マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(19)




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マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(19)

前回までのあらすじ

 

本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが一九四四年九月上旬に
連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察することにある。
実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガーデン作戦実行に伴うリスク
を連合軍の指揮官に警告していた。

 

指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの情報源は数多く
存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報により提供されたインフォメーション
にのみ焦点を当てて考察を進めることとする。第二次世界大戦を通じて、
連合軍の戦略レヴェル・作戦レヴェルの指揮官たちはウルトラ情報を活用し、
ウルトラ情報の精確性に関してめったに疑いを持たなかったからだ。

 

前回は、「ウルトラ」計画に対する著者なりの評価を述べた。
前号で説明したように、「ウルトラ」計画最大の成功要因は徹底化
された秘密保全にあった。だが、秘密保全の徹底化は弊害も孕んでいて、
いうなれば諸刃の剣であった。

 

今回から数回にわたり、連合国側によるマーケット・ガーデン作戦
までの「ウルトラ」情報の利用について述べることとする。

 

ウルトラに懐疑的な関係者

 

第二次世界大戦勃発当時、「ウルトラ」計画は、組織的規模および態勢の両面
で小規模なプログラムであった。大戦勃発以前、ウルトラ計画がその将来に
おいて戦争遂行上いかに死活的なものになるのかということを、誰も予見
できなかったし、大戦勃発当初、多くの関係者がウルトラに関して懐疑的で
あっただけでなく、ウルトラよりも低水準の暗号解読、画像情報およびヒューミント
といったありふれた情報源に多くを依存していた。

 

しかし、こういった関係者のウルトラ計画に対する懐疑的姿勢も、ウルトラ
が信頼性を確立し、指揮官に対し絶え間なく増大する量の情報を提供し
続けたことにより、最終的には変化することとなった。

 

ウルトラ計画最初の成功

 

作戦情報提供面でのウルトラの最初の成功は一九四〇年四月にドイツ軍
により実施されたノルウェイ侵攻作戦に際してであった。ドイツ国防軍最高
司令部(OKW)がノルウェイ侵攻軍のために特別に作成した暗号は、一週間
以内に解読され、最終的に1000のメッセージを生み出した。

 

成功はこれに止まらなかった。一九四〇年五月十日に開始されたドイツ軍
のフランス侵攻作戦においてもウルトラ計画は成功をおさめたのだ。
もちろん、ウルトラ情報は六月二十二日の独仏休戦協定調印という事態
を食い止めることはできなかった。だが、ウルトラ情報が野戦軍指揮官に対し
有益な情報を提供することができる潜在的可能性を有していることが証明
されたのだ。

 

情報は死活的に重要だが助演俳優に過ぎない

 

確かに「情報」は大戦初期にドイツ軍の快進撃を止めることができなかった。
だが、単に連合国がドイツ軍を撃破する能力を持っていなかったに過ぎない。
暗号史や軍事情報について数多くの著作を書いているデビッド・カーンは、
一九三九年のポーランドの敗北を論じた人物であるが、一九四〇年の連合軍
の敗北について論じた中で、次のように述べている。

 

「敗北はインテリジェンスの素顔を明らかにした。すなわち、大砲や士気とは違い、
インテリジェンスは戦争において二次的要素でしかないということである。
ポーランド人の暗号解読、あらゆる悲痛な努力と英雄的成功は、ポーランド軍
を少しも助けなかった。インテリジェンスは力を通じてのみ作用することができるのだ」。

 

だが、軍事力に対するインテリジェンスの弱い立場は、第二次世界大戦が進み、
連合国側がウルトラにより提供された情報を利用できるようになってから強い
立場へと変化することとなる。

 

モントゴメリー将軍による「ウルトラ」情報の使用

 

最初は押され気味であった連合国側も、一九四二年までに攻勢に出られるよう
になり、戦場にいる指揮官がウルトラ情報を利用できるようになった。
たとえば、英国のバーナード・モントゴメリー将軍は、一九四二年八月十八日に
第八軍司令官に就任した直後に、「ウルトラ」情報を使用し、情報面でドイツ軍
に対し有利な地位に立てるようになっている。

 

モントゴメリー将軍が最初に「ウルトラ」情報を使用した戦闘は、エル・アラメイン
の戦いの前哨戦であるアラム・ハルファの戦いである。モントゴメリー将軍は
アラム・ハルファの戦いにおいて堅実な防御作戦を採用して、「砂漠のキツネ」
エルヴィン・ロンメル元帥に対し勝利をおさめている。この戦闘において
モントゴメリーは、ロンメルの主攻軸やドイツ軍の攻撃開始時期に関して報告
した「ウルトラ」情報に基づき防御作戦を準備し、ロンメルのアフリカ軍団を
撃破することに成功したのである。これにより、連合国側は攻勢に出られる
ようになった。

 

インテリジェンス研究におけるアラム・ハルファの戦いの意義は次のように
評することができよう。すなわち、マーケット・ガーデン作戦の提案者である
モントゴメリー将軍が早くも一九四二年の段階で「ウルトラ」情報を使用し
始めており、大戦中を通じて「ウルトラ」情報を使い続けることになるきっかけ
となった戦いである、ということだ。

 

モントゴメリー将軍の情報将校を務めたことのあるビル・ウィリアムズは、
一九四二年八月の出来事やモントゴメリー将軍の情報使用について
次のように述べている。

 

「彼はいつロンメルが攻撃を仕掛けるか、ロンメルがどこで何を使用して
攻撃するのかを知ることを望んでいた。・・・彼は与えられた情報を受け取る
ことにより彼の最初の戦闘―アラム・ハルファの模範的な防御帯―で勝利を
得た。・・・その時の情報が適切であることが判明したので、モントゴメリー
は情報をその後も信じることになった」。

 

だが、皮肉にも、あれほど「ウルトラ」情報の利用に熱心であったモントゴメリー
がマーケット・ガーデン作戦実施までの数週間に情報を有効利用し続けなかった
ことが、マーケット・ガーデン作戦において彼が失敗する原因となった。

 

軍団レヴェルより下の部隊には秘匿された「ウルトラ」計画

 

「ウルトラ」計画は戦争の進行と共に拡大し続けた。「ウルトラ」計画は、
大西洋の戦いにおけるドイツ海軍の敗北、イタリア戦役、およびドイツ本土
に対する戦略爆撃において重要な役割を果たした。

 

連合国側が大君主作戦(オーバーロード作戦=ノルマンディ上陸作戦)を
実行に移す時までに、ウルトラは軍レヴェル以上の部隊において主たる
情報源となった。その一方で、情報保全上の用心から軍団レヴェルより
下の部隊はウルトラを使用する対象から除外された。戦術部隊は情報要約
や報告書を通じて「ウルトラ」情報の間接的な受益者であったが、
「ウルトラ」計画の存在についてはまったく気付いていなかった。

 

たとえば、一九四四年八月二日に創設され、マーケット・ガーデン作戦
の司令部として働いた第一連合空挺軍でさえも「ウルトラ」情報の配布先
リストから外されていたのである。

 

 

(以下次号)

 

 

(ちょうなん・まさよし)

 

 

 

(平成28年3月31日配信)

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