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軍事情報記事(080421) 自衛隊:「幕僚長=参謀総長・軍令部総長」という誤解

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「幕僚長=参謀総長・軍令部総長」という誤解がありますね。

これは国民の自衛隊理解が浅い典型のひとつです。
(というより、法律で捻じ曲げられた無理な軍隊組織=自衛隊そのものに起因
するとも感じますがね)

幕僚長は「陸海軍大臣+参謀総長・軍令部総長」を兼ねた機能職です。
軍令(部隊を動かす系統)と軍政(部隊を整備する系統)の双方を扱っている
わけです。

統幕長ができてからは、軍令機能のほとんど(たとえば実際の作戦用兵や大規
模な訓練など)が陸海空幕僚長から移っていますが、教育機能は各幕僚監部に
残っています。

たとえば、海自の遠洋練習航海訓練といった教育訓練は、大臣が発する一般命
令とそれを承けた海上幕僚長指示で実施されます。これは明白に実働部隊が動
く内容ですから、軍令事項を含んでいるわけです。

以前もお伝えしましたが、大臣が発する命令には「内局が起案した甲命令」と
「幕が起案した乙命令」があります。上で紹介した遠洋航海の場合、海乙一般
命令と海上幕僚長指示で実施されるわけです。

付記
命令、指令、指示の理解があいまいだと、今回の幕僚長から執行権限を奪うこ
との意味合いはよく理解できないだろうと思います。

二年前にお届けした以下の記事はその理解に資するものです。
よろしければご一読ください。

【参考】(「命令に関するQ&A」 060528配信)

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  平成18年(2006年)5月28日
  軍事情報 号外 (「命令」に関するQ&A)
  http://okigunnji.com/
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 統合幕僚監部が発足してはじめてのイラクへの部隊派遣が行なわれ、先月28
日、額賀長官は10次群に対し、編成命令と交代命令を発出しました。

新しい統幕ができて何か変わったのか、あわせて、これまで疑問に思っていた
「長官は誰に命令を出したのだろう?」ということも知りたいと思い、ヨーソ
ロ様に問い合わせてみましたところ、大変貴重なご高見をいただきました。

以下、ご参考になればさいわいです。

【目次】

◆Q1:額賀長官はこの命令を「誰に」出したのでしょうか?
  ⇒回答
◆Q2:長官命令は関係幕僚長に出されるのですか?
  ⇒回答
◆Q3:「甲命令」と「乙命令」は部隊が受け取る命令の種類で、前者の場合は幕
  長の指令指示が出る。後者の場合はそのまま執行するということでしょう
  か?
  ⇒回答
◆Q4:「長官の命令」と「長官指示」は、長官による「行動命令」と「それ以外
  の命令」を意味するという理解でよろしいでしょうか?
  ⇒回答
◆Q5:それにしても、内局官僚起案の命令で部隊が動くかもしれないというの
  は、なんとも危険な香りがします。(>_<)
  ⇒回答
◆ヨーソロ様よりひとこと


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Q1:額賀長官はこの命令を「誰に」出したのでしょうか?
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A:この編成命令の宛先は東部方面総監ではないでしょうか。
 長官直轄部隊(総理、長官の直近下位の部隊)の長はこの場合、東部方面総
 監です。もちろん、関係する他の多くの部隊指揮官にも宛てられていると思
 われます。

以上、ヨーソロの管見でした。

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Q2:長官命令は関係幕僚長に出されるのですか?
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 

A:統幕長、陸幕長ともスタッフであって指揮官ではありません。
 長官から出される命令を企画・起案する方の側です。
 民間会社の比喩で言えば社長室長か企画室長、江戸幕府で言えば老中です。
 全ての大元の命令は、総理か長官の名前で出ます。(防衛出動は総理名)

 但し、総理・長官から出る命令の最後には必ず、次のような文が付けられて
 います。
 「細部は統合幕僚長から指令(指示)させる。」
 この最後の一文が「葵の印籠」で、この命令が出された後は統幕長が自分の
 名前で「統合幕僚長指令(指示)」を出します。これは全て長官の命令と同
 じ効力があります。
 
 なお、「指令」は行動命令のとき、「指示」はその他の命令のときに使われ
 ます。
 行動及びそれに関連する諸命令については統幕長経由だけですが、その他の
 一般的な業務に関する命令については以前と同様に「細部は陸(海空)幕僚
 長から指示させる」が出されて、「(陸海空)幕僚長指示」で具体的に各部
 隊が動くのであろうと思われます。

 なお、命令には、
 ・長官名が直接に書かれた内局起案の「甲命令」
 ・「長官の命により」+「幕長名」で出される各幕起案の「乙命令」
 がありますが、昨今の政治的な問題を孕む海外派遣等は甲命令が多発されて
 いるのかもしれません。

 また、「長官指示」と「長官の命令」がマスコミでは混乱して用いられてい
 ますので、私の頭も同様に混乱しています。

以上、ヨーソロの管見でした。


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Q3:「甲命令」と「乙命令」は部隊が受け取る命令の種類で、前者の場合は幕
  長の指令指示が出る。後者の場合はそのまま執行するということでしょう
  か?
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A:甲も乙も、部隊運用の細部を幕長指令や幕長指示で行うことは一緒です。
 命令本文は必ず「細部は○○幕僚長から指令(指示)させる。」で終わりま
 す。
 その理由は「長官の命令は幕僚長を通して執行する」ことになっているから
 です。そうでなければ、(いわゆる5W1Hのような)細かいことまで長官
 が直接に各部隊に命じることになりますが、これは部隊運用の素人にはどだ
 い無理な話です。

 甲と乙の違うところは命令の起案部局で、形式的に最後の命令者名の部分が
 違います。
 甲は「防衛庁長官 ○○○○」ですが、
 乙は「防衛庁長官の命により ○○幕僚長 ○将 海山空太郎」となります。

 ちなみに、乙は旧軍由来の書き方です。例えば、大本営海軍部命令(大海令)
 は「奉勅 軍令部総長 永野修身」、「細項ニ関シテハ軍令部総長ヲシテ之
 ヲ指示セシム」で、大元帥陛下の御名が直接に命令書に書かれることはあり
 ませんでした。
 
 蛇足ですが、これを書きながら http://homepage2.nifty.com/nishidah/ml05.htm
 等を久しぶりに見に行きました。終戦直後の命令を読むと、当時こ
 れらを起案した軍令部員の先輩達の胸中が偲ばれ、涙が出ます。
 
 以上、ヨーソロの管見でした。
 

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Q4:「長官の命令」と「長官指示」は、長官による「行動命令」と「それ以外
  の命令」を意味するという理解でよろしいでしょうか?
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A:「長官の命令」は各部隊へ宛てて長官から出される命令そのもので、「長官
 指示」は各幕僚長や内局の事務方へ作業を命じる指示書ですね。

 何故口頭だけでなくてわざわざこんな指示書のような文書が要るのかという
 と、政治的・法律的に問題を含んでいるような計画の立案や準備を担当者レ
 ベルで早手回しに着手すると、後日国会で野党から「制服組がまた勝手なこ
 とをした、シビリアンコントロールの逸脱だ」と追求されるので、政治家で
 ある長官の責任による指示であることを明確にするためです。

 これは例えば、沖縄の本土復帰を目前にして沖縄に自衛隊基幹要員を輸送艦
 で運んだのですが、これを野党が「制服の暴走」と散々に攻撃しました。
 長官も内局も計画段階から了解していたのにとぼけて、制服だけが悪者にな
 りました。
 このような反省から、政治的決定である証拠を一札取るようになったのです。

(「施政権復帰の象徴は国軍の所在を顕示すること」は世界の常識なのに、日
 本の左翼政党は非常識にもそれに反対したのです。
 
 ちなみに、「施政権復帰の象徴は国軍の所在を顕示すること」の実例は、1
 997年7月1日の香港返還の際にも表れました。
 英国側は当日午前0時以前に中国軍が香港に事前進駐することを嫌がり、中
 国側はその時には既にそこに居る体裁にしようと苛烈な事前駆け引きがあり
 ました。これが独立国のプライドというものです。)

以上、ヨーソロの管見でした。

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Q5:それにしても、内局官僚起案の命令で部隊が動くかもしれないというのは、
なんとも危険な香りがします。(>_<)
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A:今度の統幕改組の最大の意義はその一点にあると思います。
 つまり、行動の計画(これは典型的自衛隊用語-正確な軍事用語が使えない
 のでやむを得ず言い換えた表現-で「作戦用兵計画」のこと)に関すること
 は全て背広の内局ではなく制服の統幕が担当する、ことが明確に確定したこ
 とですね。これで坊門清忠の故事(*)の再現されるリスクが多少とも減っ
 たのではないかと、ホッとしています。

以上、ヨーソロの管見でした。

(*)坊門清忠(?~1338)南北朝時代の公家貴族。後醍醐天皇側近。
「建武二年に足利尊氏が反逆したときには新田義貞追討の議に反対し、楠木正
成の提案した尊氏を京都に招き入れ包囲するとの議にも反対し、結局、建武三
・延元元年(1336)五月の湊川の敗戦を招き、後醍醐天皇とともに吉野に
亡命する」(『鎌倉・室町人名事典』槇道雄)


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★ヨーソロ様よりひとこと
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 但し、実行動や演習と訓練などの担当について、統幕と各幕の分担の線引き
 が未だ確定していない部分もあるようです。おいおいに落ち着くでしょうけ
 れど・・・。

 例えば、南極観測支援の「しらせ」派遣は実任務なので統幕長の所掌ですが、
 練習艦隊の外国訪問は訓練航海なので世界一周でも海幕長の所掌となってい
 ます。

 しかし、1974年のキプロス紛争勃発の際、練習艦隊は何と東地中海にい
 たのです。このときは甲板上に大きな日の丸を描いてトルコ、ギリシャ両軍
 から間違われないようにして、しかも両国共寄港したのでした。
 こうなると「海自独自の訓練だから海幕・・・」では済まないケースも将来
 は出てくるかも知れません。

 (ちなみに、このときトルコ軍は55年ぶりの実戦で、味方撃ち(空軍機が
  海軍艦艇を攻撃)や不手際(敵前上陸部隊を送った港は既に最前線が通過
  していた、等々)が続発しました。三自衛隊も既に50年を過ぎたので心
  配です、ホントの話。)(^-^;)ゞ

(ご回答:ヨーソロさま)
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(投稿日:2008年4月24日 00:28
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