マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(12)




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マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(12)

前回までのあらすじ

 

本連載は、精確な内容を持つインテリジェンスが一九四四年九月上旬に連合軍の指揮官に利用されたかどうかを考察することにある。実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガーデン作戦実行に伴うリスクを連合軍の指揮官に警告していた。

 

指揮官が決定を下すために利用できるインテリジェンスの情報源は数多く存在していたが、本連載では「ウルトラ」情報により提供されたインフォメーションにのみ焦点を当てて考察を進めることとする。第二次世界大戦を通じて、連合軍の戦略レヴェル・作戦レヴェルの指揮官たちはウルトラ情報を活用し、ウルトラ情報の精確性に関してめったに疑いを持たなかったからだ。

 

前回から「ウルトラ」情報について述べている。前回はギュスターブ・ベルトランとD部の活動がエニグマ解読に果たした役割と、戦間期アメリカの暗号解読活動とについて説明した。

 

今回はポーランドの暗号解読について詳しく述べてみたい。

 

ポーランドの暗号局が直面していた問題

 

第一次世界大戦後も、ポーランドは他国には解読不可能と思われたドイツの暗号通信を解読する情報解読能力を限定的ながらも維持し続けた。ポーランドはポズナニのスタロガルトに通信情報収集センターを、クシェスワビツェにドイツの通信情報を傍受する傍受局を設立した。そして、傍受した暗号通信を解読する責任を有していたのが、ワルシャワにあるポーランド軍参謀本部暗号局であった。

 

ポーランドが直面していた問題はドイツの暗号を解読する任務に耐えうる能力を持ったよく訓練された暗号解読専門家の数が不足していることだった。ドイツ海軍が一九二六年にエニグマ暗号機を使用し始めたときに、この問題はより悪化することとなった。

 

ポーランド軍、大学で暗号学講座を開設する

 

高まりつつある脅威に対処するために、ポーランド軍参謀本部はポズナン市にあるアダム・ミツキェヴィチ大学で暗号学講座を開設した。アダム・ミツキェヴィチ大学が選ばれた理由は、この大学の数学部の能力の高さと、この地域から選ばれた学生がドイツ語を話して成長したこととにあった。ポズナンは一七九三から一九一八年までの間ドイツ領であったため、ドイツ語に堪能な学生が多かったのである。

 

選ばれた三人

 

暗号学講座の目的はドイツの暗号解読計画を拡張するために必要となる暗号学の素養を有する学生を選別することにあった。講座の最終目的は、組み合わせ理論や確立論といった数学理論を応用して、エニグマ暗号を破る組織的活動を開始することにあった。

 

一九三一年、この暗号学講座が終わりを告げ、マリアン・レイェフスキ、ヘンリク・ジガルスキおよびイェジ・ルジェツキの三人が選ばれて暗号局のメンバーとなり、エニグマ暗号を解読しようとするポーランド軍の努力を主導していくことになる。

 

ポーランドは新しいエニグマ暗号の解読について、当初あまり成功しなかったものの、努力を続けた。だがこの努力は無駄ではなかった。ポーランドがフランスのギュスターブ・ベルトランから重要文書を受領した時に、この努力が大きな変化につながったからである。

 

ハンス=ティロ・シュミット、フランス側諜報員に接触する

 

前回指摘したように、ハンス=ティロ・シュミットがフランス情報機関の諜報員と接触していた。シュミットはヴァイマル共和国軍暗号部門に勤務するドイツ人で、フランスに渡したい情報を持っていることをフランス側諜報員に話したのである。

 

シュミットは徹底的にフランス側によりその人物を調査された。一連の会談の後、シュミットは「アッシュ」という暗号名を与えられた。シュミットの信頼性が確認されると、フランス側はシュミットに対し、エニグマ暗号機に関するできる限り多くの文書を提供するように依頼した。シュミットが提供した文書はポーランド軍の手に渡り、暗号学者がこれまで解くことのできなかった方程式を解くのに必要な重要情報を提供することとなった。

 

ポーランドによるエニグマ解読の初期の成功

 

一九三二年十二月七日、ベルトランはワルシャワでポーランドに文書を交付した。これらの文書には、暗号キーの説明書、エニグマの使用説明書や複数の古いキーが含まれていた。そして、ポーランドはこれらの文書を活用してエニグマ暗号機の構造を再現することに成功したのである。

 

こうして、エニグマ暗号機に関する新たな知識を得たポーランドは一九三二年十二月の終わりまでにエニグマ解読に関し迅速な進歩をすることができたのである。一九三三年一月上半期の間、ポーランドは限定的ながらもエニグマの通信文を読み始めることができるようになった。

 

初期の成功後の後退

 

エニグマで暗号化された通信文を解読することに最初に成功したことは、ポーランドがエニグマ解読を継続する基礎となった。だが、ポーランドの暗号解読の努力も成功続きではなく、一九三〇年代のポーランドによる暗号解読の努力は成功と同時に、後退と失敗とによっても特徴づけられている。

 

ポーランドが新しい暗号の解読に成功したのとちょうど同じ時期に、ドイツはエニグマ暗号機に改良を施した。その結果、暗号解読の手続きは再び一からやり直しとなってしまった。だがすべてがやり直しとなったわけではない。というのも、ポーランドはエニグマ暗号機がどのように作動するのかを理解していたので、ドイツ側が行った改良にのみ焦点を当てればよいことをポーランドは理解していたからである。

 

こうして、最初の成功が基礎となり、ドイツが行った改良のために費やすべき時間は大きく減少したのである。

 

「ボンバ」誕生

 

ここまでの間、エニグマ解読に成功した唯一の国家はポーランドであった。だが、ポーランドは解読の成果を他の国々と共有していなかった。ポーランドがエニグマの解読に熟練していくにつれ、彼らは手動・自動を含む一連のシステムとして解読活動を始め、そのことがより迅速に暗号解読を行なうことに寄与していた。

 

レイェフスキはエニグマのローターの配列を迅速に割り出すために「ボンバ」と呼ばれる機械を製作した。ボンバは現在のコンピューターの前身といえる機械であり、暗号分析者がエニグマのローター配列を迅速に推測することを可能にした。

 

ボンバなしでは、人間がエニグマのローターの配列をインテリジェンスとして価値がある速度で特定することは不可能であった。

 

 

 

(以下次号)

 

 

 

(ちょうなん・まさよし)

 

(平成27年8月27日配信)

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