大義を知らぬ者は、そこで迷ふ

江戸期の愛国思想家浅見絅齋『中國辯』(『靖獻遺言講義――處士劉因の條』所収)より抜書き。
<扨て中國・夷狄と云ふ事あるに付き、唐の書に、日本をも夷狄と云ひ置くを見て、とぼけた學者が、「あら口惜しや、耻かしや。我は夷狄に生れたげな」とて、我と作り病をして嘆くが、扨ても淺間敷き見識ぞ。
我が生れた國程、大事の中國が、どこにあらうぞ。
國は小さくと、何が違はうと、同じ月日を、唐の指圖を受けもせずに戴いて居る國に、「唐人が夷狄と書いて置いた程に」とて、最早やはげぬ樣に覺えて居るは、人に唾をかけられて、得拭はずに泣いてゐると同じ事ぞ。
「それでも聖人も、夷狄と云つたもの」と云はふけれども、それは唐の聖人は、唐からはそう云ふ筈。
日本の聖人は、又た此の方を中國にして、あちを夷狄と云ふ筈ぞ。
「それでは、すれあふが」と云はゞ、それが義理と云ふものぞ。
大義を知らぬ者は、そこで迷ふ。やすいこと、人にも親があり、我にも親がある。
人の親の頭ははらるゝとも、我が親の頭ははられぬ樣にするが、子たる者の義理ぞ。
すぐに其のあちの親といふ親の子も、又た面々に我が親の頭をば、はらせぬ樣にとぞ思ふ。
是がすれあふ樣なれども、それで義理は立つた者ぞ。
それでも「日本は小國ぢや」と云ふ。
それならば、身代のよい者の親を見て、手前のそれより輕き身代の親ならば、役に立たぬ親父よとて、どこへぞ捨てふか。
是れ一つで、合點のいつた事ぞ。‥‥>
現代語訳しようかと思いましたが、この程度の言葉がわからぬようでは日本人としていかがなことかと思いますし、
それ以上に、現代語訳したら真の意味で影響力を持ちえないため、あえてしません。
「外国と比較して己を蔑んで良しとするクセ」「見習うべき範を外国に求めるクセ」は、
数百年前から続くわがエリートの悪弊のようです。

コメント

RSS