【第16講】 スペイン語とはどういう言語か

孫子塾副塾長・孫子塾関西支部長
同志社大学/京都外国語大学・スペイン語非常勤講師
米田 富彦
http://espania.okigunnji.com/2008/06/post-1.html
新年あけましておめでとうございます。
昨年6月に本講座を始めさせていただいてから、丁度、半年を経過したところで、
新しい年を迎えました。一年の暦で言えば、開始して間もなく、暑い夏から、
あるのか、ないのか、になった秋へ、そして冬へと”陰”に進み入って行く時
節でありました。そして、時は流れ、寒い冬を経つつ、花咲く春に向かう”陽”
へと変わって行く時節にあたるのが新年なのです。日も少し長くなって来ました。

本講座は、みなさんにとって、普通のメルマガにはない「表の裏を突くコンテ
ンツ」(=活殺自在、兵は詭道なり、の意味で)で勝負したいと思います。
本年も宜しくお願い申し上げます。
昨年の漢字は「変」でした。清水寺あたりの坊主が達筆で書くと年末の感慨も
ひとしおです。このように書かれた漢字に対して、各個人の第一印象(既知、
経験、常識)からの推量とか類推が始まり、友人・知人との間にその漢字をテ
ーマとして色々な観点からも会話がなされ、また、マスコミなどに登場する教
養ある権威筋などからのコメントを聞いて、それなりの意味の派生や新たな
産出があって、感覚(意味の捉え方とその反作用としての行動)が以前とは
“変”わって来るところが面白いところです。
みなさんは、「変」と言えば・・・景気変動、人心の変化などから、変革
(オバマ大統領のchange)、変な人(売国政治屋の発言・行動に見られる
stranger)、変態(相次ぐ無差別的殺人事件のabnormal)・・・などの常識的
に思い浮かぶ「変」があったと思います。世は時代の変わり目です。誰が歴史
年表を先読みして作成することなどできましょうか。歴史は、みんなで作るも
のです。
しかし、兵法的に裏読みで「変」の文字を解釈すれば、即ち、孫子兵法
http://sonshijyuku.jp/index.html )に「九変」の言葉があるように、
知識では処理できない”脳力”の実践活用のこと、即ち、問題解決の知恵を指
す漢字であって、今までの知識の世界から、知恵の世界へと世の中が「変」わ
って来たことを示している興味深いものでもあります。
現状維持を恃んで人生設計をして、その”線路”から脱線したくない人々にと
っては、戦々恐々の黒い夕日が輝き、空の色が暗いトーンに変わって来たとこ
ろでしょう。現状打破にあるみなさんには、それが反対に美しい夕日となり、
朱に染まる夕焼け空に向かって、これからのチャンス到来とばかり、気持ちも
「夜間戦闘機出撃!」とか、「夜戦は、日本のお家芸!」とか、「夜討ち朝駆
けは武士のならひ」とかいった気分になって来ていただきたいところです。
みなさん!夜も行くところまで行けば朝になるものです。みなさんにとっては、
色々な好ましからざる現状が、本講座に接することによって、何らかの知恵と
勇気を得て、今まではしたこともないようなことに納得し、そして、覚悟を
決め、遂には勇んで問題解決を成し遂げるべく、「良き方向(弁証法的解決=
日本風に表現し直すと”和”という概念です。ヘタレの平和主義や自分を殺し
て相手に従うことでは決してありませんよ!)」へと「変」じ、夜が朝になる
如く、そこに働く「力」の自在操作を認識し、実践しつつ、現状を変えること
がみごと叶うよう、”念じ”させていただいております。
兵法の道を歩み行くこと(=暗闇中の歩行・渡河もまた同じ)を自覚し、様々
な戦い(対自己にせよ対他者にせよ、敵対する存在に対して本当の己を見失わ
ず譲らぬこと)を実践する者(所謂、武闘派、戦士、侍)を自認して、日常茶
飯、四六時中、常住坐臥、あらゆる努力と研鑽を重ね、武道心の修養に努める
方々(=みなさんのことになります)にとっては、日没にある大国に身を置き
つつも、世界は、夜になって行くことは否定できません。
夜になり暗くなり、闇ともなれば、よからぬ魑魅魍魎、妖怪七変化の類が恣意
を極めて跳梁跋扈(利権・売国の政治屋、妄言タレ流しのマスコミ、日本人で
あるのが大嫌いな変な日本人等々の好き放題を見れば分かりますが・・・)し
て世が乱れることは、かの『古事記』にある天照皇大神の”岩戸隠れ”のとこ
ろにも既述されている興味深い現象です。
みなさんは、ゲゲゲの鬼太郎さんに悪い妖怪を退治してもらうことを期待した
り、あるいは、いつになるやら分からないような、岩戸から天照皇大神がお出
ましになることを他人任せにじっと待つ・・・というような、人頼りの姿勢=
今までの生活思考と生活習慣を「変」じ、かつての源頼政の鵺退治ではありま
せんが、積極的に出来ることは行い、こちらから世間を動かすこと(妖怪退治)
を志向して行きましょう。
みなさん!要するに、夜になるなら、それは結構なこと。さしずめ、ゲゲゲの
ゲバラを決め込み、さすれば、「汝、夜空に輝く星となれ!」ということにな
ります。「汝、夜には、夜の努めを果すのだ!」です。月ならば、日の光をい
ただいての他力本願ですが、星とは、自力で輝いていること、また、これも面
白いお話しですが、北斗七星や様々な星座のように、死生を司るもの、命運を
表すもの、また、方角を認知し進むべきところへと”標(しるし)”となって
行くもの・・・なのでもあるのです。
一年の計は元旦にあり!
まさしく彗星、流星となりて天翔(あまかける)一年を念じて下さい。
昨年末は、スペインの”天”と”地”を概観しましたが、今回は、スペインと
ラテンアメリカの”人”が創り出す「スペイン系世界」を構成する”スペイン
の言語”について触れておきたいと思います。
(16)スペイン語とはどういう言語か
・その来歴とは?
スペイン語とは・・・かつて、広域にわたるローマ帝国の公用語であったラテ
ン語(これは古典ギリシア語と並んで、欧米では”古典”として学ばれています。
日本人が漢籍や国文を学ぶが如く・・・であります)から、ローマ帝国が東西
に分裂した後、西ローマ帝国領内の各地域で進展し、変化し、派生してできた
幾つかの言語の内の一つです。
(一方、東ローマ帝国の公用語は、ギリシア語で、宗教は、ギリシア正教でし
たが、15世紀には、スペインのレコンキスタとは反対に、イスラム勢力により
崩壊します。が、そこの文明を継承したのがロシアでした。隣国ロシアを知る
には興味深いところです。みなさんも、ロシア正教などで検索をしてみてくだ
さい。)
このラテン語から派生してできた幾つかの言語を「ロマンス語」と言います。
ここで言われている「ロマンス」という言葉は、「ローマの」というような意
味が元々でした。”ローマ字”も数学で使っているギリシア文字から出来た
「ローマで使われた文字」です(ギリシア文字から出来たものには、この他、
スラヴ人の間に広まり、ギリシア正教でも用いられているキリル文字=ロシア
語で用いる文字があります)。
そして、このロマンス語の成立には、西ローマ帝国を崩壊させた原因となった、
ゲルマン諸部族による旧西ローマ帝国領におけるいろいろな王朝の成立とも関
連性があるのです。
そもそも、ロマンス語は、ラテン語で書かれたもの(文語体)よりも、日常会
話での”話し言葉的”な”くずれたラテン語”で書かれたもの(口語体)・・・
というような意味でした。口語の方は、”俗ラテン語”(lati’n vulgar)とも
呼ばれます。このうちの日常的な口語のラテン語=くずれたラテン語で書かれた
“恋愛物語”などから、今日、色恋沙汰とか、血迷った男女の情愛とか・・・
そのようなことを示す”ロマンス”という意味が出てきたのです。
また、ラテン語が時代の流れと共に現代にまで連綿として姿を変えながら今日
もなお生きて発展して行っている点から、「近代ラテン語」(lati’n moderno)と
か、「新ラテン語」(neolatino)とか呼ばれることもあります。興味深いとこ
ろですが、以上のような経緯から、場合によってですが、ロマンス語を一つの
「言語」と呼ぶべきなのか、はたまた、ラテン語の「方言」と呼ぶべきかとい
う議論もあるくらいです。
スペイン語は、このローマの言語の一つである、即ち、ローマの伝統や格式を
今日もなお受け継ぐものでもあるのだ・・・という誇り、自認があるのです。
そもそも、「言語」とは、一国の公用語を指し、その公用語の地方的・域内的
な表現様式(よって使用する語彙にも”中央”とは違いがあります)が「方言」
ということです。
そうすると、ラテン語というローマ帝国公用語の「言語」の「方言」が帝国の
分裂後、西ローマ帝国領域の各地でさまざまな要因で分化して「発達」したも
の・・・その内の一つがスペイン語である・・・と考えられるのです。これに
は、対イスラム勢力との約800年にもわたるレコンキスタなくしては、スペイ
ン語の今日は考えられません。言語とは、先人のサバイバル努力の結果なので
もあります。
この分化の原因と条件、分化の仕方等をいろいろな関係から観察して歴史的に
究明する研究の分野があります。即ち、ラテン語を基軸として、そこから分化
した、所謂、現代ラテン語=ロマンス諸語との相関関係を「科学」するのが”
ロマンス語学”の世界です(この中で”スペイン語発達史”についての第一人
者がかの京都外国語大学外国語学部スペイン語学科の新田増教授です)。
このロマンス語学は、歴史とその発達の状態を比較して行うので、「ロマンス
語比較言語学」とも呼ばれています。
このロマンス語学の基本とは、昔の先祖のラテン語とその子孫のロマンス諸語
との歴史的経緯に見られる「音韻上の対応の規則性」(発音の変化のこと)、
即ち、-ラテン語の単語の発音がどのように変化してスペイン語や他のロマン
ス諸語に現れているのか?-ということを見い出して、そこにある原理原則を
記述するものです。その他には、この音韻変化というような発音を基準にした
観点や、単語の文の中での位置=語順とかの表現の仕方、単語の意味の変わり
方等を観察します。
要するに、ラテン語とロマンス諸語との間には、過去と現在の関係において偶
然がなく、何らかの理由があって規則性が見られるということです。みなさん
は、ここで話している言語学の方法論を、単にスペイン語のこと・・・とかい
う他人事に済ませるのではなく、積極的に「調査」、「分析」、「判断」など
のスキルとして日常に応用・活用されるようにお勧めします。
・ローマ化以前のスペインの言語について
ここで、ラテン語と付き合いのあった言語、即ち、ローマ帝国と付き合い(敵
対や征服された)のあった部族や民族(国を成しているところもありました)
についての概論的な知識を得ておきましょう。
元々、現在の西ヨーロッパには、アーリア系(ローマ人やゲルマン人やスラヴ
人とは親戚関係にある)のケルト人が住んでいました。彼らの言語は、同じ印
欧語族のケルト語派に属します。ケルト系の言語は、歌手のENYAが幾つかの曲
をアイルランド語で歌って、日本でもヒットしていることは、皆さんもご存じ
と思います。
ケルト人は、かつて現在のベルギー、ブリテン、ブルターニュ、ヘルベティア
(スイスのこと)に住んでいましたので、これらの地名はケルト語から由来して
います。
(ちなみにイギリスという国=イングランドは、その名の通りangl-(アング
ル人=ゲルマン人の一部族で低地ドイツ語の話者)とland(ゲルマン語で土地
のこと)がつまってENGLANDとなっているのです。この国は、ゲルマン系が主
体というような感じを受けますが、スコットランド、ウェールズ、アイルラン
ドは、ケルト系の人々の国であり、元々は異なった王国であったことは知られ
ています。)
このケルト系起源の説話で、中世の騎士道をあつかったジャンルが、かの有名
なアーサー王伝説です。この騎士道小説は、後に、スペインで「アマディス・
デ・ガウラ」という、やはり、ケルト起源と考えられる騎士道小説が流行しま
す。が、これのパロディがセルバンテスの「ドン・キホーテ」であることは以
前、触れたところです。
スペインのあるイベリア半島では、最初はイベリア人(系統不明。アジア系と
の説がある)が内陸部に定住していました。その次に、このケルト人が入って
きて当時は珍しく戦争のようなこともなく混血化して行き、ケルト・イベリア人
(celti’bero)という混血民族が出来上がりました。
また、ローマの宿敵でもあり地中海の覇権を競ったカルタゴを建国したフェニ
キア人(fenicio)の植民地やギリシア人(griego)の植民地も同じくイベリア
半島の沿岸部にありました。
このようなところから、イベリア半島では内陸部よりは沿岸部の方が人も多か
ったものと思われ、文化的にも繁栄していたものと考えられています。
内陸部の言語は、ケルト・イベリア語が、沿岸部では、フェニキア語やギリシ
ア語が話されていたものと思われます。その後、イベリア半島を植民地とした
カルタゴがローマとポエニ戦争を実施するにあたり、名将ハンニバルが現在の
スペイン・ムルシア県沿岸部のカルタヘーナ(=カルタゴ・ノヴァ:新カルタ
ゴの意味。スペインの海軍基地があります)に橋頭堡(出先の拠点)をつくり
ました。ここを兵站(補給)基地として、ケルト・イベリア兵をカルタゴ軍に
組織し、象までつれてアルプス越えを行い、ローマに連戦連勝し、彼の地を蹂
躪したことは有名です。
その外にイベリア半島北東部ピレネー山脈の近くには、バスク語(系統不明)
が存在していました。バスクの地は、ラテン語化されず、現在もバスク語は、
語彙に多くのスペイン語が見られるものの、スペイン(武器製造企業のある工
業地帯でもあります)とフランス(かの療養地で有名なビアリッツのある地域
です)の両国にまたがって話されています。
日本と関係のある話しでは、戦国時代に南蛮人としてキリスト教を布教にきた
聖フランシスコ・ザビエルは、元バスク人の王国、ナバラ王国の王族でした。
バスク人は、”中世武勲詩”(フランスのものが有名。当時の文学ジャンルで
す)の代表作に「ローランの歌」(”La Chanson de Roland”:地対空ミサイ
ルの詩みたいですが、フランク王国対イスラム勢力の戦いを扱ったものです)
というのがあります。実際にこのローラン(シャルルマーニュの甥)を山岳ゲ
リラか何かで襲撃したのがバスク人として伝えられています。
・ローマ帝国旧属領の名前とロマンス諸語
ここで、ざざっとイタリア半島以外の旧ローマ帝国の属領とそこでうまれた
ロマンス諸語を概観しておきましょう。
ア)ガリア=フランス
現在のフランスは、ガリアと呼ばれていました。このガリア地域におけるロマ
ンス諸語では、フランス語とプロヴァンス語(オック語:Occitan。この名称
の石鹸やシャンプーのお店 http://www.loccitane.co.jp/shop/ があるので
興味深いと思いました)があります。ユリウス・カエサルの「ガリア戦記」で
有名なガリアとはここが舞台です。
ガリアのケルト人(フランス語で言う、”ゴール人”)は、ローマの征服以前
は、ケルト語系のガリア語を話していました。因みにフランスのタバコに葉巻
のような味のする「ゴロワーズ」がありますが、ガリア人のシンボルにしてい
た帽子がパッケージに書かれていますし、名前も「ゴール女」という意味があ
ります。
南フランスは、プロウィンキア=プロヴァンスといわれていました。ここでは
南フランス語とかプロヴァンス語とかオック語とか呼ばれる同じラテン語から
生まれた言葉が通用しています。が、現在は、かなりマイナーになって、フラ
ンス語に押されています。
イ)イベリア半島
このイベリア半島で、ヒスパニアと言えば、現在のスペインの地域に相当しま
す。イベリア半島は、ポエニ戦争でのカルタゴ側兵站基地を形成したことが機
会となり、ローマの属領となりました。ローマとしてみれば、地政学で言われ
るところですが、イベリア半島とエジプトは、安全保障の上での要地となって
来ます。
ポルトガル語の前身であるガリシア語、オック語との関係の方が強いといわれ
るカタルニア語(バルセロナではこの言語)がイベリア半島ではロマンス諸語
の仲間です。またスペイン語=カスティリア語に、その発達段階で影響を与え
たと考えられている、系統不明のバスク語も現在に至るまでイベリア半島に
存在しています。
このイベリア半島でルシタニアと言えば、現在のポルトガルの地域ですが、
スペインのガリシア地方で話されるガリシア語とは、殆ど同じ言語です。ポル
トガルは、このガリシアの住人がレコンキスタを行い建国したものです。また、
ポルトガルでは、同じくロマンス諸語の一つのミランダ語が1999年に公用語と
して認められました。
ウ)ダキア
現在のルーマニア(ローマ人の土地という意味。大戦中は枢軸側で参戦してい
ました)の地域です。ビートたけしの「コマネチ!」とか、独裁者で好き放題
の挙げ句、政変から、身柄が確保され、”人民の手”になる処刑シーンがお隣
の半島にある独裁者に大影響を与えたとか・・・で有名な「チャウシェスク」
が知られている国・・・でもあります。が、ローマ時代には、ダキアと呼ばれ、
ダキア人(系統不明)が居住していました。
少し、”ラテン系”の話しが続く中では、異質な感じを受けるかもしれません
が、ここは、スラヴ人が多い地域でもあり、よってルーマニア語は、スラヴ語
からの借用語も多く見られます。全部で四つの方言群があり、先ず、旧ソ連領
土内にも少数民族としてルーマニア人がいますが、ここではなされるルーマニ
ア語は、ルーマニア語の方言ではないとして、モルダヴィア語と呼び、かつて
はキリル文字(よって宗教は正教系であることが分かります)を使っていました。
以上のように、主だったところをあげました。が、これらの地域では、ローマ
帝国に組み込まれる(ローマナイズ)以前は、ラテン語とは異なった言語を
話す民族が居住していたのです。この中では、現在のクロアチアに「101匹わ
んちゃん」のダルメシアンの原産地とか言われるダルマチアというところにも
ロマンス諸語の一つであるダルマチア語がありました。が、最後の話者が1898年
(米西戦争の年)に死亡し、死語となりました。
・ラテン語とロマンス諸語について
ロマンス諸語という呼び方は、何らかの形でローマ人の使っていた言葉=ラテ
ン語を「継承」(よって文化全般を含めて)した・・・というような感覚のあ
る呼び方です。殆どすべての時代を通じて、欧州(西部)の教養のある人々は、
自分たちの話している日常の言葉がラテン語とつながりがあるのではないか、
ということを意識してきました。
しかし、そのつながりを、ここがこうなってこうなった・・・というような
納得の行く規則を見いだせず、うまく規定することはできなかったのです。
そのつながりを規定した最初の人は、恐らく、イタリア(当時は都市国家に分
裂していましたが)のダンテ(Dante:1265-1321)でした。
ダンテは、始めて自分の話しているトスカナ地方のロマンス諸語の内の一つ
(いわゆる今のイタリア語のことですが)を近隣の国々の言葉であったゲルマ
ン諸語や古典作品でお馴染みであったギリシア語とは異なるものである・・・
と考えたのです。しかし・・・そこにある「歴史的な関係」は、ハッキリとは
認識していなかったのでした。
当時は、ロマンス諸語が民衆的で口語的(=俗っぽい)、に対してラテン語
(教会で使用)の方は、上品で文学的で文語的(=インテリっぽい)、という
ように捉えられていたのです(現代の日本でも、教養をひけらかすのにやたら
と漢字熟語や外来語を多用するのと少し似ています)。
このようなところから、ロマンス諸語は、ラテン語ではあるが、”その当時か
ら見て”、”その時代に一番近いラテン語”であろう...ということがある
程度は、認識されていました。しかし、いわゆる「変化」そのものは、俗化=
退化であって、一般通念では、「発達」と考えられることはなかったのです。
即ち、ロマンス諸語というものは、「無知な大衆」によって上品な教養あるラ
テン語が貶められたものだというような蔑視を以て見られていたのでした。
・ロマンス諸語の分類について
このロマンス諸語の分類については、以下のような方法に基づいて分類されて
います。
ア)系統樹
先ず、現代に話されている言葉がそこから由来しただろうと考えられる言葉に
当たりをつけ、昔にさかのぼった「共通段階」の言葉を設定します。これが、
共通基語とか祖語(proto-language)と言われるものです。この祖語を基本とし
て分化してゆく姿を木の枝で模した「枝分かれ図」=「系統樹」を用いて
図式・視覚化するものです。
その欠点としては:あまりに単純化されすぎ、歴史的なところを説くものなのか?
あくまで図式的なものなのか?、先祖を求めるところから言語学が国粋主義に
なる危険がある、他の言語族にそのまま適用できるとはかぎらない、という点
が指摘されています。また、危険な注意点としては:この先祖を求める歴史比
較言語学という分野は、国粋主義に導かれる傾向が多々あり、科学的な考察よ
りも感情面が先立って、「こじつけ」になる場合があります。こちらの方が気
分的に満足できるので、ブームになったりします。
以前、日本では、『万葉集』が朝鮮語で解読出来たとかの説が取り沙汰されま
した。しかし、古代の朝鮮語そのものが残ってもおらず、真実を実証するには
難しいところです。ハングル文字にしても日本人が近代に復活させたことはあ
まり知られていません。みなさんは、何故そのような説がマスコミで注目され
流布するのか?その根底を冷静になって見破ることが必要です。
イ)語彙統計学
モリス・スウォデシュ(Maurice Swadesh,1909-1967) により、主にアメリカ・
インディアンの諸言語の研究を対象にして開発された単純な方法です。基礎に
なる単語を決めておいてリストを作成します。そのうちどれだけが同じ語源を
持っているのか?ということを調査するものです。
ウ)言語年代学
同じくスウォデシュは、語彙統計学で得たデータを基にして、二つの言語の間
の「分岐」年代を出そうと試みました。祖語は、歴史的に確定できるある一定
の時代に位置づけることが可能である...ということを前提として考えたの
です。しかし、理論的に頭で算定された答えと現実問題としての歴史的事実が
かみ合わないところが出てきました。ということは、無理があったのです。
今回は、スペイン語について、その歴史的な周辺部分を見てきました。が、
ここで言語学をやっているようなところを感じるのではなく、むしろ、インテ
リジェンスの方法論として活用できるもの・・・であると弁えていただければ
幸いです。
スペイン語を学べば、文法や語彙が殆ど同じで、薩摩の人が常陸の人の方言を
学ぶに等しいような多くのロマンス諸語と「ローマの世界」=欧米人を知るこ
とにつながっていること(システム思考で考える習慣)をここで確認してくだ
さい。
次回は、このスペイン語の発達について続きを解説し、戦略にも利用できる
方法論についても触れて行きたいと思います。
(つづく)