マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(2)




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マーケット・ガーデン作戦とインテリジェンス(2)

本連載の目的

 

本連載の目的は、精確な内容を持つインテリジェンスが
1944年9月上旬に連合軍の指揮官に利用された
かどうかを考察することにあります。
実は、インテリジェンスの内容は、マーケット・ガー
デン作戦実行に伴うリスクを連合軍の指揮官に
警告していました。

 

指揮官が決定を下すために利用できるインテリジ
ェンスの情報源は数多く存在していましたが、本連
載では「ウルトラ」情報により提供されたインフォメ
ーションにのみ焦点を当てて考察を進めることとします。

 

第二次世界大戦を通じて、連合軍の戦略レヴェル・作戦
レヴェルの指揮官たちはウルトラ情報を活用し、ウル
トラ情報の精確性に関してめったに疑いを持たなかっ
たからです。

 

前回は、マーケット・ガーデン作戦における情報の
失敗に関する研究史を振り返りました。

 

 

計画立案のための二つの主たる情報源

 

マーケット・ガーデン作戦の計画立案のために利用でき
る情報の情報源は主として二つ存在した。第一の情報
源は、「ウルトラ」情報という形で提供されるシギント(信
号情報。通信や電子信号などを媒介として行われる諜報
活動)である。第二の情報源は、ヒューミント(人的情報。
人間を媒介として行われる諜報活動)である。ヒューミント
は、主としてオランダで活動するレジスタンスから送られて
くる報告に基づくものであった。

 

二つの情報源のうち、「ウルトラ」情報は情報量という面
で極めて多くの情報を提供していたが、ゲシュタポ(国内
治安維持に関する諜報活動を実施していた)の潜入やゲ
シュタポが流す偽情報の影響を受けにくかったので、関係
者により最も容易に事実として受け入れられる傾向があった。

 

一方のオランダで活動するレジスタンスからの報告は「ウ
ルトラ」情報により真偽の裏付けが取られた(もちろん、
「ウルトラ」情報が、レジスタンスからの報告を使った裏付け
作業で確認されることもあった)が、オランダのレジスタンス
からの報告は関係者によってしばしば割り引かれて受け止
められ、真実とはみなされないこともあった。というのも、
オランダのレジスタンスにゲシュタポのスパイが潜入して
いたり、オランダのレジスタンスが収集する情報の中には
ゲシュタポが流す偽情報が含まれていたりする可能性が
あると考えられていたからである。

 

連合軍の指揮官による「ウルトラ」情報への過大な信頼

 

「ウルトラ」情報は第二次世界大戦を通じて信頼性の高さ
が証明された情報であり、連合軍の指揮官たちは「ウルト
ラ」情報をかなり信頼していた。

 

「ウルトラ」情報は彼らの敵であるドイツ軍が何をしようと計
画しているのかを把握する前例のない能力を連合軍の指
揮官たちに与えただけではなく、ドイツ軍の兵站報告書や損
害報告書を通じて、ドイツ軍の現状を見積もることを連合軍
の指揮官たちに可能にさせた。

 

「ウルトラ」情報は第二次世界大戦の初期には新しくかつそ
の信頼性が証明されていない情報であったが、大戦が経過
するにつれて野戦軍指揮官たちの信頼を迅速に獲得してい
った。

 

厳重な管理下に置かれた「ウルトラ」情報

 

当然のことながら、「ウルトラ」情報という貴重な情報資産は、
軍・政府の最高レヴェルで厳重にコントロールされた。

 

「ウルトラ」情報が軍レヴェル以上にのみしか配布されなかっ
た理由は、ドイツが連合軍により暗号通信が傍受・解読されて
いることに気づき、彼らが使用している暗号コードを変更したり、
彼らの通信システムを完全に変えたりすることを連合国指導者
が恐れたことにあった。ドイツが暗号コードや通信システムを
完全に変更してしまったならば、「ウルトラ」情報という連合軍に
とって最も価値のある情報源は完全に干上がってしまうことに
なるが、このような事態は何としても回避しなければならない。

 

驚くべきことであるが、ドイツは戦争中に彼らの通信が傍受・解
読されていることをまったく知らなかった。ドイツ側も少しは疑惑を
抱いたようであるが、ドイツ側は彼らの通信システムが絶対的に
確実なものであり、情報が漏れるとしたらスパイ活動に起因する
と信じていたのであった。

 

「ウルトラ」情報の強みと弱点

 

「ウルトラ」情報は万能ではない。「ウルトラ」情報にも短所と
長所が存在した。「ウルトラ」情報の配布を軍以上のレヴェル
に限定したことはその当時において意味のあることであったし、
あと知恵で考えてみても有意義なことであったと思われる。

 

「ウルトラ」情報が主たる対象者としていたのは作戦的・戦略的
レヴェルの指揮官たちであって、戦術的レヴェルの指揮官たち
を対象者とはしていなかった。「ウルトラ」情報の時間的制約(配
布までに四時間〜数日の時間を要した)を考えると、「ウルトラ」
情報は前線の兵士たちの助けとなるほど十分な信頼性を持た
なかった。「ウルトラ」情報の真の強みは、軍レヴェル以上の指
揮官たちに、将来の敵の作戦や敵軍の現状に関する洞察を
与える点にあった。

 

そして、本連載が以降分析していくように、作戦実施までの数週間
の間の「ウルトラ」情報を分析することが非常に緊要である理由は
この点に存するのである。というのも、作戦実施までの数週間に、
マーケット・ガーデン作戦が計画立案・承認・実行される過程で、
「ウルトラ」情報が高級指揮官たちにどのように利用されたのか?
という点を分析できるからである。

 

ノルマンディーの戦いにおける「ウルトラ」情報

 

「ウルトラ」情報は西ヨーロッパにおけるキャンペーンを通じて
連合軍の指揮官たちにとって信頼できる情報源であり続けた。
たとえば、「ウルトラ」情報は、リュティヒ作戦(ノルマンディーの戦
いの最中に実施されたドイツ軍の反攻作戦で、一九四四年八月
七日〜十三日にかけてノルマンディー地方のモルタン近郊で戦
われた。モルタン反攻ともいう。この反攻作戦にドイツ軍が失敗
したことによりファレーズ・ポケットが形成された)の徴候を報告し
ただけでなく、ファレーズ・ポケット(ファレーズ包囲戦。一九四四
年八月十二日〜二十一日にかけて戦われた戦闘で、連合軍が
決定的勝利を収めた戦い。この戦闘によりドイツ軍は大損害を被
り、連合軍によるパリ解放につながった)後のドイツ軍の損害報
告書や、連合軍の追撃の間、西の壁「ヴェストヴァル」(ジークフ
リート線。ドイツがフランス国境地帯に構築した要塞線)に向けて
退却するドイツ軍高級司令部の混乱状態を正確に報告していた。

 

一九四四年八月二十五日、大パリ都市圏防衛司令官ディートリッ
ヒ・フォン・コルティッツパリが連合軍に降伏し、パリが解放された
。「ウルトラ」情報は、八月後半のドイツ軍防衛体制の崩壊を報告
することで、連合軍の高級指揮官から兵士たちの間に忍び寄る勝
利は間近であるとの勝利幻想を強めることに一役買っていたこと
は間違いない。だが、「ウルトラ」情報そのものはこの勝利幻想に
より汚染されてはいなかった。「ウルトラ」情報は、傍受・解読するこ
とのできたドイツ側通信の内容を正確に報告し続けていたからである。

 

次回からは、マーケット・ガーデン作戦が立案されるまでの経緯に
ついて述べていきたいと思う。

 

 

 

(以下次号)

 

 

 

 

(ちょうなん・まさよし)

 

(平成26年12月25日配信)

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