こととする。
(以下次号)
(ちょうなん・まさよし)
(平成28年2月25日配信)
関連ページ
- 第1回
- 長南政義著 「マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(1)」 平成26年12月11日配信 メールマガジン軍事情報
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- 第3回
- 長南政義著 「マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(3)」 平成27年1月15日配信 メールマガジン軍事情報
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- 長南政義著 「マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(4)」 平成27年1月29日配信 メールマガジン軍事情報
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- 長南政義著 「マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(5)」 平成27年2月26日配信 メールマガジン軍事情報
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