マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(3)




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マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(3)

前回までのあらすじ

 

本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが1944年9月
上旬に連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察する
ことにある。実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガ
ーデン作戦実行に伴うリスクを連合軍の指揮官に警告していた。

 

指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの
情報源は数多く存在していたが、本連載では「ウルトラ」情
報により提供されたインフォメーションにのみ焦点を当てて
考察を進めることとする。第二次世界大戦を通じて、連合軍
の戦略レヴェル・作戦レヴェルの指揮官たちはウルトラ情報
を活用し、ウルトラ情報の精確性に関してめったに疑いを
持たなかったからだ。

 

前回は、マーケット・ガーデン作戦の計画立案のために利
用できた二つの主たる情報源について述べた。

 

第一の情報源は、「ウルトラ」情報という形で提供されるシ
ギント(信号情報。通信や電子信号などを媒介として行わ
れる諜報活動)であった。第二の情報源は、ヒューミント(人
的情報。人間を媒介として行われる諜報活動)であった。ヒ
ューミントは、主としてオランダで活動するレジスタンスから
送られてくる報告に基づくものであった。

 

二つの情報源のうち、「ウルトラ」情報は情報量という面で極め
て多くの情報を提供していたが、ゲシュタポ(国内治安維持に
関する諜報活動を実施していた)の潜入やゲシュタポが流す
偽情報の影響を受けにくかったので、関係者により最も容易
に事実として受け入れられる傾向があった。

 

一方のオランダで活動するレジスタンスからの報告は関係者
によってしばしば割り引かれて受け止められ、真実とはみなさ
れないこともあった。というのも、オランダのレジスタンスにゲシ
ュタポのスパイが潜入していたり、オランダのレジスタンスが収
集する情報の中にはゲシュタポが流す偽情報が含まれていた
りする可能性があると考えられていたからである。

 

従って、連合軍の高級指揮官たちは「ウルトラ」情報に対し過
大ともいえる信頼を寄せていた。

 

今回から数回にわたり、マーケット・ガーデン作戦が立案され
るまでの経緯について述べていきたい。

 

 

アイゼンハワーの広正面戦略

 

1944年8月までに、オーバーロード(大領主)作戦(連
合軍が実施した北西ヨーロッパに対する侵攻作戦。ノル
マンディー上陸からパリ解放までの作戦全体の正式
名称)が完結した。ヨーロッパ大陸での足がかりを確保
するという任務が完遂されたのであった。いまや連合軍
の関心はドイツ侵攻へと集中した。

 

この時点までは、欧州連合国派遣軍最高司令部(Supre
me Headquarters Allied Expeditionary Forc
e :SHAEF)最高司令官ドワイト・D・アイゼンハワー陸軍
大将の広正面戦略が成功していた。広正面戦略は、ドイツ
軍が再集結したり、他の地点で拠点を強化したりするのを
防ぐ目的で、戦線全体にわたってドイツ軍に対し圧力をか
けるよう計画されたものであった。

 

広正面戦略が抱えていた欠点

 

兵站的見地から言うと、広正面戦略は連合軍の兵站能力で
はもはや支えることのできない戦略であった。当時、連合軍
が占領していた唯一の港湾は、コタンタン半島の先端に位置
するシェルブールのみであり、従って連合軍は補給物資の大
部分をノルマンディー海岸の仮設埠頭に揚陸するしかなかった。
連合軍の当初の計画では、8月中にはブルターニュ半島の港湾
施設を利用可能であるとの予定であったが、同半島最大の港
湾都市ブレストは連合軍に包囲されながらも抵抗を続けており、
連合軍が占領した同半島のその他の港湾は破壊されていて即
時に使用出来ない状態であった。

 

本来の計画では、シェルブールおよびノルマンディー海岸の仮設
埠頭から揚陸された補給物資は兵站地に輸送されるはずであっ
た。しかし、種々の理由から、補給物資は兵站地を経由せずに
直接前線部隊へと送られていた。この状況は、補給品が海岸地域
の仮設埠頭から前線へ送付されるよりも速く前線部隊が前方へと
進撃していた事実により悪化した。連合軍の兵站能力が、野戦部隊
の迅速な快進撃に追いつくことができなかったのである。敵軍は混
乱していたが、少なくともしばらくの間、連合軍は兵站的理由により
アイゼンハワーの広正面戦略を継続できなくなったのである。

 

仇となった鉄道への空爆

 

1944年9月第一週までに、追撃は終了した。しかし、急速な進軍
は、連合軍部隊を疲弊させただけでなく、部隊の装備品や補給品
を消耗し尽したのであった。伸びきった後方連絡線と兵站・輸送部
隊の装備品の消耗の結果、輸送システムは需要にこたえ続けるこ
とができなくなった。

 

連合軍の輸送システムは次のような問題を抱えていた。連合軍は
ノルマンディー地方へのドイツ軍の部隊移動を妨害する目的で、空
爆により鉄道を破壊していた。その結果、連合軍は鉄道輸送では
なくトラックを使用した輸送に依存せざるを得なかった。そのため、
例え補給物資がヨーロッパ大陸に揚陸されたとしても、海岸地帯から
前線へは十分な数量の補給物資を輸送することができなかったの
である。

 

連合軍各部隊の補給状態

 

ここで、連合軍主要部隊の当時の補給状態を確認してみよう。
第21軍集団司令官バーナード・モントゴメリー陸軍大将は、一日
に必要とする一万トンの補給物資のうち、七千五百トンしか受領
できなかった。一方、米第1軍司令官コートニー・ホッジス陸軍大
将は、一日に必要とする一万トンの補給物資のうちの半分の五
千トンしか受領できなかった。もっとひどい補給状態にあったのが
米第3軍司令官ジョージ・S・パットン陸軍大将が率いる米第3軍
で、米第3軍はわずか二千トンしか受け取ることができなかった。
この数字は部隊の維持が困難な補給量であることを意味する。

 

連合軍の高級司令部で蔓延する勝利の幻想

 

しかし、連合軍は兵站が原因で機能不全に陥っていたが、司令
部に蔓延していた勝利の幻想はいささかも衰える兆候はなかった。

 

フランス内陸部への迅速な快進撃は、ゆっくり且つ困難であった
海岸橋頭堡からの突破速度ときわめて対照的であった。その結
果、いまや、ドイツ軍は粉砕され、十分調整された防衛作戦を実
施困難であると、連合軍首脳部は考えた。

 

欧州連合国派遣軍最高司令部情報部(G2)は、その当時の印
象を次のように要約している。

 

「八月の戦闘が終り、西部に居た敵は駆逐された。二ヶ月半の激し
い戦闘が、ヨーロッパにおける戦争の終結を目に見える所まで、
ほとんど手に届く範囲の所にまで近付けたのである」。

 

 

 

 

(以下次号)

 

 

 

 

(ちょうなん・まさよし)

 

(平成27年1月15日配信)

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