【第57講】スペイン語文法入門―兵法的外国語学習への誘い―(その35)

 前回では、「格」に従って”語形”が「不規則変化」している「人称代名詞」の
中でも与格と対格について話を進めて来ました。今回は、「与格(~ニ)」と
「対格(~ヲ)」はどう違うのか?について学んで行きましょう。

1)与格(~ニ)の本質について
 与格は、”dativo”と言います。この語は、スペイン語の先祖であるラテン語の動
詞”DARE”(与える:スペイン語では”dar”となっています。)から由来する名称
です。
 この与格の本質とは、「対格=~ヲの意味が直接、動詞によって表される行為の対
象・目的になっている(ここでの動詞とは、他動詞です。~ヲのついた名詞を一緒に
言わないと意味が通じません)」のに対して、「動詞によって表される行為によって
利害・得失をこうむる人」について述べるものです。
 よって、与格が現れる場合(人ばかりの場合なら・・・)は、文の中に登場人物が
3人出てくるのが普通です。
 例えば、次の日本語の文を参考にして観察してみましょう:
松島菜々子ハ(主格)、藤原紀香ニ(与格)黒木瞳ヲ(対格)紹介します(他動詞)。
 この文では、「松島菜々子ハ黒木瞳ヲ紹介する」ということの利害・得失の関係に
“関与”しているのが「藤原紀香」の立場になります。この立場を示す働きをしてい
るのが与格の本質なのです。
例)僕は、お金をあげるよ!
と聞いたら、ひょっとして・・・「君ニ!」なら嬉しいではありませんか?
そして、「あいつニ!」なら・・・がっかりしますね。
 「目的語」という言葉があります。
 この言葉の意味を観察して考えた場合、上の最初にある例文で言えば、「黒木瞳」
が「”直接的”に他動詞(紹介する)の目的語になっている」のに対して、「藤原紀
香」の方は、”直接的”ではありません。ここでは”間接的”に現れている・・・と
見るのです。
 故に、与格とは・・・英語やフランス語等では、「動詞の目的語」という概念を基
準に考えた場合には、「他動詞の直接的な目的語になっていない」・・・「故に、間
接的」である・・・ので、「間接目的格」と言われるのです。
 そして、対格の方は「直接的」な立場にありますから「直接目的格」といわれるの
です。
2)対格の本質について
 対格は、”acusativo”と言います。この名称の由来は、ラテン語で「告発する」
という動詞”accusare” から派生した言葉になっています。 これは、有名な誤訳の
逸話としてよく知られています。
 即ち・・・レミウス・パラエモン(Remmius Palaemon) の誤訳といいます:
 レミウス・パラエモンは、パッと聞くと・・・日本語での語感がドラエモン、土左
衛門、ハンパモンとかの・・・アニメキャラクターか水死体か胡散臭い人物を指す
「~もん」といったものがあって、意外と親しみが持てる名前ではないでしょうか?
 このレミウス・パラエモンは、西暦1世紀のローマのラテン語文法家であり、中世
に至るまで、欧州での「学校文法」の基礎となっていた、”Ars gramatica”の著者
でした。
※「欧米」では、日本人が古典(国文学)や漢籍を学ぶのと同じく、古典ギリシア語
やラテン語を学ぶと共に彼らの共通の祖先の有する発想を学んでいます。ルネサンス
期から顕著となる軍事革命にしても、担い手の思考基板とは、彼らの「古典」であっ
たことは知られています。「温故知新」ですね。
 面白いことですが、漢籍では本家の中国では、中国共産党が「文化大革命」(あなた
は是非ともインターネットで検索などして自分で調べてみると現代の中国の理解に結び
つきますよ!彼ヲ知リ、己ヲ知ラバ・・・です。)とかをしたことで、意外と日本で
親しまれている作品を知らないものです。(しかし、台湾の方々は、漢籍のテーマで
はよく話が通じます。)
 レミウス・パラエモンは、ギリシアの文法家ディオニュシウス・トラークス
(Dionysius Thrax)がギリシア語で書いた文法書をラテン語へと訳す際、「原因格」と
いう意味のギリシア語 “aitaike”(アイタイケ)という語を誤って「告発の格」と
訳してしまったのでした。その後、この誤訳が定着してしまったのです。
 以上は、結構、有名なお話しですので知っておいてください。
 対格の働きとは・・・それは、行為の直接的な目標を表します。
 そして、この対格を付けなければ意味が100パーセント相手には通じない動詞=
「他動詞」と常にペアで使用されます。
 よって、目的に向かって動作を自分から仕掛ける=能きかける(active)積極的な
ことを述べ伝えます。この場合、立場を逆転して目的の立場に立って動作を相手から
仕掛けられる=受け取る(passive)側の消極的なことがらを述べる表現方法が「受動
態」です。
(英語のテストでやった「次の能動態の文を受動態に書き換えなさい」・・・とかで
すが、用語で見れば、アクティヴ、パッシヴとかいう言葉は、夜間暗視装置や潜水艦
を見つけ出すソナーなどの軍事用語でも使われていますね。)
 対格とは、態(ヴォイス=能動や受動の考え方)と相補的(お互いに補い合う)な
関係にあるもので、およそ動詞の分類の上では動詞全体の9割程度(特に欧米の言語
において)を”専有”している「他動詞」と共に用いられます。
 では・・・与格と対格を習ったので、人称代名詞には他にどんな格があるのか?
ここでマスターして行きましょう。それは、幾つもあるのというのでしょうか?実は、
あと一つなので・・・仕上げてしまいましょう。
3)前置詞格人称代名詞について
 現在のスペイン語における”前置詞格”(“preposicional”)とは、元々、ラテン語
で”具格”(日本語の”~デ”に相当。”instrumental”と言います。手段等を表す
格。例:「鉄管デ殴打する」と言った場合の”鉄管デ”の”~デ”です)と言われる
ものでした。
 現在では常に前置詞の後ろで使用される人称代名詞の語形に引き継がれています。
 日本語の訳は、前置詞の示す意味に従います。よって・・・一例をあげるなら、
“con”なら”~ト共ニ”、”por”なら”~デ”、”a”なら”~ヘ”・・・となりま
す。
前置詞格人称代名詞は、次の通りです:
第一人称・単数 mi(*)
第二人称・単数 ti(*)
第三人称・単数 el, ella, usted
第一人称・複数 nosotros, nosotras
第二人称・複数 vosotros, vosotras
第三人称・複数 ellos, ellas, ustedes
 特徴としては、第一人称・単数(*)と第二人称・単数(*)のところだけが注意
が必要なだけで・・・「残りの形は、全て主格人称代名詞と同じ」です。
注意:
 語順については、いつも「前置詞の後ろ」です。
ex. Ellos hablan de mi. (彼らは私のことを話している。)
Ellos hablan de ti. (彼らは君のことを話している。)
una carta para mi 私に向かった=私宛の手紙
una carta para ti 君に向かった=君あての手紙
la fortaleza destruida por Hanibal ハンニバルによって破壊された要塞
 特殊な場合として:
con + mi = conmigo
con + ti = contigo
という特殊形がありますので、必ず、今ここで覚えてしまいましょう。
例)
Tu, conmigo. (貴様は、俺と一緒に行くぞ)
Contigo pan y cebolla. (君と一緒にパンと玉ねぎ→「手鍋下げても」のスペイン
版)
 次回は、気分転換に副詞のお話しをして・・・残るは、日本人が苦労する「スペイ
ン語臭~い」文法項目が二点程あるのですが・・・それらを克服して行きましょう。
それが過ぎると・・・さほどしんどいものはありません!
良いお盆休みを!
今日はここまで。
Hasta luego.