新穂智少佐の西部ニューギニア横断記

この動画は新穂智少佐が残した資料
「西部ニューギニア横断記」
を、動画の形で完全に残したものです。
youtubeで公開されており、全部で37話あるはずです。
きわめて長編なので、
一日やそこらで全部見ることはできないと思います。
帝国陸軍にあった秘密戦士養成機関
陸軍中野学校。
中野学校の成功は、第一期生の成功によるといわれています。
第一期生の多くは、陸士卒でなく甲種幹部候補生から選抜されました。
この動画の主役、新穂智少佐は中野学校一期生で、
卒業後、蘭印(現在のインドネシア)に派遣され、任務に就きました。
敗戦後、東京裁判と同様の「裁判の名を借りた一方的復讐」
によりオランダによって処刑されています。
わが先輩の魂と祖国への強き思いをきちんと引き継ぎ、
後世に残す意味からも、ひとりでも多くの方にご覧いただきたいです。
以下は第一話です。


新穂智(にいほ・さとる)
大正5年(1916年)鹿児島生まれ。旧制中学卒業後満州に渡り満鉄に勤務。
現地入隊で台湾歩兵連隊に入営。甲幹試験に合格。見習士官となり陸軍
中野学校の第一期生となる。卒業後の昭和15年、バタビアに派遣。
昭和17年9月帰国し、中野学校教官。昭和18年、西部ニューギニアに派遣。
神機関長として西部ニューギニアの地勢調査と原住民の宣撫工作を行う。
敗戦後、いわゆるBC級戦犯として連合軍に逮捕される。
ホーランジア法廷にて住民虐殺罪で死刑を宣告され、昭和24年3月3日刑死。
享年33歳。最終階級陸軍少佐。

コメント

  1. 川崎明 より:

    私の父、川崎英策は、昭和20年6月15日、西部ニューギニア・マノクワリで戦病死したことになっています。(公報)しかし、帰還されて後年留守宅にお越しいただいた方のお知らせによると、4月15日に死亡したとのことです。特別召集のため年齢は高く38歳でした。当時の状況を知りたいものと、関係者の紹介で防衛研(東京・目黒)で資料を見せていただいたりしましたが、歩兵第219聯隊第4中隊の当時の様子はさっぱりわかりませんでした。詳しく知る方法があれば教えていただきたいのですが。

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