軍事情報特別企画  ノモンハン事件について思う(12)

From:荒木肇
2012年(平成24年)7月11日(水)
□ご挨拶
 この日曜日、静岡県小山町の陸上自衛隊富士学校の創立58周年記念日に
行って参りました。御殿場駅からのシャトルバスに乗るには、横浜駅を7時
くらいの電車に乗らなくてはなりません。今回は千葉県浦安に住まわれる
「樺太戦史研究家」のF先生をおさそいし、職場の後輩、W先生との道中でした。
 わが家を出るときには霧雨が降っており、湘南新宿ラインに乗った時には
西の方から晴れてきました。でも、富士の天気は油断大敵。国府津で御殿場
線に乗り換えて、山北でははやくも雲がかかってきます。駅前でバスに乗った
ときには、もう富士は見えなくなっていました。
 観閲式は定刻に始まり、学校長の式辞の後は、いつもの国会議員の
ご挨拶。やたら声を張り上げて、自衛官は重要な任務がある、心を引きしめろ
といった絶叫調の言葉ばかり。少しくげんなりしたところを国務大臣・衆院
議員たるご当地選出のHさんの登場。なにかいい話かと思いきや、これも
また、通り一遍のお説教。少しも自衛官の給与切り下げ、定数削減の話は
少しもしません。
 それを言ったのは、やはりヒゲの隊長、佐藤正久議員でした。参院で
法案を止めた話もしてくれましたが、何よりも「現場の諸君と共にある」と
いった言葉。これこそが自衛隊員魂だと感銘を受けました。
「観閲行進の隊形をとれ」と、教導団長市野将補が凛(りん)とした号令を
かけたころ、雨脚が強くなってきました。もうザンザ降りの大雨です。
観客席は大さわぎになりました。行進が済み、富士学校音楽隊もずぶ濡れに
なりながらの演奏です。いい曲を聞かせてくれました。
 そして、降りしきる雨の中で模擬戦闘訓練が始まりました。
見学者席がどよめいたのは、あのぬかるみの中でも宙を跳んだ偵察教導隊の
バイクです。87式偵察警戒車も敵陣を銃撃。つづいて待ちに待った
戦車教導隊の10式戦車の登場でした。急発進、急停止、発砲、そして急激な
後退。さすがの機動力の誇示でした。
 お便りをいただいたM様、化学学校でもご一緒とのことですが、今回も
祝賀会食ではお目にかかれませんでした。混んでいましたね。いつもなが
らですが、なかなか人を探しあてるのが難しい状況です。いつか、もう
少し空いたところでご拝顔の機会を得たいと思っております。
▼ドイツ戦車隊の編成
 さて、視察団のドイツ戦車隊についてのリポートがある。
 まず、ドイツ陸軍の戦車大隊は、本部と本部中隊(指揮班小隊4個)、
通信小隊1個、戦車中隊4個(軽戦車中隊3個と中戦車中隊1個)、
軽戦車小隊1個、それに戦闘、給養、荷物の各行李(こうり・輸送隊をいう)
それに戦車軽段列(だんれつ)でできている。まさに日本軍では聯隊と
いってしまう堂々たる構成である。
 では、各中隊をくわしく見よう。3個の軽戦車中隊は、それぞれ
1号戦車(機関銃装備)8輌、2号戦車(20ミリ機関砲)8輌、
3号戦車(37ミリ砲)6輌の合計22輌である。それぞれの小隊は
1号、2号が各2輌の編成で、第1から第3小隊長は2号戦車に乗る。
中隊長と第4小隊長だけは3号が搭乗車である。第4小隊は3号戦車のみ。
 中戦車中隊は中隊長が3号、第1から第4までの各小隊長は
4号(75ミリ)に乗る。各小隊は2輌の4号、つまり小隊長車を
いれて3輌編成である。軽戦車小隊長は2号に乗って、2輌の2号
戦車を率いる。1号もある。小隊があり2輌。中隊全部で18輌で
ある。
 再軍備直後のドイツ軍は、敵の戦車には「対戦車砲」で対抗する。
自軍の戦車は、要点に集結させて使えるようにするようである。
このためには多くの小型戦車をもつ方がよいという考え方だった。
そのために機関銃装備の1号戦車での単一編成だった。
しかし、それは当初のみのことであり、現在では戦車の数が十分そろった。
軽戦車と変わらない運動性をもつ中戦車を開発し、上記のような編成を
とるようになったと、報告書はまとめている。
▼英仏の戦車隊はどうか
 1935(昭和10)年に戦列騎兵15個聯隊と2個の
近衛騎兵聯隊があった。そのうち10個騎兵聯隊をなくし、
機動師団1個を編成した。
 機動師団は、師団司令部のもとに2個機械化騎兵旅団をもつ。
各旅団は騎兵中隊を2~3個中隊、軽戦車連隊1個をもっている。
また、戦車旅団は3個混合戦車大隊(各3個中隊)、それに3個中隊
の軽戦車大隊で構成される。そして、4個中隊の機械化砲兵大隊、
同じく榴弾砲、野砲各2個中隊をもつ機械化砲兵大隊1個、それに
工兵隊、通信隊、輜重を有している。
 フランス軍は1936(昭和11)年、騎兵師団5個のうち2個を
軽機械化師団に改編した。師団司令部のもとに、捜索連隊1個
(装甲車中隊×2、乗車歩兵×2中隊)、軽機械化第1旅団
(装甲車×4個中隊の龍騎兵連隊×2個)、軽機械化第2旅団
(それぞれ3個中隊で構成される1個大隊×2で構成される龍騎兵
連隊が2個)、野砲6個中隊、3個10センチ榴弾砲中隊の自動車
牽引砲兵連隊、工兵、高射砲ほか。
 龍騎兵とは、また大時代な名前だが、昔はドラグーナーとよばれ、
銃を主要な武器とした騎兵である。こうした古い名称をそのままに
伝統を残しながら近代兵器をとりいれている。
▼ソ連軍の情報
 戦車軍団は司令部以下、機械化捜索隊、第1戦車旅団、第2戦車旅団、
第3自動車化旅団、特種部隊でなっている。
 機械化捜索隊は装甲自動車、水陸両用戦車、自動車化狙撃の各1個
大隊。第1戦車旅団は、3個軽戦車大隊(T26戦車)、自動車化狙撃
大隊、自動車化砲兵大隊各一個。第2戦車旅団は2個中戦車大隊
(BT戦車)と重戦車大隊(不確実)、自動車化した狙撃、砲兵の
各大隊1個ずつ。第3自動車化旅団は、3個大隊で構成される自動
車化狙撃連隊、同砲兵大隊1個。特種部隊は連絡大隊、工兵、高射
砲大隊、そして偵察飛行中隊など。
 機械化独立旅団の情報も集めている。水陸両用または豆戦車3個
中隊の捜索隊。戦車大隊は3個から5個、そのうち1~2個大隊は
BT戦車、他はT26、自動車化歩兵大隊1個、1個の自走もしく
は自動車化砲兵大隊という。
▼歩兵への直接協力か機動兵団か
 どこの国でも戦車は歩兵直協も集団運用もどちらも考えている。
どちらか一方というものではない。それが世界の趨勢なのだ。
わが国の歩兵はあくまでも協力型の使用法が多くの人の頭の中に
あった。いや、統一運用だという考え方ももちろんあったが、
その元となったドイツ軍にさえ、歩兵直協の戦車がある。
 ヨーロッパの機動兵団は、たいていが騎兵部隊の改編から生まれ
ている。中でもドイツが騎兵を廃止したのには理由があると視察団
は考えていた。まず、世界大戦(1914~1918)ではあまり
運用実績がよくなかった騎兵をもたされていたのには理由がある。
それはベルサイユ体制下では騎兵をもつことが強要されていた。
だから、再軍備をするにあたって、もとから支持者が少なかった騎兵
を廃止するのが当然ともいえる。また、馬匹(ばひつ)資源そのも
のの欠乏があることも大きい。どこの国でも100万頭をこえる
ような馬匹が動員された。ドイツはたいへん苦労した。
 イギリスはどうか。これもまた作戦上有利だという判断もあろうが、
実は経費である。馬匹編制部隊より、機械化部隊のほうが経費がかか
らない。フランスは独英両国が騎兵団をまったくなくしたのに、
予想する戦場から乗馬騎兵を重視し、守勢作戦を考えていることから
騎兵を全廃することはないらしいと思える。
 わが国の正面の敵であるソ連軍は、騎兵軍団と機械化軍団を並立
させている。作戦地の地形に応じて、それぞれの特性を発揮させよ
うとしているのではないか。
 そうして視察団はさらに筆を進める。やはり満洲は車輛がどんどん
進めるようなところではない。文脈から判断して、騎兵を廃止とは
とても言えない雰囲気であることは確かである。すでに大正年間には、
偕行社の記事を見ても、騎兵そのもの廃止については大論争のタネに
なっていた。騎兵の将軍が割腹自殺までしたことがある。
 機械化はどうだったか。すでに大正の軍縮期には、挽馬牽引だった
大型の野戦重砲はトラクターによってひかれるようになっていた。
10頭の馬を使うより、明らかにガソリン代の方が安いということは
分かっていたからである。しかし、同時に、貧しいモータリゼーション
国家では、すべての砲兵を機械化はできなかった。そして、わが国
の悲願だった馬匹の改良も、この昭和初期にはほぼ完成という所ま
でこぎつけてきていたのである。
 江戸時代の末期では、欧米の馬に比べてわが国の固有種はひどく
非力なものだった。輸入した種牡馬を使って、在来種と交配し、
「馬匹改良」に努めてきたのが日本陸軍である。日清戦争では、
馬匹そのものが足りなかった。西欧列強と肩を並べて行動した
「北清事変(1900年)」では、外国の新聞記者に『馬のような
モノに日本騎兵は乗っている』と笑われた。日露戦争では鹵獲した
ロシア野砲をわが軍馬は8頭でやっとひいた。逆に、ロシア馬は
わが野砲を4頭で軽々とひっぱっていたのである。
▼これからのわが戦車
 重装甲で低速、これが列国の歩兵直協戦車である。敵陣を機動突破
する、これと歩兵の援護をする、これらに同じ戦車を使う国と、機動
戦車にいっそうの重装甲をほどこして直協に使おうという方針の国が
ある。
 両者にそれぞれの戦車を開発するなら、装甲の厚い方を直協に使う
べきだという意見が大きい。それは対戦車火器が濃密なのは敵の
第一線陣地だからだ。
 また、敵陣突破を重視する機動戦車に重装甲をという主張には、
敵陣内では他からの援護を期待できないからだという意見がふく
まれている。別種の戦車を使えば、その使用目的に合わせるという
長所があるが、『有限の戦車の経済的使用に適さざるの不利』があ
ると視察団報告書はいう。
 報告書の結びは次のようになっている。
1、 いったん決まった編制、装備も急速な技術の進歩にともなって
変えられるから、列強の状況をたえず調べることが重要。
2、 国軍はいたずらに列国の模倣におちいることなく、あくまでも
わが国の実情にあわせた「独特の機械化」を実施すべき。
3、 ただし、一触即発の危機に対処するため、緊急の処置を講じ、
『至大の可能性を有する機械化の将来を達観し、徹底せる対策を
即時確立断行するを要す』
 この報告書についての評価は戦後にけっこう書かれている。
戦後の『偕行(偕行社の後身である会の機関誌)』でもおなじみの、
陸軍編制史の権威、山崎正男少将もその著作の中で語っている。
戦車の研究は歩兵学校で行われていたが、1936(昭和11)年
に戦車学校がつくられて、戦車関係者独自の機械化部隊や機甲部隊
の研究も行われた。騎兵学校にも装甲車中隊がつくられ研究が進め
られていた。しかし、歩兵学校からは歩兵直協戦車にかたより、
戦車学校、騎兵学校では機甲独立部隊の編成ということでは一致
するが、突撃兵団の考え方がふつうだった。騎兵関係者は機動的に
動き回る機甲部隊を考えることに傾いていたという。
 戦車第4師団長になられた皇族の閑院宮春仁王(かんいんの
みや・はるひとおう)は陸士30期生。昭和9(1934)年には
陸大卒業後、1年間の中隊長勤務を終えて、騎兵学校研究部主事
兼ねて教官になった。その思い出もまた貴重である。
(以下次号)
(荒木肇)
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● 著者略歴
荒木肇(あらき・はじめ)
1951年、東京生まれ。横浜国立大学大学院修了(教育学)。横浜市立学校教員、
情報処理教育研究センター研究員、研修センター役員等を歴任。退職後、生涯学習研
究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専門学校講師、現在、川崎市立学校教員を務め
ながら、陸上自衛隊に関する研究を続ける。2001年には陸上幕僚長感謝状を受け
る。年間を通して、陸自部隊・司令部・学校などで講話をしている。
◆主な著書
「自衛隊という学校」「続・自衛隊という学校」「指揮官は語る」「自衛隊就職ガイ
ド」「学校で教えない自衛隊」「学校で教えない日本陸軍と自衛隊」「子供にも嫌わ
れる先生」「東日本大震災と自衛隊」
(いずれも並木書房 http://www.namiki-shobo.co.jp/ )
「日本人はどのようにして軍隊をつくったのか」
(出窓社 http://www.demadosha.co.jp/
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