マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(1)




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マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(1)

本連載の目的

 

 本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが1944年
9月上旬に連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察
することにある。実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・
ガーデン作戦実行に伴うリスクを連合軍の指揮官に警告していた。

 

指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの
情報源は数多く存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報
により提供されたインフォメーションにのみ焦点を当てて考察
を進めることとする。第二次世界大戦を通じて、連合軍の戦略
レヴェル・作戦レヴェルの指揮官たちはウルトラ情報を活用し、
ウルトラ情報の精確性に関してめったに疑いを持たなかった。

 

 

マーケット・ガーデン作戦とはなにか

 

ノルマンディ上陸作戦の成功から3ヵ月後、ドイツ軍はオランダへ
と退却した。1944年9月17日、連合軍は歴史上最大の空挺作戦
であるマーケット・ガーデン作戦を実行することにより上陸作戦以
来の戦果を拡張しようと試みた。マーケット・ガーデン作戦の作戦
規模は、戦闘機・爆撃機・輸送機5000機、グライダー2613機、
爆撃機・戦闘機・その他の近接航空支援機の出撃回数5700ソーティ
という大掛かりなもので、対ドイツ戦を迅速に終結させる意図をもって
実行された。

 

連合軍はナイメーヘンのライン橋奪取までは成功したものの、
作戦の最終目標であるアルンヘムの橋梁を確保できず、作戦
は失敗に終わった。この作戦は、戦後、コーネリアス・ライアンの
ノンフィクションを原作に『遠すぎた橋』(原題:A Bridge Too Far。
リチャード・アッテンボロー監督、1977年公開)として映画化されて
いるので、ご記憶の方も多いであろう。

 

 

マーケット・ガーデン作戦の失敗は、インテリジェンスの失敗に基づくのか?

 

マーケット・ガーデン作戦に関しては数多くの著作が存在する。
これらの本の著者は、インテリジェンス・コミュニティーがドイツ軍
の脅威について指揮官たちに適切な警告を与えなかったため、
この作戦が失敗したと述べている。

 

公文書や個人の回想録を使用して第二次世界大戦史が研究された、
二次世界大戦終結から数十年の間は、この説は正しいように思われた。

 

1974年、英国政府が、「ウルトラ」情報や、野戦軍司令官に送られた
「ウルトラ」情報の内容の機密解除を開始した。これにより、歴史家が
「ウルトラ」情報を使用始めただけではなく、戦争中に実際に「ウルト
ラ」情報を作成した情報機関関係者や、「ウルトラ」情報を使用した指
揮官たちが、「ウルトラ」情報が戦争に与えた衝撃の大きさについて、
始めて議論が可能となった。

 

しかし、「ウルトラ」情報の機密解除にもかかわらず、インテリジェン
ス・コミュニティーがマーケット・ガーデン作戦実行に伴う固有のリ
スクについて指揮官に警告を与えることに失敗したという通説は
修正を迫られることが無かった。

 

 

ライマン・カークパトリックの『盲目の指揮官たち』

 

この通説の例が、ライマン・カークパトリックの『盲目の指揮官たち』
(原題:Captains Without Eyes)である。『盲目の指揮官たち』
は、1969年に刊行され、1987年には米国版が刊行されている。

 

カークパトリックは、『盲目の指揮官たち』の中で、以下のように述べて
いる。

 

「アルンヘムで起きたことは、敵兵力についてのかなりの過少評価
や重大な地形の誤判断といったインテリジェンスの大きなミスの結
果である」。

 

カークパトリックは、さらに以下のように続けて、インテリジェンスの失
敗を説明しようとする。

 

「作戦開始の決定と攻撃との間の一週間で、この地域に所在する
敵軍に関するさらなる情報を収集する時間が無かった」。

 

しかし、公開された「ウルトラ」情報に基づくならば、後者は明白な誤り
であり、前者の正確性にも疑念が持たれる。

 

1944年9月4日、英第二軍がアントワープを占領した後、「ウルトラ」
情報はオランダに移動するドイツ軍部隊に関する極めて精確な情報
を提供していた。この情報には、ドイツ軍指揮機構の再編、オランダ
への機甲師団の再配置、ドイツ軍がアルンヘムかアーヘンに向かって
なされる空挺作戦を伴う連合軍の攻撃を予期している事実が含まれていた。

 

つまり、インテリジェンスは利用できたのである。換言すると、指揮官
が作戦に伴うリスクについて適切に警告を受けていたのかどうかや、
インテリジェンスが作戦中に失敗したかどうかが問題なのである。

 

 

敵兵力の過少評価?

 

また、ミハエル・リー・マニングは、1996年に刊行された『意味なき秘
密』(原題:Senseless Secrets)の中で、次のように述べている。

 

「マーケット・ガーデン作戦における最も重要な情報の失敗は、敵兵
力の著しい過小評価である」。

 

マニングによるこの批判はカークパトリックの批判とほぼ同じである。
両者の違いは、マニングがアルンヘム周辺に所在するドイツ軍機甲
部隊について述べてある「ウルトラ」情報について言及している点の
みである。マニングはこの「ウルトラ」情報に留意することを怠った責
任をモントゴメリーとその幕僚とに帰責しているが、モントゴメリーの
幕僚がどのようにして作戦を実行することの危険についてモントゴメリ
ーに警告したのかについては言及していない。

 

 

情報の失敗?

 

他の多くの研究者はマーケット・ガーデン作戦失敗の原因を、情報不足
ないし情報関係者が利用可能な情報を適切に解釈することに失敗した
ことにあるとの説を長年唱え続けてきた。

 

インテリジェンス・コミュニティーが8月後半の連合軍のドイツ軍追撃以降、
明らかに楽観的な情勢評価を変化させるのに遅れたことは確かである
が、実際、インテリジェンス・コミュニティーはその情勢評価を変化させ
ており、この情勢評価報告書は指揮官たちに提出されていた。

 

指揮官たちはこの新しい情報に対して指揮官ごとに異なる反応を示し
ているが、結局、作戦は計画通りに実行されてしまった。

 

 

(ちょうなん・まさよし)

 

(平成26年12月11日配信)

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