マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(17)




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マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(17)

前回までのあらすじ

 

本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが一九四四年九月上旬
に連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察することにある。
実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガーデン作戦実行に
伴うリスクを連合軍の指揮官に警告していた。

 

指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの情報源は
数多く存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報により提供された
インフォメーションにのみ焦点を当てて考察を進めることとする。
第二次世界大戦を通じて、連合軍の戦略レヴェル・作戦レヴェルの
指揮官たちはウルトラ情報を活用し、ウルトラ情報の精確性に
関してめったに疑いを持たなかったからだ。

 

複数回にわたりイギリスの「ウルトラ」計画について述べている。
前回は主として、ハット6のコントロール・セクションとハット3の活動
について述べた。

 

ハット6のコントロール・セクションの機能は、現代の情報収集管理
や配布部門に相当する。コントロール・セクションは情報収集と
情報分析とをつなぐ導管であり、情報収集担当部門が重要な周波数
に収集の焦点を当て、あまり価値がなかったり全く価値のない周波数
の通信文を収集しないことを確実にしていた。

 

暗号解読者は「ウォッチ」と呼ばれる場所で働いていた。暗号解読者は、
完全もしくは一部分のみの通信文を受領し、その日の暗号の
鍵設定(日鍵)がなにかを判定するために作業していた。

 

日鍵が首尾よく特定されると、解読された通信文(ただし、ドイツ語のまま)
は分析のためにハット3へと送られる。ハット3はドイツ空軍および陸軍
に関する通信文のすべてを担当しており、陸軍や空軍の問題について
知識を有する要員が配属されていて、しかもその全員がドイツ語に堪能
であった。

 

関係する情報ならどんなものでも通信文から抜き取られ、
未来のレファレンスのためにハット3で維持されているインデックス・システム
にファイルされた。いったん通信文が翻訳され分析されると、通信文が
「ウルトラ」情報アクセス権限者リストの誰に、どういった優先順位を
つけて送付されるのか、を決定するためにウォッチの長に通信文が
送られることになっていた。

 

つまり、Yサービスにより傍受(収集)された通信文はハット6の
コントロール・セクションに送られ、ハット6の暗号解読者が暗号解読
を実施する。暗号解読者により暗号解読が終了した通信文は、
分析担当のハット3に送られてインデックス・システムにファイルされる。
その後、ブレッチリー・パークの担当官で配布先と優先順位が
つけられた後に、分析官の手によるコメントがほぼ附されない形で、
傍受された通信文全体が「ウルトラ」情報のアクセス権限者に配布される
のである。

 

前回までで、「ウルトラ」情報の「収集」・「分析」過程を説明し終わったので、
今回は、「ウルトラ」情報の「配布」について述べることとする。

 

 

伝達手段開発の必要性

 

初期の頃、「ウルトラ」情報の配布は、閣僚に限られており、伝令使
もしくは電話を経由して行われていた。しかし、野戦軍司令部が展開
すると、無線通信経由で「ウルトラ」情報を送信することが必要となった。

 

だが、無線通信を使用してドイツ側通信文の正確な複製を送受信する
には大きな危険が伴う。というのも、ドイツ側が英国がやったのと同じ
くらい容易に英国の暗号を解読し、自国の暗号通信が英国により解読
されていることをたちまちのうちに理解する危険があったからだ。

 

だが、連合国側が大戦中を通じて、ドイツ軍に暗号読解されることなく、
遠距離にある野戦軍司令部に「ウルトラ」情報を伝達することができる
解決策が考案された。

 

 

ウルトラ計画2つの難問

 

連合国の通信問題を解決するために、
特別連絡部隊(Special Liaison Units :SLU)が創設されたのである。
ウルトラ計画は、計画の運用的安全を維持するという問題に対処する
ために、2つの大きな難問を抱えていた。

 

第一の問題は、ドイツ軍に傍受されることなく、野戦軍司令官に「ウルトラ」
情報を伝達することである。この問題は、英国空軍通信部隊から選抜要員
をリクルートし、彼らを特別連絡部隊に配置することで解決された。
空軍通信部隊員は、ワンタイムパッド(乱数鍵を一回のみ使用する暗号の
運用法で、数学的に解読不能とされる)を使用する訓練を特別に受けていた。
ワンタイムパッドは通信を送受信するには好ましい方法ではなかったが、
ワンタイムパッドを使用することで、暗号通信文は事実上解読不可能
であった。というのも、ワンタイムパッドは、通信発信者と受領者のみ
が使い捨て方式の乱数表を持っていて、一回使用された乱数表は
二度と使用されずに廃棄される方式であるからだ。

 

ただし、ワンタイムパッドも、運用上の誤りや、乱数表が使いまわされると、
解読される危険性が高まる。実際に、米英両国の情報機関がソ連の
暗号文を解読するために行なったヴェノナ計画において、ワンタイムパッド
を使用していたため解読不可能といわれたソ連側の暗号が、一度使用
した鍵(乱数表)を再利用する誤りを犯したために、解読されている。

 

だが、英国空軍通信部隊員は高度に訓練され、鍵を原則通り使い捨て
にしたため、ドイツ側は特別連絡部隊の通信を解読することはできなかった。

 

第二の懸念にして、「ウルトラ」情報がドイツにより解読されるパターン
としてより可能性の高かった問題は、情報を受領した部隊が情報源
を偽装することなく、報告書の形で下部部隊に「ウルトラ」情報を配布
してしまうという問題であった。もし、ドイツ側がこの情報が書かれた文書
を鹵獲することに成功し、唯一の可能性のある情報源がエニグマ暗号
であると判断したならば、ウルトラ計画そのものが崩壊してしまう。

 

特別連絡部隊所属の担当将校が、この事態発生を防止することを確実
にするという報われない仕事を与えられた。司令部内において「ウルトラ」情報
の配布を限定するために、いくつかの保安措置が採用された。

 

例えば、特別連絡部隊が暗号化された「ウルトラ」情報を復号すると、
担当将校が自身で司令部に赴き、復号された「ウルトラ」情報を
アクセス権限者リストに記載のある人物に閲覧させ、その後、部署に戻って
廃棄するのである。これにより、「ウルトラ」情報を記載した文書が司令部内
で机の上に置きっぱなしにされないことが確実となった。

 

担当将校にはこれとは別の任務もあった。それは、「ウルトラ」情報が
情報報告書や作戦命令の中で直接言及されないようにすることである。
司令官は「ウルトラ」情報を使用することができるが、情報源を適切に
偽装したり、報告書や作戦命令といった文書内で「ウルトラ」情報に
直接言及しないことを要求された。

 

 

(以下次号)

 

 

(ちょうなん・まさよし)

 

 

(平成28年1月28日配信)

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