【第15講】 孫子兵法から見たスペインの"地形"(その2)

2019年2月6日

孫子塾副塾長・孫子塾関西支部長
同志社大学/京都外国語大学・スペイン語非常勤講師
米田 富彦
http://espania.okigunnji.com/2008/06/post-1.html
先ずは、みなさん!軍事革命、革命的軍事改革(RMA)、組織の編制・編成、
そして、鉄砲伝来に戦国日本との日欧軍事交流・・・などを”キーワード”と
した”スペイン軍事史”に関する大変興味深いアメリカ・スペイン合作映画
(よって、スペイン語の映画です)が首都圏では13日(関西圏では27日)
より上映されています。
それは、スペインの人気作家で”元戦争ジャーナリスト”のアルトゥーロ・ペ
レス・レベルテ(Arturo Pe’rez-Reverte)の歴史小説を映画化した『アラト
リステ』( http://www.alatriste.jp/ をご覧ください)です。
(みなさんは、ついでに・・・映画や演劇、展覧会に演奏会など、インテリジ
ェンスから観察すると、”どこ”が協賛、後援しているのか・・・どのような
系統の劇場、博物館、映画館で上映されているのか・・・など注意すると
よいでしょう。)

原作は、”El Capita’n Alatriste”(日本語では「アラトリステ隊長」とい
う意味です。隊長は、当時の傭兵システムでの隊長を指します)という”剣豪
“兼”戦略家”が活躍する一連の作品です。
本映画は、小説での数巻分にまたがるシリーズ的内容を一本の作品にまとめて
いるようです。この映画作品の作家、監督、俳優、また、映画そのもののスト
ーリーや批評については、”Google”その他で検索してみてください。
何となく・・・ですが、主人公のアラトリステは、実在の人物ではないものの、
剣豪でもあり、軍の指揮官(戦略も情報もOK)でもあり、そして、文人や高
貴な方々とも交流がある”一廉の人物”として設定されており、活躍の時代も
含めて・・・スペイン版の『花の慶次』(原哲夫作)、『一夢庵風流記』
(隆慶一郎著)、あるいは、”岩見重太郎”のような、スペインと日本の剣豪、
武闘派、侠気、漢といったところでの”シンクロ感”がしないでもありません。
16世紀のスペインと日本についてのお話しは、本講座が今まで長らく続けて
来たところですが、この作品は、その次の17世紀のスペインをテーマとしてい
ます。本作品のスペイン語原書(DVD含む。コミック版もあり)は、”スペ
イン書房”( http://www.spainshobo.com/perezreverte.htm )から取り寄せ
ることが可能です。
実は、日本語版『アラトリステ』(出版社:イン・ロック 著者:レトラ
[複数の翻訳者グループ?] 第一巻~第五巻 各巻1,575円)も好評発
売中とのことです。表紙絵は、『信長の野望』で有名な長野剛氏です。
また、英語版でも出ていますので、Amazonで、『アラトリステ』、また
は、”Captain Alatriste”で検索してください。
 当時の時代背景やスペイン軍事史関係については、翻訳された方が
書かれている「アラトリステの本も買って下さい」( http://alatriste.exblog.jp/
を参照してください。大変、興味深く参考になります。
また、みなさんには、この機会にスペイン語を学習されることをお勧めいたし
ます。今後の北・中・南の三アメリカ情勢、南米大陸や、その先にある南極大
陸に眠っている資源(これはかつてのヒトラー政権時のドイツが感心を示して
いたと言われています)の争奪戦(支那は既に外交を含め触手を延ばしていま
す。「中国 南極大陸」でGoogle検索をしてみてください)などを踏まえると、
21世紀にやって損はない外国語・・・それがスペイン語です。
ところで・・・この興味深い映画の宣伝を見ていると・・・
○スペインの時間をかけた没落の始まりの時代が背景で、そこに生きる”侠
(おとこぎ)”と”漢(おとこ)”のお話しである
○スペインの・・・第一級国からの没落期・・・それは、現代の米国とか・・・
あるいは、経済面での日本とか・・・を比較して、みなさんの人生をこの主人
公にオーバーラップさせてみると興味深いことでありましょう
○かの宮廷画家ベラスケスの『ブレダの開城』
http://salvastyle.com/menu_baroque/velazquez_breda.html )の実写
シーン(この絵画の登場人物の中央部右側がイタリア人でスペイン軍司令官
のアンブロシオ・スピノラ将軍ですが、将軍に対する左側の降伏側で街の鍵
を手渡しているのが、かのオランダの軍事革命で出てくるオラニエ公ウィレ
ム一世の庶子とされるユスティヌス・ファン・ナッサウと言われています)
○軍事、軍事史で、何かと話題になる「軍事革命」の分野では、”必須項目”
となっているスペイン陸軍のテルシオ(=スペイン方陣:現代の陸軍につなが
るシステム)の戦闘シーン
○カラコール戦術という馬上でのピストル兵(これを伊達家が真似しています
が、学術的考証が必要です)が疾駆するシーン
○当時のスペインの剣術格闘シーンが見られる。スペインは、大小の二本差し
が知られています。但し・・・短剣の方を左腰後ろに柄を左方向に吊るし、こ
ちらを左手で、右手は長剣を同時に抜き、二刀流になります。みなさんは、こ
の機会に”西洋剣術”などでインターネット検索をして、日本の剣術と比較し
てみてください。
○伝え聞くところでは・・・フランシスコ・デ・ケベド、ティルソ・デ・モリ
ーナ、カルデロン・デ・ラ・バルカなどの”スペイン黄金世紀”の文豪が実名
で登場したり、特に、ケベドの詩は、映画の中でもセリフで出てくる様子・・・
と言われています。
これら”黄金世紀”の文豪の翻訳が日本では、大変、質・数共にそれ程でもな
いのでは?・・・と思われるのも、日本の大学で私益優先を崩さない「スペイ
ン語屋」の正体を知る上で良い参考になりましょう。「こいつら、金と暇があ
るんだったら、もっとスペイン語を正念入れてやれ、そしてきちんと研究する
人を邪魔しないで、学生を育ててみよ・・・」となりましょう。
(ちなみに、『ブレダの開城』は、絵画作品のみではなく、当時、このカルデ
ロン・デ・ラ・バルカにより同名の戯曲が創作され、好評であったといわれて
います。)
上記の他に・・・、この映画に関して、スペイン軍事史に興味のある方々には
言うに及ばず、描かれている当時の様々なスペインの背景について、”地政学”
を踏まえて観察(特にドイツ、フランス、イギリス、オランダ、イスラム世界、
ラテンアメリカ、そして日本とも関連させて)してみたりすると、大きな観点
からすれば・・・みなさんも「スペイン学」(大まかにはスペイン世界の研究)
というか「イベリア学」(雑にいうとポルトガル、バスク、アンドラなどの
国々も含めたイベリア半島を中心に据えて展開する世界の研究)というか、
一つの”分野”(要するに、少なくともスペイン&ラテンアメリカ)に精通す
るキッカケとなりましょう。
(実際には、これらの分野でのトップが、前回、お話しした京都外国語大学・
スペイン語科教授の新田増氏で、今後、いろいろなところで表に名前が出てく
ると思われます。)
実は、みなさん!「スペイン学」、「イベリア学」とは日本では、未だに確立
はされてはいないものの、決して侮ること勿れ!なのであります。何故なら、
それは、スペインは、”非対称戦”、即ち、「弱者の戦略の方法論と実践」の
実例の宝庫となっているからなのです。このことは、決して忘れないでください。
みなさんは、師走を迎え、慌ただしい毎日をお過ごしのことと思います。非雇
用者の立場にある方々にとっては、大規模な”リストラ”(要するに日本人が
よくやる言葉遊びですが、意味は、”解雇”のこと=相手の糧道を断つこと=
間接殺人です)の嵐に戦々恐々の状態を余儀なくされていることは否定できま
せん。
最早、安心して年末年始を迎えることが出来る世の中ではなくなって来たこと
は事実であります。「日本政府」は、様々な手を尽くして内需を拡大し、国民
の生活を安定させるよりは、外国へとドシドシ経済援助
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20081211AT3S1002Q10122008.html
や技術援助などを”見返りも無く”行い(実は、現地進出の日本企業を助ける
ため?かは知りませんが・・・)、税金や保険を払って、国法に従ってまじめ
に生きている日本人の間に「負け組」とかを作り出して、益々、困窮に追い込
んでいます。
そこに付け込み、党利、党略に利用しようとする政治屋、それを煽るマスコミ
が”暗躍”していることも否定できません。
国民一人に2万円くださるとかいう話しも宜しいでしょう。が、このトータル
の金額に少し上乗せした予算で、ここは国民一人一人が”侠気”(強気をくじ
き、弱気をたすけるという戦後日本には何故か意識されなくなった言葉です)”
を出していただいて、苦境に喘ぐ中小企業経営の方々、医療保険の支払えない
方々、本当の意味でどうしようもなくお困りになっている方々に対し、暖かい
援助の手を差し伸べ、「共に苦境を乗り越えん・・・」とかいった「おもしれ
え発想は出せねえのかい」と言いたいところでありましょう。
ここぞとばかりに叫ぶ政治屋(与党も野党も含めて)どもの「国民のために」
とか「民主主義」とかの言葉は、聞く度に虚しくなって来ます。
このような時代にこそ、国民一人一人が「兵法」や「戦略」、「情報」、
「兵站」を学び、そして身につけ、よりよき世の中(与党も野党も政治屋など
を通じての他人まかせでは、決して住みよい世の実現は不可能であることが
分かって来たところでありましょう)を日本人同士がお互いに力を合わせて、
創造しなければならないのであり、「損/得の両面を”空”(般若心経の意味
で)として捉え、日本史の中での日本人としてのなすべき義務」を自覚して、
粛々と人生を進み行くべきことを納得し覚悟し決断する瞬間、瞬間、瞬間と
なっています。
今回は、少し、本題に入る前に、本講座がスペイン軍事史の実例から取り上げ、
詳しい解説が進められて行く”ゲリラ戦”=”非対称戦”の”前撮り”を現在
の雇用問題を一つの例にして、触れておきたいと思います。
関西地方では、”無職”のことを「プー太郎」(あるいは、単に「プー」※)
とか言って開き直り、むしろ笑いのネタにしてしまいます。何かと引け目を
感じてしまうものですが、今日の正社員は、明日の無職になり、今日の無職は、
明日は正社員になるのです。万物は流転し、諸行は無常です。
(※”プー太郎”の会話例。甲:「おい、久しぶりやんけ。今、どないしてる
んや?」。乙:「どないってか?見ての通りや、プーやってまんねん。がはは
はは」というような具合です。)
みなさんは、このような不遇、不運、不幸な逆境時にこそ、むしろ”傾奇”ぶ
りを発揮して”弱者の逆転戦略”を考えて行かねばなりません。
みなさんは、むしろ、テレビや新聞記事(マスコミ)に現れては、尤もらしい
能書きをタレ流すいろんな肩書きや経歴のついた人々に”自らの主導権”を
決して渡すようなことをしないよう気をつけてください。
「そもそも、情報というものには、必ずその通り道や道具の途中で何かが添加
されたり、一定方向への思考操作が混入されるもの」です。これは、中国産の
毒野菜や毒米よりも質が悪いものです。あくまで参考意見に留めておくことで
す。もし、「今まで見ることがなかった時間帯で放送しているワイドショー的
な番組を見たり」しても・・・、絶対に自分を見失ってはなりません。
コメンテイターの特徴とは何か?それは、要するに、その身分たるや「絶対安
全圏に居る人々、人ごとで批評が出来る人、直接的には弱者の救援もしてくれ
ない人」に他なりません。一般国民と共に「苦も楽も共有するような人々では
ない」のです。
みなさんは、現象は事実であるけれども・・・真実とはまた別なのである・・・
と、要するに、自分で考え判断するという”主体性”(戦略と情報の基本)
こそ必要なのです。
では・・・みなさん!「自分の立場を見ると、上からやられるかも・・・」
とかいうような意識よりも、「必ず自分に不利益を与える奴とは差し違えてや
る=相殺」という”防衛意識”を持つことに納得することが大切です。
そして、日々覚悟を決めて、明示的黙示的(目で見ても空気でも)に相手に
アピールするようにすること、即ち、「ナメられないように」することが最も
重要な「考えるべき事、実践するべき事」なのであること・・・これを肝に
銘じてください。
これが戦略に相当するところです。
そして、戦術、戦法とは・・・?
それは、職場内外で、何かと”正攻法”を心がけることと、毎日の客観的証拠
を残す作業を怠らないことです。例えば、仕事はきちんとして、メモ・記録
(写真、動画、録音、あらゆる記録と思われるものは全て)を実行することです。
ここから、みなさんを追い詰める側を逆に追い詰めることが可能となります。
(また、立場を変えれば、これの逆のことも可能なのです。)
どのみち、行き先は、地獄なら、「その道中の陽気なこと・・・」という上方
落語、「地獄八景亡者戯」(現代版 http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug101.htm が分かりやすいと思います)ではありませんが、何か仕掛けたら、
同時に、”いっしょに”訳の分からない地獄へと体とか魂とかを持って行かれ
るということが相手に分かったのなら、”おかしなマネ”が停止するものです。
「ゲリラとかテロとか、そのココロは?」といったところです。
これ以上の方法論の基礎を探求し考えるには、
孫子塾( http://sonshijyuku.jp/index.html )をご覧ください。
また、戦略研究学会( http://www.j-sss.org/ )・関西支部が予定している
定例研究会(来年2月あたり)でも触れられるかも・・・知れません。
(面白そうです。)
では、前置きが長くなりましたが、スペインの天・地・人の続きから始めたい
と思います。人については、未だ未だ前座ですので、回数を重ねつつ、段階的
に進めて行きたいと思います。
15.孫子兵法からみたスペインの”地形”(続き)
イベリア半島で特徴的なことは、中央部にスペイン語で”机”、”テーブル”
を意味する”メーサ”(mesa)に縮小辞が付いて派生した言葉である”メセータ”
(meseta:こじんまりとした机・テーブルの意味)と呼ばれる、まさしく、
机・テーブル状の中央台地があり、平均標高500~800メートルもあり、
総面積は、21万平方キロメートルにもなっています。
全体的には、西に向かって傾斜していますが、広大な高原(広くて、地平線が
見えるくらいです)を形成しつつ、周囲を標高2,000メートルから3,000メー
トルの山脈に取り囲まれています。
イベリア半島の約半分強がこのような地形になっていますが、これが他のヨー
ロッパに所在しているいくつもの半島の一つであるイタリア半島や、あるいは、
バルカン半島などと比較すると、如何にもといった「大陸的」な特徴を備えて
いるものである・・・と言われているところです。
ここから:
 1. このイベリア半島特有の地形を基礎として、原住民の立場で”侵略者”
に対して、「主戦」(ホスト側の立場で戦うこと:”祖国防衛戦”といったと
ころです)を展開しなければならない場合
 2. 常に同時両面で思考する習慣を以てすれば、逆の立場、即ち、「客戦」
(ゲスト側の立場で戦うこと:”侵攻作戦”や”遠征”といったところです)
を展開して行かねばならない場合
 3. これら二つの条件を基礎として、「戦いの普遍性から、戦いの特殊性」
を導き出して観察を深める
 4. そして、より具体的に”戦い”について学ぶことを通じ、「応用」に
試みることが可能となって来る
以上のような、階梯を踏みつつ、人ごとではなく、スペインからみなさんが
何かを学び取るようにして行ってください。
また、戦いをするのは、動物ならぬ人間なので、そこに生起していた人の来歴、
種族、性癖、思考法、世界観、宗教などについて、断片的な情報や様々な観点
から類推を行い、より多次元、多面的に”人”そのものについて思考する訓練
を続けるようにすると、よく非対称戦=弱者の戦いについては理解が進むよう
になりましょう。
よって、みなさんは、本講座の”性格”を通じて(咀嚼して)、スペインで
行われてきた非対称戦、即ち、”ゲリラ戦”について、より深く、”科学”し、
日常生活や人生そのものにおける”実践”につながるように進んで行くように
もなれるのです。
地形については、この機会にGoogleで閲覧可能な地図や
NASA World Wind( http://worldwind.arc.nasa.gov/ )という3D地球儀でスペ
インの地形を観察されることをお勧めします。
(なお、NASAのソフトは、XPまでのようで、Vistaには対応していない様子です。
詳しくは、フリーソフトの総合サイトである”窓の杜”に詳しいので、ここを
一度ご覧ください。NASAは、自民党員を指す時事単語ですが、本当は、SANA
「さあな~(これからどうなることやら)」とか下町では言われています。)
イベリア半島の主要河川(水利、水運、防衛などに重要な地理的アイテムです)
は、中央部には、ドゥエロ川、タホ川(これらは、ポルトガルではそれぞれ、
ドウロ川とテージョ川という名称に変わります)が流れ、西にはグアディアナ
川、南部にはグアダルキビール川、東部にはエブロ川が流れています。
また、イベリア半島全体として、その歴史に与えた地理的条件としては:
 1. ヨーロッパとアフリカを結ぶ”陸路”として
 2.地中海と大西洋を結ぶ”海路”として
という、グリコ(道頓堀のネオンは有名です)のキャラメルではありませんが
「一粒で二度おいしい」立地条件があり、ここから、両者(陸路・海路)の拠
点(戦略的立地条件)を満たしていることが指摘できます。
この故に:
1.古来より、多種・多様な民族・文化の交流・融合の場となった
2.文明という観点から見ると、終始にわたり辺境として捉えられて来た
3.所謂、”中枢部”とは、”趣の異なる外縁世界”を形成する
という、イベリア半島を観察するからには、以上の三点ばかりの無視できない
特殊性が指摘されるところでもあります。
このイベリア半島に出てくる”イベリア”という名称は、ギリシア人がイベリ
ア半島の先住民のことを”イベレス”(iberes)と呼称したことに始まってい
ます。この名称は、一説には、東部を流れる大河である”エブロ川”(Ebro)と
いう名称との関係がある・・・とか言われています。
今はどうかは知りませんが・・・、かつて、かの日産自動車がスペインの自動
車会社、確か、”セアット”( http://www.seat.com/com/generator/su/com/SEAT/site/main.html )か?と合弁していたときに”エブロ”という名前のバン
http://www.habitamos.com/post/1614398/se_vende_furgoneta_quotautocaravanaquot_nissan )を生産して、スペインでもテレビ・コマーシャルを流していた
時があった・・・と思います(この機会にスペインの自動車業界も調べてみて
ください。)
イベリア半島は、内陸部には、イベリア人(内陸系住民)が・・・、そして、
海に面している関係上、古くより地中海世界との交易が盛んであり、ギリシア
人やフェニキア人等の交易拠点が地中海沿岸部に点々と設営され、海路を経由
した人々(沿岸系住民)でも栄えていました。
文化的には、沿岸部の方が中心であったのでした。しかし、印欧語を話すケル
ト人が陸路から流入して来て、珍しく、武力衝突ではなく、”平和”に混血し
て内陸部を中心に発展して行ったのが”ケルト・イベリア人”(よって、彼ら
の言語は、ケルト語の一派を構成していたと考えられ、ガリアのケルト人とは
意志の疎通が可能であった・・・と考えられています)であり、かのハンニバ
ル指揮下でカルタゴ軍兵士として活躍し、その後は、イベリア半島を征服に
来たローマ勢に対し、少なからぬ”血戦”を強いることになります。
以降、ローマ人、ゲルマン人、アラビア人等がイベリア半島を支配の側、被支
配の側、と入れ代わり、そして、混血をして行きました。このことがスペイン
には、「美人が多い」とかいうことを・・・説明する理由として、指摘するこ
ともあります。
・気候条件について
三方を囲む海洋と地形から、”イベリア”という半島は、”湿潤的なイベリア”
と”乾燥的なイベリア”という二の気候区分に分かれています。これは北部山
脈の北麓に沿って、年間の降雨量が800ミリの線で区切られるから・・・と
いうものです。
“湿潤的なイベリア”は、特に、最多雨地域とされるガリシア地方が挙げられ
ます。この地域は、元々、ケルト系の部族が住み着いたことから、ケルト系の
要素(音楽・楽器等)が見られ、ゲルマン人でもヴィシゴート族ではなくスエ
ビ族が入ったところです。
このガリシアには、巡礼街道で有名な聖ヤコブの墓のあるサンティアーゴ・デ・
コンポステーラがあり、また、ガリシアは、フランコ総統の出身地で有名なと
ころです。
(ガリシアは、ややこしいですが、”ガリツィア”とドイツ語風になると、
現ウクライナの地域を指し、こちらは、複雑な歴史や、かの武装親衛隊の部隊
名などで有名です。)
“乾燥的なイベリア”は、降雨は、春と秋には多いものの、山間部では年間
300ミリ~600ミリに過ぎないものとなっています。中央部のメセータと
呼ばれる台地は、大陸的な寒冷気候で乾燥イベリアを形成しています(”湿潤
的なイベリア”の方は、大西洋側の海洋性気候、地中海側の地中海気候の二つ
に分かれています)。
歴史を語る上で、”天”と”地”に係わる注意点ですが、当時の天候について
は、現在と差ほど変わりはないと思われます。但し、現在に近くなるにつれて
の気温の上昇やそれにかかわる植生の変化(同時に牧畜関連はこの影響を受け
るものです)、また、降水量からの川の流れの大小、広狭、高低(水かさ)、
これに付随して海岸線の変化等が考慮するべき点となるでしょう。が、昔も今
も、差程、”決定的なもの”は見られない・・・ところです。
次回は、新年を迎えてのお話しですので、何かより興味深いものを考えています。
では、みなさん、良いお年をお迎えくださいませ!
来年がみなさんにとってさらなる発展となりますよう!
本講座は、いつもみなさんの味方です。
来年も益々乞期待!
(つづく)