ゆうべつ最後の観艦式(4)

無事に浦賀水道を通過した「ゆうべつ」は速度を上げ、相模湾を軽快に進みます。
塵ひとつ落ちていない機関室では、隊員たちが目の前の計器をチェックしています。
そのうちの隊員のひとりが教えてくれました。

「この艦は高速用のガスタービンと巡行用のディーゼルという2つのエンジンを使い分けていて、今日はガスタービンで航行しています」

ここでは発電機の監視や火災、浸水の情報だけでなく、水タンクの残量まで管理しています。機関なくして艦は動かない、機関室は「ゆうべつ」の大黒柱なのです。
また、機関長の1尉はこう話してくれました。

「観艦式にあたって機関室が緊張を強いられるのは、出入航時と浦賀水道通過時、そしてボフォース発射時です。ボフォース発射の際は電力の計器から目が離せません。足を止めない、艦を傾けない、電力を確保する。それが機関室の大切な役割です」


ボフォースとはボフォース対潜ロケットのことで、正式には71式ボフォースロケットランチャーといいます。4発のロケットを次々に発射するもので、「ゆうべつ」などゆうばり型護衛艦、いわば沿岸警備用の護衛艦に搭載されていました(現在は退役しています)。
正午になると乗員たちが甲板にずらりと整列しました。
逆方向から進んで来る観閲艦とすれ違う際、受閲艦として登舷礼式で敬礼するのです。
観艦式ならではの壮観に、招待客たちも写真を撮りまくっています。ここは間違いなく観艦式の大きな見どころのひとつと言えるでしょう。
受閲を終えると各艦艇は反転、今度は訓練展示です。いよいよボフォースの発射です。
管制室はボフォースの真下にあるので発射時の騒音はすさまじく、しかも驚くほど狭いという厳しい場所。
けれど発射前の緊張感がみなぎる隊員たちにとって、そんなことは関係ありません。
予定されていた時刻ぴったりにボタンが押され、ボフォースが発射されます。
その途端、管制室にはまるで薄い鉄板にマイクを寄せて思いきり叩いたような感じの、「バン!」という強烈な爆音が響きました。
隊員たちはまったくひるむことなく2発目、3発目、4発目と等間隔で発射していきます。
「発射数4、残数0」
ボフォースが無事すべて発射されたことの確認と報告が終わると、ようやく管制室の緊張が緩みます。
筆者は水雷長の1尉から「あとでボフォース、見に行ってみてください。煤で真っ黒になってますから。発射するたびにペンキを塗り直すんですよ」と言われ、ロケット弾の威力のすさまじさを思い知りました。
このボフォースは艦橋の下にあるので、発射時の熱風や衝撃は艦橋にも伝わって来ます。
招待客の多くは右斜め前方1500m先に進んで行くロケット弾を見ようとカメラを構えて甲板に集まっていたのですが、艦橋に残った人の中には発射時の想像以上の衝撃に驚き、ボフォースの轟音に負けないほどの悲鳴を上げて隊員を驚かせた(そして笑わせた)人もいました。
ボフォースも無事発射され、あとは再び船越岸壁に戻るのみです。
航海長の1尉も、ようやく遅い昼食を取る時間ができました。観艦式に参加するのは初めてだそうですが、事前の計画や行動予定で一連の流れがしっかり頭に入っていたため、緊張はあっても混乱はなかったそうです。 

「決められた時間に予定通り、かつ安全に艦を動かすのが航海長の仕事です。ちょうど航海長の時期に3年に一度しかない観艦式に参加できるのは貴重な体験であり、非常に幸運だと思っています。乗っているお客様には“自分たちが国を守っているんだ”という姿勢を見ていただきたいですね」

艦橋で状況中の1尉の背後には、終始カメラやビデオを構えた多くの人々がひしめいていました。気が散りませんか?と尋ねたところ、「いえ、まったく気にならなかったです」。自分の任務にどれほど集中していたか、よくわかります。
(以下次号)
(わたなべ・ようこ)
(令和二年(西暦2020年)7月16日配信)