マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(5)
前回までのあらすじ
本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが1944年9月上旬に連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察することにある。実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガーデン作戦実行に伴うリスクを連合軍の指揮官に警告していた。
指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの情報源は数多く存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報により提供されたインフォメーションにのみ焦点を当てて考察を進めることとする。第二次世界大戦を通じて、連合軍の戦略レヴェル・作戦レヴェルの指揮官たちはウルトラ情報を活用し、ウルトラ情報の精確性に関してめったに疑いを持たなかったからだ。
前回から数回にわたり、マーケット・ガーデン作戦が立案されるまでの経緯について説明した。アイゼンハワーがマーケット・ガーデン作戦を承認した理由として、マスメディアの影響を受けたチャーチル英首相によるローズヴェルト米大統領に対する圧力といった政治的理由や、空挺部隊を作戦的任務で使用せよという米国陸軍省からの圧力といった政策的理由があった。
また、純作戦的理由として、アイゼンハワーが広正面戦略(広範囲の戦域で一斉に攻勢に出るという戦略)を継続することを許さない兵站的制約があった。兵站的には、広正面戦略はもはやうまくいきそうになかったのである。もし、アイゼンハワーが前進を継続することを望んでいるならば、狭正面戦略を実行しなければならなかった。
このような理由で実行が決定したマーケット・ガーデン作戦は、マーケット・ガーデン作戦という作戦名が示すように、二つの作戦から成り立っていた。すなわち、空挺部隊の降下による「マーケット作戦」と、英第二軍の第三十軍団が先陣となり陸路北進する「ガーデン作戦」との二つである。
マーケット作戦には空挺師団三個半が使用され、英第三十軍団が最終目標であるゾイデル海へと通過するための回廊を確保することになっていた。一方、ガーデン作戦を担当するのは英第二軍である。英第三十軍団は空挺部隊が降下した後、地上部隊進撃の先陣となる。作戦計画では、英第八軍団と英第十二軍団が英第三十軍団の翼を守るために支援攻撃を実行することになっていた。
今回から数回にわたりマーケット・ガーデン作戦がどのような経緯をたどったのか?について述べてみたい。
まずは、D−Day(作戦開始日)当日の戦況から見てみよう。
作戦開始
1944年9月17日の午後早く、オランダ上空の空は、史上最大規模の空挺作戦を実施する輸送機・グライダーで満たされた。オランダ市民とドイツ軍将兵は頭上を通過する編隊を眺めていた。
ドイツ第一空挺軍司令官クルト・アルトゥール・ベンノ・シュトゥデント空軍上級大将は司令部のある建物のバルコニーから眼前で展開されるこの光景を眺め、次のように述べている。
「おお、わたしはこのように強力な部隊を自由に使用出来たならばと思った」。
攻撃開始日の空挺部隊の降下は、戦闘任務というよりもむしろ訓練・演習に似ていた。というのも、たとえ反撃するのに天候が完璧であったとしても、ドイツ軍防空部隊は全く準備ができていなかったからである。
例えば、米第百一空挺師団は、輸送機四百二十四機のうち四百二十二機が降下地点に搭載物を投下することができた。米第八十二空挺師団も米第百一空挺師団と同様の成功を享受し、英第一空挺師団はほぼ100%に近い成功を収めることができた。
しかし、この成功は長くは続かなかった。というのも、ドイツ軍はすぐに反応し、クラウゼヴィッツのいう「摩擦」が連合軍側の作戦活動に生じたからだ。
作戦最初の躓き
マクスウェル・D・テイラー率いる米第百一空挺師団は、午後一時に地上に降下した最初の空挺部隊であった。作戦計画では、師団の作戦目標獲得を容易にするため、離れた二つの降下地点が用意されていた。米第百一空挺師団は橋梁一つを除く最初の攻撃目標のすべてを確保することができた。唯一の例外であったその橋梁も翌日朝に確保された。
だが、米第百一空挺師団は、橋梁が存在しない地点で対岸への橋頭堡を確保することを強いられた。というのも、ドイツ軍がヴィルヘルミナ運河に架けられた三つの橋梁を米第百一空挺師団が確保する前に破壊していたからだ。これら三橋梁の損失は作戦の進行を大きく遅らせた。というのも、英第三十軍団が新しい橋梁を架設することを強いられたため、十二時間以上そこから前進することができなかったからである。
英第一空挺師団の不運
午後一時三十分、英第一空挺師団は米第百一空挺師団に続いて二番目に降下した空挺師団となった。しかし、英第一空挺師団はドイツ軍の抵抗が頑強であったため、作戦目標を確保することができなかった。
アルンヘム橋を確保することになっていた英第一空挺師団の偵察大隊は鉄道線に沿って潜入を試みたため、ドイツ軍の補給部隊の一群により進軍を阻止された。
第一パラシュート旅団第二パラシュート大隊長ジョン・D・フロスト中佐は降下地点から徒歩でアルンヘム橋に向けて出発した。フロスト中佐は不運なことに敵兵が集中している地域に突入してしまい、アルンヘム橋への進路を敵兵と戦闘しながら確保することを強制された。
フロスト中佐は午後八時三十分までに彼が率いる大隊の約半分の兵力でアルンヘム橋を確保することに成功した。結局、フロスト中佐と第二パラシュート大隊が降伏を強いられるその時まで、彼らはその地点を確保し続け、ドイツ軍の攻撃と重砲撃とを撥ね返し続けた。フロスト中佐の活躍は、映画「遠すぎた橋」でも詳しくえがかれているため、ご記憶の読者も多い事と思われる。
英第三十軍団による進撃の遅延
ジェームズ・ギャビン率いる米第八十二空挺師団がナイメーヘン近郊に降下したのは午後二時のことであった。米第八十二空挺師団はマース・ワール運河とグルースベーク高地との間に架かる橋梁をすべて確保することに成功した。
午後二時三十五分、英第三十軍団がミューゼ・エスコー運河橋頭堡で突破作戦を開始したが、ドイツ軍による激しい抵抗に遭遇した。運河や堤防路の多いこの地域では、機甲部隊は道路上を進撃せねばならず、地形を利用した待ち伏せ攻撃に頻繁に遭遇し、そのたびに抵抗を排除するために進撃がストップした。
ドイツ軍は対戦車兵器を縦深をもって道路上に配置した。そのため、英第三十軍団は抵抗拠点を一つ一つ潰していかねばならず、地形的に迂回行動をとることも出来なかった。
夕暮れまでに、英第三十軍団は最初の攻撃目標であるファルケンスワールトに到達することができた。しかし、そこは出発地点からわずか七マイルしか離れていなかった。連合国軍の空挺攻撃による奇襲効果はこうして喪失してしまったのである。
空挺攻撃の衝撃から直ちに回復したドイツ軍
空挺降下を受けたことによる衝撃の後、ドイツ軍は、敵空挺部隊が地上を進む機甲部隊による増援を受ける前に、部隊を再集結させて、反撃を掛けることに成功した。ドイツ軍は最初の衝撃から直ちに回復できたのだ。
連合国軍の意図は明白であった。ドイツ軍はアルンヘムがドイツへの入り口であることを十分認識していたので、ドイツ軍は可能な限り全ての部隊をその周辺地域に投入した。さらにドイツ軍の指揮官たちは、もし、彼らが橋梁を統制下に置き、英第三十軍団の後方連絡線を断つことができたならば、連合国軍によるアルンヘムの進撃を阻止することができるだろうことを認識していた。
さらに、ドイツ軍は幸運なことに、マーケット・ガーデン作戦の作戦開始日に、完全な作戦命令書を鹵獲していた。しかし、この文書が無くても、連合国軍空挺部隊の降下地点から、連合国軍が次にどのような行動に出るかは、ドイツ軍指揮官にとって明白であった。
(以下次号)
(ちょうなん・まさよし)
(平成27年2月26日配信)
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