【3】歴史はものがたり

国史に対する視座の歪みを治す方法

こんばんは、エンリケです。
最近は、歴史の真実を図る物差しについて解説しております。
前回までの記事一覧
http://okigunnji.com/?cat=2876
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■歴史はものがたり
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北朝鮮を発火点とする
周辺情勢の地殻変動にわが国はどう対処するか?
というはなしではなく、
国連がどうのこうの
解散がどうのこうの
自民から離党者が出た云々
という話に人々は終始しています。
わが国内の雰囲気は、
平静・平和そのものです。
しかしその奥にあるのは
見たくないものから目を背ける
ダチョウ症候群
でしかないのでは?
いたずらに危機をあおるのは愚か者のすることですが、
せめて核武装国によって行われるであろう
今後の出来事に思いを巡らし必要な手を打つよう
呼びかける
くらいはしなきゃいけないな
と感じる今日この頃です。
で、
けっきょくわたしたちって、
歴史については「物語」でしか理解できないということです。
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■けっきょくものがたりなんです
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いきなり話が飛びますが、
まず、私たちの周りには、何があるでしょうか?。
戦後日本で生きている私たちは、
知らず知らずのうちに唯物論に冒されていますので、
意外にスパっと答えられないもんです。
答えは

です。
実は、歴史を見る目、歴史を見る視座って、
いま、ともに生きている自分の周りにいる人々へのまなざし
とかかわっているんです。
歴史って、
いろいろな登場人物がいますよね。
登場人物のいない歴史は存在しません。
そんな人々の言行を集めて、
因果関係とか相関関係にまとめ上げることを通じて、
ひとつのストーリーとして作り上げられたもの。
それが歴史です。
多くの場合、
ストーリーの中には善玉と悪玉が仕立てられます。
それにより、読み手が納得するんですね。
しかしこういう姿勢にならされている限り、
歴史からエキスをくみ取れないんですよ。
暴れん坊将軍や遠山の金さん、伝七捕物帖といった
完全なエンタメであれば、まあいいんですが、
きちんとした史実や歴史を学んで今に活かすエキスを
くみ取りたい人にとって、
そういう薄っぺらい登場人物の色分けは、当時の状況に
自らを置き、その時代に生きた人と寄りそう機会を奪います。
今生きる自分たちに、過去の時代に生きた人を
むりやり寄り添わせようとする姿勢なんですね。
そういうことでは何のために過去の事績と接しているのか
意味わかりません。
当時の時代の限界を見極め、当時の人々と共に考えようとする
姿勢があってはじめて、歴史の流れをつかみ取ることが
できるのではないでしょうか?。
当時の限界を知ることは、
今と比較するための唯一の物差しです。
そのためには、当時を生きた人々に寄り添う姿勢が必要なんです。
歴史を学ぶ意義は、温故知新(今に活かすため
過去に尋ねる)にありますが、それをするには、
他者への共感をどれだけ持てるかが極めて重要ということです。
物差しもなしに、
温故知新ができるはずもありません。
事細かに考えれば、ほかにもたくさんありますが、
今の時代は、いろいろな情報があるせいで、
ほんとうにやるべきことの邪魔になることが多いものです。
ここまで歴史の真実を測る物差しを紹介してきましたが、
これを腑に落していただけると、
歴史上の先人たちが、今生きる私たちとつながっているんだ
ということに気が付きます。
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■まとめ
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まあ、簡単に言うと、歴史からエキスを得るには、
先人と寄り添い、過去の時代の限界をわきまえるよう心掛けることです。
歴史からエキスを得るためのこんな話、
あるようであまり見ません。意外と新鮮だったのでは?
一度、自分で歴史と向き合う視座がどうなっているかを
見つめなおしてほしいと思います。
明日は、秘伝をお伝えします。
それでは、以上です
エンリケ
前回までの記事一覧
http://okigunnji.com/?cat=2876
追伸
実は、今ひそかにあるホームページを作っております。
ひさびさになります。
そしてなんと!
あああ!楽しみすぎるw
次回はこれについて書いていきますね。

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