マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(16)




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マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(16)

前回までのあらすじ

 

前回までのあらすじ

 

本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが一九四四年九月
上旬に連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察することにある。
実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガーデン作戦実行
に伴うリスクを連合軍の指揮官に警告していた。

 

指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの情報源
は数多く存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報により提供
されたインフォメーションにのみ焦点を当てて考察を進めることとする。
第二次世界大戦を通じて、連合軍の戦略レヴェル・作戦レヴェルの
指揮官たちはウルトラ情報を活用し、ウルトラ情報の精確性に
関してめったに疑いを持たなかったからだ。

 

複数回にわたりイギリスの「ウルトラ」計画について述べている。
前回は主として、政府暗号学校の拠点となったブレッチリー・パーク
について説明した。

 

ドイツとの戦争が不可避であることが明白となった時、イギリス政府
はその政府機関の多くを、ロンドンの外へと移転させた。
ブレッチリー・パークはロンドンから移転してくる政府機関を収容する
目的でイギリス政府により購入された多くの場所の内の一つで、
ここが政府暗号学校の新たな拠点となった。

 

機密保持のため、ブレッチリー・パークには「ステーションX」という
暗号名が附与された。このステーションXという奇妙な名称は、
MI6により十番目に購入された用地であり、MI6が用地を呼称する際
にローマ字を使用していたことに由来する。

 

「ウルトラ」計画が一握りの暗号解読者集団からなるプログラムから
より組織的なプログラムへと拡大するにつれ、増加する収容スペース
を充たすためにブレッチリーの地には多数の小屋が建てられた。
各小屋はウルトラ情報の生産過程で異なる役割を演じていた。
これらの小屋には番号が附与されていたが、小屋番号は単に物理的
な位置を示すだけでなく、各小屋でなされている作業の種類をも示していた。

 

通信傍受はYサービスが担当していた。そして、Yサービスから
ブレッチリー・パークに送られてくる傍受された通信文の受取り窓口
や暗号解読作業の中心部となったのがハット6(第六号棟)であった。
ハット6では暗号解読のために集められた数学者たちが、その日の
エニグマのセッティング(日鍵)を特定し、それをハット3(第三号棟)で
働く分析官たちが判読できる通信文とするため二十四時間働いていた。

 

今回はハット6のコントロール・セクションとハット3の活動について
述べてみたい。

 

 

Yサービスとハット6

 

ハット6のコントロール・セクションは、Yサービスから送られてくる通信文
を受領し、適切な周波数がモニタリングされていることや、Yサービスから
送られてきた通信文が利用されるのを確実にするために、
絶えずYサービスと接触していた。

 

ハット6内のコントロール・セクションはテレタイプとオートバイ伝令を経由
して傍受通信を受領していた。コントロール・セクションは、テレタイプ通信
を経由して、傍受通信の序文と最初の部分を受領し、その後、
暗号解読者たちが暗号文解読に取り組む前に、暗号設定や情報の価値
を決定するためにその部分を利用した。そして、オートバイ伝令が完全な
通信文をもたらすのである。

 

換言するならば、Yサービスが傍受した通信文全体のうちの一部分
がテレタイプにより、コントロール・セクションに送られ、そこでその通信文
の暗号設定や価値が判断され、その後、オートバイ伝令が傍受した
通信文全体を持ってコントロール・セクションにやってくるということだ。

 

 

コントロール・セクション

 

コントロール・セクションの機能は、現代の情報収集管理や配布部門に
相当する。コントロール・セクションは情報収集と情報分析とをつなぐ導管
であり、情報収集担当部門が重要な周波数に収集の焦点を当て、
あまり価値がなかったり全く価値のない周波数の通信文を収集しないこと
を確実にしていた。情報収集部門および分析部門の限定された予算を
考慮するならば、最も価値のある情報をやりとりしている周波数の通信文
のみを収集することが緊要であった。

 

 

日鍵の数を減らす

 

暗号解読者は「ウォッチ」と呼ばれる場所で働いていた。暗号解読者
が完全もしくは一部分のみの通信文を受領し、その日の暗号の
鍵設定(日鍵)がなにかを判定するために作業しているのがこのウォッチ
であった。

 

暗号解読者はめったに手で作業することはない。その代わりに
暗号解読者は、ボンブ(Bombe)に入力される「メニュー」を考え出していた。
彼らの経験やドイツ人が使用している作業手順に関する知識を使うこと
により、暗号解読者は無数にある可能性のある日鍵の数を減らし、
ボンブが演算できる扱いやすい数に可能性のある日鍵の数を減少させた
のである。

 

 

日鍵の例

 

分かりにくいので例を挙げて説明しよう。エニグマ暗号機の強みは
当日のみしか使用できない日鍵を使用している点にある。エニグマを
運用するドイツ人に課せられていた作業上の規則の一つとして、
一度使用した日鍵は同じ月に二度と使用してはいけないという規則
があった。

 

もし、ある日の日鍵の設定が1−2−3であるならば、暗号解読者は
翌日の日鍵が1−2−3でないことを知っており、これにより可能性の
あるエニグマ暗号機の歯車の配列は六十パターンから三十パターン
に減少するのである。

 

 

ハット3

 

ひとたび日鍵が首尾よく特定されると、解読された通信文(ただし、ドイツ語
のまま)は分析のためにハット3へと送られる。ハット3はドイツ空軍および
陸軍に関する通信文のすべてを担当しており、陸軍や空軍の問題に
ついて知識を有する要員が配属されていて、しかもその全員がドイツ語
に堪能であった。

 

関係する情報ならどんなものでも通信文から抜き取られ、未来の
レファレンスのためにハット3で維持されているインデックス・システム
にファイルされた。いったん通信文が翻訳され分析されると、通信文が
「ウルトラ」情報アクセス権限者リストの誰に、どういった優先順位を
つけて送付されるのか、を決定するためにウォッチの長に通信文が
送られた。

 

優先順位システムは「Z」文字を使用した五段階で表現されていた。
すなわち、緊急性が最も低いものにはZが付与され、最も緊急性の
高いものには「ZZZZZ」が付与されたのだ。

 

 

オールソース・インテリジェンス

 

ハット3から送られる通信文は、シングル・メッセージでもパラグラフ単位
で抜粋したものでもなく、通信文そのものを正確に翻訳したものであった。

 

日本ではインテリジェンスの本でもなかなか見ない言葉だが、
オールソース・インテリジェンスという用語がある。
オールソース・インテリジェンスとは、ヒューミント(人間を媒介とした諜報
活動)、画像諜報情報(imagery intelligence)、シギント(通信・電磁波・信号等
を傍受する諜報活動)、オープンソース・インテリジェンス(新聞雑誌や
官報・白書などの公開情報を利用した諜報活動)といったあらゆる情報源
から得られた情報を最終的に製造されるインテリジェンスのために利用する
情報活動、ないし諜報機関のことを意味する。

 

ブレッチリー・パークはオールソース・インテリジェンス・センターになる
のではなく、暗号解読に特化したシングルソースを担当する機関
となることが、早期に決定されていた。分析官は時にコメントを書くこと
があったが、これはある特定のメッセージ部分を明確化するために
行われたに過ぎなかった。

 

つまり、ブレッチリー・パークから送り出される通信文に対し加味された
唯一の主観的なインプットは、ウォッチの長が割り当てた優先順位だけ
であったのである。

 

 

 

(以下次号)

 

 

(ちょうなん・まさよし)

 

 

 

(平成27年12月31日配信)

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