ゆうべつ最後の観艦式(6)

「ゆうべつ」の狭い厨房ではふたりの隊士が忙しげに動き回っていて、自動米研ぎ機と蒸気で炊く炊飯器を使って見せてくれました。
彼らの職種(海自と空自ではマークと言うのが一般的です)は「給養」。
この調理を専門としたこの職種は航空自衛隊にもありますが、陸上自衛隊にはありません。
余談になりますが、陸自は全隊員が調理できるのが理想という考えのため、調理を専門に行なう隊員はいないのです。その代わり、松戸の需品学校に入校して調理を学んだ隊員が、原隊では炊事班長として部隊の若手に調理を教えます。
「ゆうべつ」の給養員いわく、「米をおいしく炊けるようになったら一人前です!」
肉の塊があったのでなにに使うのか尋ねると、「それ、手作りチャーシューです。明日の昼がラーメンなんで、先に仕込んでおきました」。
どうやら「ゆうべつ」の食事レベルは相当高そうです。
さて、いよいよ観艦式当日となりました。筆者は予行から3回目の乗艦となります。
本番は予行の際の好天から一転、厚い雲が垂れこめるあいにくの悪天候。
出航時は雨も降っていて、乗船している人々はみな雨具に身を包んでの体験航海となりました。
相模湾に出る頃になると雨は上がったものの風は強く波は高く、小さな「ゆうべつ」はおもしろいほど揺れに揺れます。今日を楽しみにしていたであろう乗客のみなさんの中には、この航海がほとんど苦行となってしまいました。
気分が悪くなり医務室で休む人、艦内の休憩スペースで風を避ける人……しかしなかには揺れも風も問題なしと甲板で荒天クルーズを楽しむ人もいて、予行のときとは違った光景が繰り広げられています。
ちなみにほかの護衛艦に乗船していた仕事仲間が「ゆうべつ」を見た感想は、「波間に浮かぶ木の葉のごとく揺れまくっていたよ」でした。
変わらないのは、天候に一切、まったくもって左右されることなく自分の仕事をしっかりこなす隊員たち。なんとも頼もしいです。
この日は鳩山総理に代わって首相臨時代理の菅副総理が観閲官として「くらま」に乗艦、艦艇20隻を観閲しました。「ゆうべつ」は観閲される側です。
観閲官が欠席するなど前代未聞だったのですが、「友愛ツアー」と称してアジア各国への訪問を優先した総理でした。また、いつもは観閲官の乗った艦艇とすれ違うすべての艦艇の甲板に隊員が成立して敬礼する光景が観艦式の見どころのひとつなのですが、この年はあまりの荒天で甲板に整列も危険で「なし」に。総理もいなければ観閲官へ敬礼する恒例の景色もなしと、ここだけを切り取って見れば、やや白けるシーンでした。当たり前ですが、隊員たちに非はなにひとつありません。
「ゆうべつ」は荒れる海に振り回されることなく、正確に時を刻んでいきます。
今日も決して失敗が許されないボフォースも予行同様4発淀みなく発射され、本番でも大役を立派に果たしました。観艦式で発射する、最後のボフォースでした。
招待客たちが艦を降りる頃には海もすっかり穏やかに落ち着き、「ゆうべつ」が参加する観艦式は滞りなく終了しました。
観艦式は総合的な術科訓練の場でもあります。
砲雷科では正確な射撃を、航海科では微妙な速度調や針路調整を、機関科はその微妙な指示をエンジンの動きに反映させ、補給は隊員たちのエネルギー源である食事を作るなど、日々の訓練の集大成といえます。
晴天に恵まれた予行と荒れ模様の本番、いずれも「ゆうべつ」の乗員たちの動きが天候によって左右されるということはありませんでした。
彼らが常日頃から行なっている訓練、それに加えて観艦式のための訓練で培われた経験値は、甲板が滑りやすく濡れようが、艦が大きく傾こうが、揺らぐことはありませんでした。
そもそも冬は甲板が凍りつき、手すりのつららを金槌で叩き割りながら荒れ狂うオホーツク海を航海している護衛艦なのです。このくらいの天気で本来の実力を発揮できないなどありえないのでしょう。
付け焼刃ではない、積み重ねてきた訓練の成果。それをどんな状況においても発揮できる実力。
イージスシステムを搭載している艦、就役して間もない新型の艦、海外派遣に何度となく赴いている艦。そういった「華」は一切ないこの小さな護衛艦には、この艦で日本の平和を護るという自負があふれていました。
そしてすべての役目を終えて、この観艦式の翌年に退役した「ゆうべつ」。お疲れ様でした。
(ゆうべつ最後の観艦式 おわり)
(わたなべ・ようこ)
(令和二年(西暦2020年)7月30日配信)