マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(6)
前回までのあらすじ
本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが1944年9月上旬に連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察することにある。実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガーデン作戦実行に伴うリスクを連合軍の指揮官に警告していた。
指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの情報源は数多く存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報により提供されたインフォメーションにのみ焦点を当てて考察を進めることとする。第二次世界大戦を通じて、連合軍の戦略レヴェル・作戦レヴェルの指揮官たちはウルトラ情報を活用し、ウルトラ情報の精確性に関してめったに疑いを持たなかったからだ。
前回からマーケット・ガーデン作戦がどのような経緯をたどったのか?について述べ始めた。前回は、D−Day(作戦開始日)当日の戦況を詳しく見てみた。
マーケット・ガーデン作戦の進撃路は、アントワープ東方から北上し、オランダ南部地方を北上、ドイツ国境附近に位置するアルンヘムに向かうというものであった。連合国軍の計画では、アルンヘム確保後、ライン川を渡河し、ドイツ軍が堅固に防禦するジークフリート線を迂回してドイツ心臓部へと迅速に進撃するとされていた。
だが、ガーデン作戦を実施する機甲部隊が運河、河川および堤防の多いオランダを横断するのには多くの困難が伴った。マーケット作戦を担当する空挺部隊がドイツ軍の防衛線の背後に降下し、要衝となるソン、ウェフヘル、フラーフェ、ナイメーヘンおよび最終目標のアルンヘムの橋梁を確保することとなっていた。空挺部隊の任務は、ベルギーから進撃する機甲部隊の到着まで橋梁を確保することであった。
作戦成功のポイントとなるのは機甲部隊の進撃速度とタイミングであった。機甲部隊の到着が遅延すると軽装備の空挺部隊はドイツ軍の攻撃にさらされることとなってしまうからだ。
1944年9月17日の午後、マーケット・ガーデン作戦が実行に移された。約三万人もの連合国軍空挺部隊が空挺降下やグライダーによりドイツ占領下のオランダに降下した。マクスウェル・D・テイラー率いる米第百一空挺師団「スクリーミング・イーグル」は、すばやくウェフヘルの橋梁を確保した。しかし、ソンではドイツ軍により橋梁が爆破されてしまった。
その北方では、ジェームズ・ギャビン率いる米第八十二空挺師団「オールアメリカン」がフラーフェの橋梁を確保した。しかし、ドイツ軍の抵抗により、ナイメーヘンでは橋梁の確保に失敗してしまった。
アルンヘムでは、英第一空挺師団の二個旅団が町から約十三キロの地点に降下した。しかし、アルンヘムに向けて進撃途中にドイツ軍装甲師団と遭遇した。英国軍は増援部隊と装備品とを降下させたが、増援部隊はドイツ軍の猛射撃を浴びることとなった。午後八時、ジョン・D・フロスト中佐率いる第一パラシュート旅団第二パラシュート大隊がナイメーヘンに架かる橋梁に到着した。
進軍ルートが一本であったため、ガーデン作戦を担当する機甲部隊も困難に遭遇した。作戦初日にベルギーからオランダに侵入しようとした際、ドイツ軍部隊の待ち伏せ攻撃に遭遇したのだ。
今回は作戦二日目の戦況について、紙幅の許す限りみてみたい。
英第三十軍団、米第百一空挺師団と接触を果たす
攻撃開始翌日(D+1日)の9月18日の朝、米第百一空挺師団はドイツ軍の反撃に対しウェフヘルを防衛していた。米第百一空挺師団はドイツ軍の反撃を間もなく撃退し、ウェフヘルは米軍が確保した。
午後三時三十分、四百二十八機のグライダーがグライダー歩兵連隊と師団支援部隊とを運んできた。これらの部隊は、ただちに戦線へと投入された。というのも、ドイツ軍がアメリカ軍を撃退しようとする努力を増していたからだ。
午後七時十五分、英第三十軍団の近衛機甲師団の先頭部隊が米第百一空挺師団とアイントホーフェンで接触を果たした。近衛機甲師団はこの日の午後ソンまで進出することができたが、ドイツ軍により破壊された橋の代わりとなるベイリー橋建設のために、進撃を一時停止しなければならなかった。
これにより、ドイツ軍の反撃に遭遇し、ただでさえ遅れがちであった英第三十軍団の進撃は、さらに遅れることとなる。
降下地点をドイツ軍に確保された米第八十二空挺師団
午前六時三十分、米第八十二空挺師団は、グルースベーク近郊の高地で、旅団規模のドイツ歩兵部隊からの攻撃を受けた。
本連載の過去の回で指摘したように、グルースベーク高地はナイメーヘン周辺地域を支配できる要地であり、米第八十二空挺師団はナイメーヘンにある橋梁を確保する作戦を開始する以前に、この高地を統制下に置く必要があった。
第五百五パラシュート歩兵連隊がドイツ軍の攻撃を撃退することに成功したが、ドイツ軍は米空挺師団の第二陣が間もなく降下する予定であった降下地点を確保していた。
そのため第五百五パラシュート歩兵連隊はドイツ軍を降下地点から撃退するために反撃を開始した。だが、第二陣が到着する午後一時になっても降下地点をめぐる戦闘は継続していた。
英第一空挺師団の苦戦
一方、英第一空挺師団はアルンヘムで苦戦していた。ハンス・フォン・テッタウの指揮するドイツ軍師団が、降下地点を守備する第一パラシュート旅団を西から攻撃し始めたのである。さらに、東からは第九SS装甲師団がナイメーヘンに架かる橋梁を守備するフロスト中佐率いる第一パラシュート旅団第二パラシュート大隊を迂回し、テッタウ師団と連絡しようと試みていた。
テッタウ師団と連絡を取るための移動途中で、第九SS装甲師団はフロスト中佐の部隊と連絡を取るために第一パラシュート旅団から派遣された二個大隊と遭遇した。たちまちのうちに激烈な戦闘が生起し、ドイツ軍装甲師団と比べて軽装備のイギリス軍部隊は大損害を被った。
午後三時、第四パラシュート旅団が到着した。英第一空挺師団長アーカット少将は一個大隊を予備に置き、二個大隊をフロストがアルンヘムで確保している橋頭堡を増強するために送り出した。
だが、英第一空挺師団にとってさらに悪い事に、この時までに、ドイツ軍はアルンヘム橋の周辺に哨兵線を張ることに成功していた。そのため、アーカット少将が派遣した部隊はドイツ軍の哨兵線を突破することができなかった。
9月18日の戦況の総括
9月18日朝の戦況は連合軍に不利であった。ドイツ軍の抵抗は欧州連合国派遣軍最高司令部が作戦開始前に想定していた以上に頑強であった。
連合軍は、無秩序で雑多の部隊の寄せ集めのドイツ軍部隊と戦うかわりに、士気が高く第一線級のドイツ軍部隊と戦うことを強いられたのである。
米第百一空挺師団は作戦目標を確保したが、約十五マイルの「地獄のハイウェイ」を開放し続けるために大苦戦していた。英第三十軍団の到着により、米第百一空挺師団はドイツ軍の攻撃を撃退するのに必要な機動力を得ることができた。
米第八十二空挺師団はグルースベーク高地と確保目標であった一つの橋梁を除くすべての橋梁を確保することに成功した。だが、不運なことに、戦車が通過可能な唯一の橋梁であったナイメーヘン橋梁のみはいまだドイツ軍の手にあった。
英第一空挺師団の状況はもっとひどかった。英第一空挺師団は、元来の任務であるドイツ領内侵攻のための橋頭堡を確保しようとする戦いを展開していたのではなく、師団が生き残るための戦闘を繰り広げていたのだ。
フロスト中佐の部隊を増援するために派遣された四個大隊はドイツ軍の哨兵線を突破できなかった。師団が空からの支援を受ける地域もドイツ軍の反撃を受けていた。しかも、間が悪いことに、師団は英第一空挺軍団長・連合空挺軍副司令官フレデリック・ブラウニング中将と無線で連絡を取り、彼に状況を知らせることができなかった。
(以下次号)
(ちょうなん・まさよし)
(平成27年3月26日配信)
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