しかるところこの肝腎の歴史が 容易に信用せられないとは、 実に困った次第ではないか。

歴史

「おれはいつもつらつら思うのだ。
およそ世の中に歴史というものほど
むつかしいことはない。
元来人間の知恵は未来のことまで
見透すことができないから、
過去のことを書いた歴史というものに鑑みて、
将来をも推測しょうというのだが、
しかるところこの肝腎の歴史が
容易に信用せられないとは、
実に困った次第ではないか。
見なさい、幕府が倒れてから
わずか三十年しか経たないのに、
この幕末の歴史をすら完全に伝えるものが
一人もいないではないか。
それは当時のありさまを目撃した故老も
まだ生きているだろう。
しかしながら、そういう先生は、
大抵当時にあってでさえ、局面の内外表裏が
わからなかった連中だ。
それが三十年の後からその頃の事情を
書き伝えることができようか。
いわんやこれが今から十年も二十年も経て、
その故老までが死んでしまった日には、
どんな誤りを後世に伝えるかもしれない。
歴史というのは実にむつかしいものさ。」
『氷川清話』より

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