海上自衛隊東京音楽隊(5)

海上自衛隊東京音楽隊の新隊員の3人に入隊後の苦労を尋ねたとき、口を揃えて言ったのは「入隊後の教育訓練」。
音楽科に配属されると決まっていても、ほかの新隊員同様、最初は教育隊で海上自衛隊のイロハを学びます。女性隊員は眉毛も耳も出る状態まで髪の毛を切らなければならないのも、覚悟していたこととはいえ切ない思いをすることでしょう。
慣れない集団生活、分刻みのスケジュール、経験したことがないほどの運動量、これまでの音楽中心の生活とは別世界すぎる「究極の体育会」とも思える環境。
楽器を持っていた手はカッターのオールを握りすぎてマメができ、吹奏楽で鍛えられたはずの肺活量をもってしても駆け足の苦しさに声も出ない……
約5カ月におよぶ教育期間中は楽器を手にすることも叶いませんが、3人とも「毎日が必死すぎて、演奏したいと思うどころではなかったです」。
1日練習しないだけでも翌日に響くと言われる世界で数カ月も練習できないことを、最初は不安に思っていなかったわけがありません。その不安を吹き飛ばしてしまうほど、彼らにとって新隊員教育はきつかったということでしょう(しかもサックス奏者の在川2士は学生長まで務めていました)。実際、東京音楽隊に配属されてから、感覚を取り戻すのが大変だったそうです。
東京音楽隊へ配属されることは教育期間中に決まりましたが、ユーフォニアム奏者の原2士は「最初は地方の音楽隊に配属されるとばかり思っていたので、いきなりセントラルバンドでびっくりしました」。
在川2士は「実は横須賀音楽隊を希望していました。東京音楽隊は仕事内容が特殊なので、右も左もわからない自分が行っていいのかなと。しばらく地方の音楽隊を経験し、自分に自信をつけてから配属されるのがベストだと思っていました」。
国家行事や国賓を迎えての演奏、海外に招かれての演奏、自衛隊音楽まつりや合同コンサートへの毎年参加など、東京音楽隊のみが演奏を行なう機会はかなり多いのです。入隊1年目の新隊員にとっては、最初から大舞台を経験できる喜び以上に、足を引っ張ってはいけないというプレッシャーのほうが大きいのかもしれません。
その3人の初参加となる、そして樋口2佐が東京音楽隊隊長となって初めての定例演奏会が2016年12月9日、すみだトリフォニーホールで開催されました。
55回目となるこの定期演奏会は12月に開催されるとあり、東京音楽隊長の樋口2佐いわく「1年の集大成的な、最後に1番高い山に登るという位置付け」。自分たちで曲や演出を決めて作り上げていく演奏会は、指示に従って動く音楽まつりなどとは違った充実感があると同時に緊張も大きいことでしょう。
開演は夜ですが、隊員たちは午前中から会場入りし、まずは楽器の搬入から始めます。新隊員の3人も流れ作業に加わり、トラックの中から楽器を運び出しています。到着と同時に搬入作業に入る隊員たち、商売道具の手は軍手でしっかりガードしています。
民間楽団と異なり、楽器の搬入・搬出も隊員自身で行なうのが自己完結の自衛隊です。
(以下次号)
(わたなべ・ようこ)
(平成29年(西暦2017年)6月15日配信)