世界の軍事情報
2010.6.24 軍用機を心ゆくまで楽しみ、世界の空軍の歴史を学べる映像作品
2009.11. 1 在日米軍基地に関するアンケート
2009.8. 4 中共のインド包囲網と核武装国の漸増 (ヨーソロ)
2009.6.21 軍事情報 (自衛隊ニュース)を愛読のみなさまへ (田母神俊雄)
2008.6.19 天皇を学ぶべきだったネパール(斎藤吉久)
2008.5.23 平和はまだ達成されていない ナウマン大将回顧録
2008.5.19 中華思想を煽った末の「天災は王朝打倒のシグナル」(大礒正美)
2008.4.20 イラク多国籍軍団
2008.4.15 チリ軍の概要
2008.3.30 DSI 日米国防組織情報
2008.3.25 小野寺信陸軍少将
2008.2.25 シナがらみで気になることなど
2007.12.29 Re:お尋ね(首相の北鮮訪問)
2007.12.24 韓国の新大統領
2007.12.18 護衛艦「こんごう」SM-3発射試験の結果について(12/18 防衛省)
2007.12.12 米の国家情報見積(NIE)
2007.12. 5 インド軍事の情報源
2007.11.24 【Q&A】FX選定について
軍用機を心ゆくまで楽しみ、世界の空軍の歴史を学べる映像作品
軍用機大好きというファンの存在には根強いものがありますね。
古今東西問いません。あなたもそうではないですか?
機を秒単位でコントロールする命がけのドッグファイト
最先端の技術を使った新鋭機のシルエットや動きのかっこ良さ・・・
男子の血を沸かせ、
しびれさせる何かが軍用機にはあります。
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在日米軍基地に関するアンケート
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中共のインド包囲網と核武装国の漸増 (ヨーソロ)
宮崎さんの下記記事は非常に気になります。
< http://www.melma.com/backnumber_45206_4561360/ >
とくにパキスタンのグアィダール港はかつて米海軍が租借を希望して断られたイ
ンド洋の要衝で、ペルシャ湾入り口のホルムス海峡にも近く、単にインド包囲の
みならず、オイル・ルートにも湾岸情勢にも睨みを利かせる利点があります。
インド海軍も原潜導入等、着実に対応をしていますが、中共の素早さは目を見張
るものがあります。
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軍事情報 (自衛隊ニュース)を愛読のみなさまへ (田母神俊雄)
軍事情報 (自衛隊ニュース)を愛読のみなさまへ
田母神俊雄前航空幕僚長
平成21年4月7日
国際外交は理想論では話にならない現実を「弾道ミサイル試射失敗」で多くの
国民が実感したのではないでしょうか。この週末に北朝鮮から撃たれた弾道ミ
サイルが飛び越えたわが国の空の下、桜が悲しく散っているように見えたのは
気のせいでしょうか。
>>続きを読む:軍事情報 (自衛隊ニュース)を愛読のみなさまへ (田母神俊雄)
天皇を学ぶべきだったネパール(斎藤吉久)
メールマガジン『斎藤吉久の誤解だらけの天皇・皇室』vol.35(080610配信)
より http://www.melma.com/backnumber_170937_4123872/
□□□□□□□□ 天皇を学ぶべきだったネパール □□□□□□□□
240年に及んだネパールのグルカ王朝が先月末、廃止されました。制憲議会が
王制廃止、共和制樹立を圧倒的多数で決議したと伝えられます。
2001年のビレンドラ国王暗殺事件の血生臭い国王交代劇も異常でしたが、今回
の王制廃止を主導したのが武装闘争を展開してきた共産党毛沢東主義派だとい
うのも異様に映ります。
▽毛沢東主義者の時代錯誤
第一次大戦、第二次大戦を経て、君主制が民主制に取って代わられ、さらに革
命運動を経て社会主義社会が実現される、というような社会発展説が無邪気に
も信じられた時代がありましたが、20世紀には逆に革命国家のソ連が崩壊しま
した。
それどころか、いまロシアで起きているプーチンの強権政治は、まるでツァー
リズムの先祖返りです。プーチン「王制」が支持されているのは、ロシア人自
身が潜在意識の中で「王制」を欲しているからではないか、とさえ私は思います。
マルクスの唯物史観はいまや博物館のかび臭い陳列物だ、と思っていたら、あ
にはからんや、ネパールでは今ごろになって、毛沢東主義者が王制を打倒した
というのですから時代錯誤は否めません。
国王を中心にしてさえ1つにまとまれなかった国民が、みずから国の中心を捨
て、なおかつ、民主主義の経験のないところから、どうやって安定した統一的
社会を築いていくのでしょう。誰の目にも、前途は多難です。
▽王権の制限
ひるがえって、日本の天皇は少なくとも千年以上の歴史があり、1つの王朝が
続いています。何が違うのか。指摘できるのは、まず、王権の制限の有無かと
思います。
哲学者の上山春平先生が指摘しているように、日本は古代律令制の時代、すで
に権力の制限が行われています。天皇がみずから権力を振るったのではなく、
権力は官僚機構の頂点にある太政官に委任されました(『日本文明史』など)。
近代においても、明治元年の五箇条の御誓文は最初に、広ク会議ヲ興シ万機公
論ニ決スヘシ、と議会主義を宣言しています。
さらに上山先生は指摘します。プラトンは君主制と民主制とを兼備していなけ
れば善い国家とはいえない、とし、アリストテレスは多くの国制が混合された
国制ほど優れている、と書いた。つまり、奇しくも日本では、絶対君主制とは
異なる、望ましい混合体制が古来、実現されてきたのでした。
▽卓越した臣下を用いる
王権の制限は、君主個人の統治能力の問題と関わっています。
ネパール王制に見るように、君主の親政は当然、君主の統治能力によって政治
が左右されます。しかし世襲の原理に基づく君主に、何代にもわたって優れた
統治能力を期待できる保証はありません。
日本では例外的に英明な君主が歴代、続いてきたということではありません。
実際、古事記、日本書紀は、統治者の適格性を大いに疑われるような天皇を正
直に記録しています。それでも天皇は天皇であり、皇位は継承され、国の歴史
は続いてきました。
日本の天皇は、みずから統治者として卓越した能力を発揮してこられたのでは
ないからです。優れた能力を持つ臣下を用いたのが日本の天皇です。
▽熱狂が冷めたとき
血統原理によって王統を維持し、国の歴史的連続性を体現し、社会を安定させ、
一方、現実の政治においては、能力ある官僚たちを登用し、善政を行わせる。
じつに優れたシステムです。
アメリカでは民主党の予備選挙がようやく決着しましたが、莫大な時間とお金
をかけ、自分の能力や政策の優越性をこれでもかと主張し、他候補との対立を
あおり、醜いまでの多数派獲得工作を展開し、期限付きの地上の絶対者を選び
出すアメリカの民主主義には、日本の天皇のような謙虚さや清らかさがありま
せん。いったん深まった国民間の溝を修復するにも多大なエネルギーが必要で、
どこまで優れた制度といえるのか、疑問です。
君主制にはそんな無駄は不要ですが、畏敬する市村真一・京大名誉教授が指摘
するように、いったん王制が廃止されれば、ふたたび歴史の振り出しに戻って
正統性を再構築しなければならないのは欠点です(「君主制の擁護」=『教育
の正常化を願って』創文社、昭和60年所収)。そのための労力と時間がどれほ
ど国民の負担となるか、ネパールの人々は王制打倒の熱狂が冷めたとき、噛み
締めることになるでしょう。
ネパールは毛沢東主義ではなく、日本の歴史に学ぶべきだったのです。
□□□□□□□□ ネパール小史 □□□□□□□□
伝説によると、同国が位置するネパール谷(カトマンズ盆地)はかつては湖だ
ったといわれます。それが中国から巡礼にやってきた文珠師利菩薩によって峡
谷が開かれ、湖は大地となりました。菩薩は中国に帰りましたが、残った弟子
のダルマルカルがネパール最初の王となったといわれています。その後、次々
と王朝が起こったといわれますが、存在が確実なのはリッチャビ王朝(4、5世
紀~9世紀後半)からとされます。
1742年、西ネパールにいたプリトビナラヤン・シャーはその昔、イスラム教徒
の侵入によって故国を追われ、ヒマラヤに移ってきたといわれるグルカ勢力の
王となり、さらにネパール谷の諸王国に対して闘いを挑みました。やがてネパ
ール谷を征服した王は1768年、新しい王朝を築きました。これが現在のグルカ
王朝のルーツといいます。
1846年、ちょうど日本では孝明天皇が即位された年に当たりますが、ネパール
では王宮大虐殺事件が起きました。軍務大臣だったジャン・バハドゥールが政
敵を一挙に殺害し、実権を握ったのです。バハドゥールはラナ姓を名乗り、国
王に準じた大王を号しました。ラナ家は世襲の宰相となり、王権は有名無実化
したといわれます。
このラナクラシーに終止符が打たれたのは、百年余りたった第二次大戦後の19
51年でした。インドに亡命していたトリブバン国王が帰国し、ネパール会議派
を中心とした勢力によって王政復古がなり、政党政治が始まりました。同時に
19世紀以来の鎖国も解かれました。
しかし4年後、トリブバン国王が崩御、マヘンドラ皇太子が王位を継承します。
ネパール最初の選挙が実施され、新憲法が公布されたのもつかの間、1960年、
国王は突然、国会を解散し、政党政治を廃止し、国王親政を敷きました。
その理由は政府の無能と腐敗に対する不満で、国民の間に不信が高まったから
だとされています。1962年には新憲法が公布され、独特のパンチャーヤット体
制が確立されました。
そのマヘンドラ国王が亡くなり、即位されたのがビレンドラ前国王でした。
インド・ダージリンのセント・ジョセフ・カレッジやイギリスのイートン校で
近代教育を受け、さらにアメリカのハーバード大学、日本の東大で学ばれまし
た。今上天皇とも親しく、親日家として知られていました。
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メールマガジン『斎藤吉久の誤解だらけの天皇・皇室』vol.35(080610配信)
より。 http://www.melma.com/backnumber_170937_4123872/
平和はまだ達成されていない ナウマン大将回顧録
本著は、わが国では余り知られることのなかったNATO、欧州の軍事そして
戦後ドイツの軍事について、ドイツ軍、NATOという欧州軍事の中枢で責任
ある立場にあった将軍が自ら書かれた、極めて貴重な資料といえます。
冷戦構造の崩壊にあたってドイツおよびドイツ軍はどう対処したのか?
新たな欧州の安保構造構築にあたって、ドイツを含めた欧州は何をしてきたのか?
そして今何をしているのか?
ロシアをNATO,欧州はどう見ているのか?どう扱っているのか?
・・・
その過程で、ドイツ軍トップ、NATO軍事部門トップとして最前線の様子を
見た著者の言葉は、あまりに重く、あまりに具体的です。
■著者・ナウマン将軍の略歴
1939年ミュンヘン生まれ。
1958年入営。砲兵将校に任官。
砲兵部隊火力統制将校、機械化歩兵大隊参謀(人事、作戦)、135機械化砲
兵大隊砲兵中隊長
1970~1972年 イギリスの王立国防大学留学
連邦軍指揮幕僚課程終了
旅団作戦参謀、55機械化砲兵大隊長、30機械化擲弾歩兵旅団長などを歴任。
1983年 イギリス王立国防大学派遣
1986年 准将 国防省計画担当副部長
少将に昇進後、国防省軍事政策部長、連邦軍総監部第三部長を歴任。
一軍団長を経て、1991年10月、ドイツ軍トップの連邦軍総監に着任。
1996年2月、NATO軍事委員会議長に選出。
1999年、任務完遂。退役
■貴重な資料
あとがきで訳者の川村さんが
<歴史上の大きな転換点におけるドイツとヨーロッパの安全保障政策に関する
第一級の資料にほかならない>
と記しておられますが、まさにそのとおりとの思いを持ちます。
大変貴重です。
回顧録であると同時に、冷戦以後、現在から将来にかけての軍事の動向を把握
するうえで必須のガイドブックとも思います。
かかれていることはわが自衛隊にも直結する問題です。
どこか遠いところの話ではありません。
ナウマン将軍はまえがきで
<私は、ただ冷戦の末期と以降過程において十六カ国の旧NATO諸国に所属
する数千人の軍人が果たした貢献を書きとめ、公表することだけを意図してい
た。(中略)対立関係を解消する上で果たした軍人の貢献を紹介することが、
この本を書くことになった動機の一つであり、ドイツにおける安全保障政策に
貢献することがもうひとつの動機である。この本は第一部と第二部から構成さ
れており、この二つの部は、これら二つの動機に対応している。>
と書かれています。
第一部が前者の、第二部が後者の動機にそれぞれ対応しています。
■過去五年間の世界的変化の代表的なもの
ナウマン将軍は過去五年間で世界的に起きた変化の代表として以下の二つを挙
げておられます。
1.中東情勢の変化
1.ロシア情勢の変化
両者はそれぞれ独立しているわけではなく、密接に絡み合っている。
中東情勢は<世界の関心の中心>であり、すべての主要国が21世紀も引き続
き関心を寄せるとし、あわせて、現在が歴史的な転換点にあり、冷戦崩壊後の
世界秩序はまだ存在しておらず、多極化した世界はいまだ存在していない。
9・11により本土を攻撃された米はもはや、世界の模範足りえなくなってお
り、この世界には単独で解決できる問題は存在せず、アメリカは、軍事力によ
る制圧はできるが問題の解決そのものには世界の主要国の協力が不可欠になっ
ている。そのため、唯一の超大国アメリカは問題解決にあたって、他国を共同
の決定に参加させることが前提になってきている。
もうひとつの柱は「ロシア」です。
冷戦崩壊時ナウマン将軍は、隣接する旧東欧諸国との関係構築の基盤を軍を通
じて行いました。東独軍の解体と新生ドイツ連邦軍編成にも責任者としてあた
っています。
ナウマン将軍はその過程で、対外関係構築にあたっては「情報公開に基く信頼
関係」が何より大切だと学びます。それを時系列で紹介しているのが「2.友
好の試練」から「6.軍人とヨーロッパの和解」までの各章です。
チェコ、ハンガリー、ポーランドなど、昨日まで敵だった隣接する諸国家との
交流再開の様子は実に感動的です。
しかし、最後のロシアとの交渉では結局失敗します。
少しダブりますが、「4.ロシア人は来て、そして去った」「5.ポーランド
を得てロシアを失う」「7.同盟は橋を架ける」で、ロシアとの交渉の様子
が細かく記されています。とくに興味深かったのは、大陸国ロシアが海洋同盟
NATOに対して持つ微妙な感情に言及されているところでした。
おそらくこれがロシアを上海協力機構に走らせた根っこなのでしょう。
特に、欧州とロシアの現状と将来を把握する上で「5.ポーランドを得てロシ
アを失う」と「7.同盟は橋を架ける」は必読と思います。
なぜNATOにロシアを参加させねばならないか?
93年秋の「トラーべミュンデ米独国防相非公式会談」の重要性と「PfP」
96年時点でNATOが示した「戦略の3要素」
ロシア問題解決への提言
ロシアが理解すべきこと
ロシアの対外行動とロシア軍に対する評価
等が記されています
あわせて、ナウマン将軍の最後の職となった
NATO軍事委員会議長(NATOCMC)の地位の重さが分かります。
■各章のガイド
第一部(ヨーロッパの和解と軍人の貢献)は
1.かつての敵が友人となる
2.友好関係の試練
3.ドイツの統一ー国家人民軍の解体と吸収
4.ロシア人は来て、そして去ったーソ連軍の撤退
5.ポーランドを得てロシアを失うーNATOとロシア
6.軍人とヨーロッパの和解ードイツの貢献
7.同盟は橋を架けるーNATOの拡大
8.微妙な任務ーイスラエルとの協力
9.防衛任務と国際貢献
10.新しい兵士の役割
から成ります。
第二部(不確実な世界における平和への道)は以下の二章から成ります。
11.移行過程における危機対処
12.平和のための機構
各章の簡単なあらすじです。
■1.かつての敵が友人となる
では、分割された欧州の再統一にあたって軍が果たした貢献を、連邦軍創設時
と比較して総括しています。序章に相当する章です。
■2.友好関係の試練
では、8~90年代のドイツ政府内での戦い、初の海外派遣の回想などNAT
Oという軍事同盟内で不信感をもたれていたドイツの信頼が如何にして回復さ
れたかが述べられています。
■3.ドイツの統一ー国家人民軍の解体と吸収
では、旧東独軍解体と連邦軍への吸収の過程が描かれています。<準備期間が
数週間しかなかった>には驚きました。旧東独軍の大佐の大多数と将官すべて
を退役させています。イデオロギーに支配された軍の異常性をよく理解できま
す。共産国では自分以外の政府機構のことを全く知らない実態などが描かれて
います。
■4.ロシア人は来て、そして去ったーソ連軍の撤退
では、ソ連軍の東独撤退について書かれています。ナウマン将軍が見るところ、
<ソ連軍は東独軍の心を一度も捉えていなかった。>そうです。東独軍はソ連
軍を友軍だとは一度も見ていなかったようです。
あわせてソ連軍について、装備の面では脅威だったが、<「下からの自発性」
を認めない体制を強制されていることを見落としていた。個人の自由がある程
度なければ最新技術は扱えない>という興味深い見方を示しています。
■5.ポーランドを得てロシアを失うーNATOとロシア
では、96~99年のNATOとロシアの関係が記されています。丁度このと
きナウマン将軍はNATO軍事のトップ「NATO軍事委員会議長」の立場で
ロシアと接していました。ロシアが「NATOにおける共同決定権を強硬に主
張」したことがNATOとロシアの交渉を破綻に導いたとしています。
また、NATO東方進出に関するデマ話(90年時点でNATOは東方進出を
考えていた)についても言及があります。
<信頼により尊敬を獲るほうが、恐怖と脅威よりも長期的に見て望ましい>と
するナウマン将軍の姿勢が心に残ります。
この章は極めて重要といえるでしょう。
■6.軍人とヨーロッパの和解ードイツの貢献
では、ナウマン将軍が国防省軍事部政策長、連邦軍総監部第三部長当時の
ドイツ統一前後の出来事が書かれています。
欧州最大の隣国を持つドイツが、冷戦崩壊、ドイツ再統一にあたって、軍人交
流を通じて「今日から敵ではなくなった昨日までの敵」と交流を深めてゆく過
程が記されます。それを支えた軍人の尽力がいかに大きなものであったかがよ
くわかる内容です。あわせて、<下士官が脆弱な共産軍>といった軍事専門性
が高い章でもあります。統一ドイツとドイツ連邦軍は、軍交流を通じて隣国か
ら信頼を勝ち得ました。
■7.同盟は橋を架けるーNATOの拡大
90年代に起こったドイツと欧州を起点とする世界情勢の変化の実際について
書かれています。ここでナウマン将軍は、<90年時点でNATO東方拡大は
誰も考えていなかった>と明言しています。
NATOの再構築がいかに行なわれたのか?
<1.協力に向けてNATOを開放する
1.攻撃に対する共同防衛目的の同盟から、軍事力を含むあらゆる手段を使っ
て危険を同盟地域から努めて遠ざけることを目指すべき同盟への模索>など、
貴重な証言がたくさんあります。今よく使われている「平和のためのパートナ
ーシップ」と「フランスのNATO軍事委員会参加」が生まれるきっかけとな
った93年秋の「トラーベミュンデ米独国防相非公式会談」についても多くの
スペースを割いて記されています。
トラーベミュンデ会談は大変意義の大きいものでしたが、「国防相が外交面の
話を中心にするようになり、軍事政策等の純軍事の本来課題に時間を割けなく
なった結果、米国発のRMAが無視される結果を生んだ」としています。
この章も大変貴重で、必読だと思います。
■8.微妙な任務ーイスラエルとの協力
では、イスラエルとのかかわりが記されています。ユダヤ人虐殺という十字架
を負うドイツにとって厄介な相手のように思いますが、ナウマン将軍はこの章
でこんなことを書いています。<イスラエルはレバノン侵攻により、犠牲者ゆ
えの無実の立場を失い、自らが犯罪者となった。ユダヤ人組織はこのことを理
解しなければならない>
先ほど挙げた「一瞬で変わった武器供給政策」もここに詳細が書かれており、
あわせて「小切手外交には限界がある。効果が一瞬しかない」との指摘もされ
ています。また、海軍による艦艇訪問効果、優れた外交上の成果を指摘してい
ます。
一番目についたのは、「人口動態がイスラエル不利に動いている」との指摘で
す。ずいぶん以前にヨーソロ様からまったく同じことを伺っていたので自慢に
思いました。見識ある軍人の着眼点は同じところにあるようです。
米のユダヤ社会に対する世論工作など興味深いこともかかれています。
■9.防衛任務と国際貢献
では、現在から将来に向けての軍事の本質に関する提言が記されています。
この章も必読です。
「軍備管理概念で大量破壊兵器問題を解決しようとするあらゆる努力は何の効
果も生まなかった」「PKOを行なえる組織はNATOしかない」など、活き
た貴重な指摘が山のようにあります。
なかでも、
「変化する時代の中では、軍人が軍の役割について政治的に話をすることが必要」
という点は重要で、ナウマン将軍はこの言葉を91年11月の「ナウマン・ペ
ーパー」で実践しています。誇り高く次のように書かれています。<ドイツ軍
は90年代初頭に世論と向き合い、軍の方向性を明確に示した>
世論はそれにOKを出し、連邦軍は改革をはじめることができました。
ナウマン大将はこの改革について、ドイツの責任を果たす姿勢を同盟国に示す
ことが明らかにできた点で重要だったと総括されています。
この改革では、指揮系統一元化のため指揮作戦コマンドが創設されました。
その過程で各軍種からの反発があったとも書かれています。NATOの一員と
して即応任務に当たる場合「統合作戦」になるのは必定で、それには指揮の一
元化が必要だったと説明されています。
また、海外派遣問題についてはここで説明されている以下の点を、
国民は知っておくべきと思いました。
1.ソマリアにPKO派遣されたときドイツ軍兵士が現地人を射殺しています。
このときドイツ軍はどう対処したのか?
1.ROEが明確に規定されてはじめて部隊を海外派遣できるということ。
■10.新しい兵士の役割
でナウマン将軍は、戦うことではなく、救い護る役割の方が重要であり、冷戦
以降の軍人は「戦士+α」の存在になってきている、と指摘しています。
あわせて、冷戦後の時代に軍が成果を上げてきたさまざまな任務の中に、「防
衛外交」と英国で名付けられた「明確な役割を持つ兵器輸出・兵器援助・教育
援助」が国防政策の一環として行なわれてきたとしています。
MOOTW(アメリカが提言する「戦争以外の作戦」)に関しても経験に基い
た知見を八点にまとめ示されています。情報の扱いに関する以下の言葉も非常
に含蓄あるものです。<リアルタイムの情報は創造性喪失と責任回避につなが
るので、すべてのレベルで注意すべき>
この章の最後の言葉は、本著すべてを通じて流れるナウマン将軍の警鐘です。
<平和を創造することは政治の使命であり、それによって軍隊にも任務が与え
られる。しかし、その任務はまだ達成されていない>
■11.移行過程における危機対処
「危機対応」という未知の分野への備えが必要ということが書かれてい
ます。国連安保理による委任は疑問の余地のない正当化の根拠となり、「法的
基盤」「内政不干渉規定の免除」をもたらす、としています。しかし国連には限
界があり、将来に向けて、安保理委任のない場合の武力行使の可能性を残し
ておかなければならない、と現実を深く知る方ならではの言葉を記されています。
ひとことでいえば、ナウマン将軍がクラウゼヴィッツ的な立場に立っているこ
とも分かります。
■12.平和のための機構
現時点で欧州、米を含めた全体的、効果的で持続可能な安保機構は未だ
存在していないと説きます。国連の問題点は「ポスト近代、近代、前近代の世
界」が公式に同等の権利を有して隣り合って座っていることにあると指摘して
います。あわせて国連は戦争を正当化できず、正当化を望まないと見ており、
将来も不完全にしか対応できないとの見方です。
だから、安保は任務が世界規模であっても地域的組織によってのみ形成でき、
欧州にはOSCE、EU、NATOがあるが欧州で唯一完全に機能しているの
はNATOのみであるとしています。
欧州にとって米がきわめて重要な存在であることも繰り返し主張しています。
「欧州とカナダは目前の役割を米と共にのみ克服可能で、米なしで克服できな
いこと、グローバル化した危機の時代における安全保障が、米なしで考えられ
ないことを正確に理解している」
「連合国と共に戦争しなければならないのは非常に腹立たしいが、連合国なし
で単独で戦わねばならないよりは何倍もよい」(チャーチル)
これらは、わが国も傾聴すべきことばでしょう。
将軍はあわせて、米の「ワシントンの遺言」「まず米の国益の貫徹を図る」を
十二分に注意しておくべきといいます。また「米に戦闘を負担させる」という
姿勢は、頭越しにロシアと交渉される結果を招くため、欧州は「戦闘の主役と
して前線に出る」ことが必要としています。
最後に将軍は、以下のような指摘をされています。
<不確実な地球規模の危機に無条件で対応できる能力、紛争阻止能力など切迫
した政治的役割を引き受けることのできる手段は存在していない。したがって、
当面の間暫定的な解決策と共に生きねばならない。
同時に、現有の組織を変更し、改善することに努める一方で、これらの組織を
もって実際の危機において作戦を行い、問題の解決を図らねばならない。これ
は決して素晴らしい見通しではない。しかし、依然として実行までに数十年も
必要とする将来像の開発に固執し、この不安定な世界で何も行動しないよりも
ずっとよい。それでも、以下の2つの役割に関する提案には、早急な対応が必
要と思われる。
1.国際連合の対応能力を改善する
2.ヨーロッパにおいてNATO、EU、ロシアとアメリカを結びつけること
によって、これらを統制するための機構を創設する方策を見出す。その機構の
役割は、危機に際して勧告し、関係する諸国と組織に影響力を及ぼす可能性の
ある緊急の危機の克服において、その指揮を担当するにもっとも適した組織を
決定することである>(P279~280)
<現在の危機において行動できるNATOやEUのような組織を、この時代の
環境条件に適応させることを決して忘れてはならない。さらに、その手段、
特に軍隊は政治が設定する任務を遂行できるように構成されていなければなら
ない>(P281)
■ドイツを見習おうという言葉は簡単ですが
ひとつ思うことがあります。
本著の出版にあたって、先の大戦の敗戦国という共通項を持つ「ドイツ」の軍事
政策から、わが国も見習う点があるだろう、との意図があったろうと思います。
しかし、いまだ解決しない憲法問題、武器輸出三原則問題を抱えているため、
「国家」レベルで、わが国軍事はきわめて大きな制約に阻まれています。
世界の主流になっている「連合作戦」に参加できない状況も続いてます。
ドイツは湾岸戦争当時、憲法の制約によりトルコまでしか部隊を出せず、NA
TO内で白い目を向けられ孤立しました。金だけ出して世界からつまはじきに
なったわが国とよく似た状況だったんですね。
しかしドイツはそのことを反省し、NATO域外でも軍が活動できるべく環境
作りをしました。それにあたっては、軍が先頭に立って「新たな時代の軍事」
を国民に説明しています。
また、イスラエルとの交流について書かれた「8.微妙な任務」では、<湾岸戦
争で一夜にして対イスラエル武器供給政策が一変した。(中略)悪名高い教条
主義であった外務省はここで一度だけ柔軟な姿勢を示した>と紹介されています。
国家レベルでこういう見識を示し、胆識をもってそれを実行した各レベルの
指導者の質もわが国とは異なります。
政治をめぐる問題も、外務省との主導権争いなどといった権力闘争も、メディ
アとの対立も、無知な世論に泣かされる経験も・・・、ドイツもわが国も軍事で
抱える問題は同じようなものです。しかし違うのは、世界の一員という意識で
「国家としてやるべきことはやるんだ」という姿勢をドイツは持っていたことです。
軍の役割に対し国家指導部が発揮する洞察力、見識が、わが国とはまったく
違う感を受けます。シュトルテンベルグ国防相のような、政治力と視野の広さ、
決断力、見識、胆識を兼ね備えたシビリアンの存在も大きな違いですね。
ですから、非常に残念ですが、ドイツとわが国は似て非なる存在といって
よいでしょう。鵜呑みにエキスをえられない理由はそこにあります。
あわせていえば、ドイツ連邦軍は創設当時から軍であり自衛隊ではなかったと
いうことです。連邦軍はあくまで軍として存在しており、一度たりとも連邦自
衛隊だったことはありませんでした。
しかし、いたずらに自国を卑下することにはなりません。
少なくともわが自衛隊レベルでは、本著で紹介されている世界の軍事潮流は正
確に把握されており、それに沿った形での変革がすでに進められています。
憲法の制約下で歯軋りしながらではありますが、わが自衛隊は時代の流れを見
失うことなく、国益を図るため、海老のように殻を脱ぎつつ進化している、と
の安心感と信頼感を本著を通じて改めて強く持っています。
政治が本当の意味で目を醒ましたときに必要な手を打てるよう、ギリギリではあ
りますが最低限度の備えをわが自衛隊は整えていることでしょう。
あわせて、欧州では冷戦が終わりましたが、わが周辺ではまだ終わっていません。
わが国は、未だ崩壊しない「冷戦への備え」と、欧州発で中東方面で展開中の
「新たな軍事世界」への対処を同時並行で進めなければなりません。
その任にあたるわが自衛隊から、「軍として動けなくない枠」を取り去らねばな
らない、とあらためて肝に銘じています。
■欧州向けの内容ですが
ナウマン将軍はこの本を欧州人向けに書きました。
しかし読んでみると、結構通じるものがあります。
なぜでしょう?
<国家は、近代化されればされるほどより脆弱になる>
<いまや、民主主義世界は、東西対立から生まれた秩序体制がむしろ歴史上の
例外であったと気が付き始めている>
<国家社会は、無秩序を克服すると同時に、安全を回復するために新たな秩序
を見出すという試練に直面している>
<中東はもっとも危険な世界の紛争地域である>
といった言葉を見てもお分かりのとおり、今の危機は、過去のそれとは違い、
世界各国が一緒に対処する必要がある「グローバル」な存在であるという点
でしょう。
グローバル化した世界は便利極まりない生活をもたらした一方で、危機をも
グローバル化し、国境を越えた存在にしてしまいました。
あわせて唯一の超大国アメリカは、9・11テロで本土を攻撃され、それまで
の威信を失い単独でグローバルな危機に対処することが不可能になっています。
危機のグローバル化に早い段階で気付いたNATOは、90年代から備えてきま
した。CJTFなど、新しい概念の部隊が現在世界各地で展開できているのはそ
のためです。しかし未だその取り組みの途上です。
この取り組みを一般人が知ることはこれまでほとんどありませんでした。
唯一の例外は佐瀬昌盛さんの著作ですが、佐瀬さんの書籍と論文のみでは
落ち着きどころが見当たらず、困っていた人も多いと推察します。
冷戦後の欧州軍事を語るうえで最適任のナウマン将軍を通じて、このこと
を学べることを喜びに思います。
最適の参考書をえて、佐瀬さんの著作の功績も改めて認められることでしょう。
正直言って訳文が読みにくく、連邦軍総監が大将?といった枝葉末節での不満
は残りますが、それを忘れさせる質の高さを賞賛するばかりです。
商売的にはかなり厳しいのではと愚考しますが、
よくぞ世に送り出してくれたものです。
今現在の軍事最前線を把握するうえで、最適かつ必読の書といえるでしょう。
心より、すべての方にオススメします。
今回ご紹介した本は
『平和はまだ達成されていない ナウマン大将回顧録』
クラウス・ナウマン
日本クラウゼヴィッツ学会訳
芙蓉書房出版
2008/4/22発行
でした。
(エンリケ航海王子)
追伸
米を中心に大西洋のNATO、太平洋の日米アンザス同盟、北米のNORAD
でグローバル危機に対処する。本著を通じて、せめてこういう気概を持つ国民
になりたいものです。あわせて、わが周辺に冷戦が残っている現実を、視野か
ら落とさないでください。
今回ご紹介した本は
『平和はまだ達成されていない ナウマン大将回顧録』
クラウス・ナウマン
日本クラウゼヴィッツ学会訳
芙蓉書房出版
2008/4/22発行
でした。
もくじ
日本語版への序文 クラウス・ナウマン
序文
第1部 ヨーロッパの和解と軍人の貢献
1.かつての敵が友人となる
2.友好関係の試練
3.ドイツの統一ー国家人民軍の解体と吸収
4.ロシア人は来て、そして去ったーソ連軍の撤退
5.ポーランドを得てロシアを失うーNATOとロシア
6.軍人とヨーロッパの和解ードイツの貢献
7.同盟は橋を架けるーNATOの拡大
8.微妙な任務ーイスラエルとの協力
9.防衛任務と国際貢献
10.新しい兵士の役割
第2部 不確実な世界における平和への道
11.移行過程における危機対処
12.平和のための機構
【解説】
ドイツ連邦軍と安全保障政策 -冷戦期と冷戦終焉後の変化-
小川健一
訳者あとがき 川村康之
今回ご紹介した本は
『平和はまだ達成されていない ナウマン大将回顧録』
クラウス・ナウマン
日本クラウゼヴィッツ学会訳
芙蓉書房出版
2008/4/22発行
でした。
中華思想を煽った末の「天災は王朝打倒のシグナル」(大礒正美)
━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★
軍事情報 (中華思想を煽った末の「天災は王朝打倒のシグナル」)
11,466部
平成20年(2008年) 5月19日
┏【目次】─────────────────────────────☆
┃ ☆ 中華思想を煽った末の「天災は王朝打倒のシグナル」(大礒正美)
┃ ☆ 広告に関するご案内
┃ ☆発行:おきらく軍事研究会
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
シナで発生した地震が中共と世界政治に与える影響について、国際政治学者の
大礒正美さん(前静岡県立大学教授、シンクタンク大礒事務所代表)は、以下
の見解を示されています。実に示唆に富む内容です。ご一読ください。
(エンリケ航海王子)
----------------------------------------------------------------------☆
◎◎ 中華思想を煽った末の「天災は王朝打倒のシグナル」(大礒正美) ◎◎
----------------------------------------------------------------------☆
平成20年5月18日
中華思想を煽った末の「天災は王朝打倒のシグナル」
胡錦濤国家主席を始め、中国共産党政権の幹部たちの頭には、「易姓革命」
という四字熟語が寝ても覚めてもちらついていることだろう。
四川(しせん)大地震の犠牲者は5万人を軽く超えると見られ、最終的にどの
くらい増えるのか想像もできない現状だ。被災者総数は1千万人、被災面積は
北海道の広さを遥かに凌駕するという報道もある。
そうした犠牲者、被災者には深い同情の念を禁じ得ないが、同時にこの天災
が中国と世界の政治状況にどのような影響を及ぼすことになるかを、今のうち
から考えておく必要があるだろう。
中華の歴史上、為政者の交代は「天の声」によるものとして正当化されるの
が常識だ。これは儒教だけにとどまらず、歴史的中華の政治思想の中核を占め
る理論として確立している。
天が為政者を見放し政権交代を促すという思想、すなわち「天命が革(あらた)
まる」というのは、客観的に見れば、武力で政権を簒奪(さんだつ)した新皇帝
が自らの正当性を後付けする理屈だ。
しかし、そうであっても、実際に「革命」の後付け理由として、大規模な天
災がうってつけであることは論を待たない。農耕文化圏では特にそうである。
大陸中国で珍しくない大洪水や干ばつ、大飢饉、大地震などは、すべて天の
命が革まったシグナルと解釈される。民が苦しみ、怨嗟(えんさ)の声が地に満
ちる。天の声は民の声に他ならない。そう考えれば、けっこう理にかなってい
ると言えよう。
我が国でも、この思想はたとえば江戸時代の「大塩の乱」に明瞭に現れてい
る。儒学者で陽明学に傾倒した大塩平八郎は、天明・天保の大飢饉(1830年代)
を幕府への反乱の理由に挙げている。
今度の四川大地震が中国共産党に与えた衝撃の度合いは、1976年の唐山(とう
ざん)大地震と比べてみれば一層よく分かるだろう。
唐山大地震は犠牲者24万人と記録されており、四川大地震より犠牲者が一
桁多いようだ。しかし、客観情勢の違いは極めて大きい。
1976年というのは冷戦の真っ只中で、その5年前から共産中国は米ソ英仏と
並ぶ国連安保理常任理事国の仲間に加えられていた。中国共産党はソ連共産党
よりもマルクス・レーニン主義の正統は我にありと主張していた。歴史的な中
華思想は、あらゆるレベルの宗教と共に共産主義の敵として抹殺されたままだ
った。
したがって唐山大地震は、少なくとも百数十年間の記憶にある最大最悪の天
災だったにもかかわらず、「天命が革まった」というようには受け取られなか
った。一般人民はそういう歴史教育を受けていなかったので、天の命という概
念すら頭に浮かばなかったのではないだろうか。
それだけでなく、インターネットはまだ存在せず、テレビ・ラジオなどの情
報通信手段は共産党によって完全に統制されていた。そのため、唐山大地震の
被害状況は国民にほとんど隠されていたのである。世界に対してだけでなく、
人民に対しても同じように情報隠匿が当たり前だった。
これらの客観情勢は、十数年後に一変した。80年代末の冷戦構造崩壊、天
安門事件(89年)、ソ連の消滅(91年)などに直面し、中国共産党は共産主義
を堅持しながら中華思想に活路を求めるに至った。江沢民国家主席が推進した
「中華民族」意識への切り替えである。
それが大成功したことは、五輪聖火リレーが世界に証明してみせたばかりだ。
オリンピックそのものやトーチリレーをあたかも中国の所有物のごとくに受け
取り、他国で傍若無人に沿道を真っ赤な巨大国旗で埋め尽くすという映像を見
て、中華思想ここに極まれりと感じた日本人も多かったであろう。
そこまで中華思想を煽りまくったピークで、唐山大地震に並ぶほどの大地震
が襲った。なんという天の配剤だろうか。
こんな時、為政者の側、王朝の側ではどんな対応をとるのだろうか。
天災に見舞われた為政者としては、なんとか易姓革命を予防、阻止したいと
考える。そして多くの場合、元号を替えることになる。為政者の反省の意を天
に届けようという試みだ。
日本でも、明治までは改元が頻繁に行われた。今ではその意味がよく分から
なくなっているが、天災に対応する常識的な反応だったと思えば不思議はない。
厄払いと同じようなものだったのだろう。
清朝滅亡後の大陸では孫文などが元号を維持しようとしたが、共産党政権は
元号を捨ててしまった。現在ではおそらく北京オリンピックと再来年の上海万
博が、それに代わる役割を期待されるのであろうと推測できる。
しかし、その二つの中華意識高揚イベントが終了したあと、共産党王朝に対
する支持はどれだけ持続するだろうか。インターネット時代に情報統制は日に
日に難しくなる。チベット問題であえて世界を敵に回し、それを最大限に国内
の求心力に利用しようとした共産党独裁体制は、明らかに天に向かって唾(つば)
していたのである。(08/05/18)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5562/column/latest.html
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イラク多国籍軍団
イラク多国籍軍団
1.任務
イラク多国籍軍団(MNC-I)はイラク多国籍軍(MNF-I)隷下で、イラク全土にお
ける作戦の指揮統制に責任を持つ戦術単位である。
イラク全土を六つの主責任地域に分け、二十六カ国が拠出する部隊で編成され
ている。司令部はバグダッドにある米陸軍ビクトリー駐屯地に置かれている。
2.イラク多国籍軍団の統率
軍団長の下、副軍団長が三名いる。
■軍団長(兼ねる十八空挺軍団長、ブラッグ駐屯地司令)
Lloyd J Austin中将(米陸軍)
<略歴>
一九八九年、八十二空挺師団五〇五パラシュート歩兵連隊三大隊長としてパナ
マ侵攻作戦に参加。
二〇〇一年から二〇〇三年にかけて三機械化歩兵師団副師団長(機動作戦担当)
としてイラクの自由作戦に参加。
二〇〇三年から二〇〇五年にかけて、一〇軽山岳師団長、一八〇統連合任務部
隊(*)指揮官として不朽の自由作戦(アフガン)に参加。
二〇〇五年九月から二〇〇六年一〇月にかけて米中央集団参謀長。
二〇〇六年十二月以降、十八空挺軍団長(在 ブラッグ駐屯地)。
(*)一八〇統連合任務部隊
二〇〇二年にOEF前方司令部としてアフガンで編成。(指揮官は中将)
二〇〇四年半ばに十山岳師団から二十五軽歩兵師団に指揮転移し、部隊名称が
七十六統連合任務部隊に変わった。アフガン民主化発展の環境作りと、テロ組
織に対抗するための全分野にわたる作戦を指揮する。
一個統合部隊で編成され、米中央集団司令官、国防長官に対しアフガン全土に
おけるすべての軍事作戦の責任を負っている。
その後部隊名は八十二統連合任務部隊(82CJTF 八十二空挺師団)に変わり、
現在は一〇一統連合任務部隊(101CJTF 一〇一空挺師団)となっている。
二〇〇四年四月の段階で統合指揮所には、空軍、海軍、海兵隊、有志連合諸国、
など多数の人員が所在し、二十五軽歩兵師団長のオルソン中将は四月十五日に
暫定的な指揮転移を承けた。当時の部隊は十八カ国あわせて一万三千人の規模
であった。バグラム空軍基地で、種々多様な任務ごとに部隊単位が作成され編
成されたが、それにあたって一〇山岳師団長のオースチン少将と残留部隊が多
大な貢献をしたとされる。一〇山岳師団の公式展開期間は九ヶ月であったが、
その後十一ヶ月現地に止まった。
二〇〇五年一月十日から十七日にかけて、ドイツで演習が行われた(Exercise
Unified Endeavor)が、これは南欧任務部隊(SETAF)を七十六統連合任務部
隊に改編し、アフガンで展開させるための準備が目的であった。
なお、一八〇統連合任務部隊の前身は一八〇統合任務部隊で、十八空挺軍団、
二海兵遠征軍、大西洋艦隊、航空戦術集団が中核であった。この部隊は一九九
四年のハイチ侵攻時に編成されたもので、現地では多国籍軍を引っ張った。
その後国連ハイチ作戦の第一陣として現地で活躍した。
■副軍団長
George J. Flynn少将(米海兵隊)
二〇〇八年二月十四日着任
<略歴>
一九九八年~九九年 海兵隊司令部戦略構想グループ長
二〇〇一年~二〇〇二年 海兵隊司令官軍事秘書官
二〇〇二年~二〇〇四年 教育訓練集団副司令官
二〇〇四年~二〇〇六年 特殊作戦集団参謀長兼指揮支援センター長
■副軍団長(作戦担当)
Michael Ferriter准将(米陸軍)
二〇〇八年二月十四日着任
<略歴>
八十二空挺師団、七十五レインジャー連隊で指揮官を経験している。主なもの
は以下のとおり。五〇四パラシュート歩兵連隊二大隊長、三レインジャー大隊
長、十一歩兵連隊長、八十二空挺師団副師団長。機械化歩兵、軽歩兵、空挺歩
兵、レインジャー部隊での指揮経験がある。ソマリアでの実戦経験もある。
前職は米統合部隊集団(USJFCOM)作戦部副部長として部隊再編最高司令部・統
合部隊集団司令官の高級補佐官を勤め、同司令官の緊要な補佐官としてすべて
の軍事作戦と全兵力の運用・展開に関する助言を行なった。統合部隊の作戦、
後方、展開教義、教育訓練等、統合部隊に関するすべての任務を管轄する。
■副軍団長(兼ねる十八空挺軍団副司令官、ブラッグ駐屯地副司令。連合担当)
Nicolas E. Matern准将(カナダ軍陸上部隊)
二〇〇四年二月十四日着任
<略歴>
カナダ軍人。英陸軍大学卒業。
ボスニア、アフガンで展開経験あり。
カナダ軍特殊作戦集団副司令官。カナダ軍で初めて十八空挺軍団とともに展開
した師団長でもある。
■編成
1.西部方面多国籍軍(Multi-National Force - West)
http://www.imef-fwd.usmc.mil/imef/imef-public.nsf/sites/imeffwd?OpenDocumen
⇒ラマディ、ファルージャを含むイラク西部が責任地域。米海兵遠征軍が指揮
をとっている。
2.バグダッド多国籍師団(Multi-National Division - Baghdad)
⇒「バグダッド任務部隊」の名で知られる部隊。バグダッド市を責任地域とする。
3.中南部方面多国籍師団(Multi-National Division - Central South)
http://www.piomndcs.mil.pl/
⇒カルバラ、クート、ヒーラーを含むイラク中南部を責任地域とする。師団規
模で、指揮はポーランド軍が執っている。
4.北部方面多国籍師団(Multi-National Division - North)
⇒「バンド・オブ・ブラザーズ任務部隊」の名で知られる任務部隊。バラド、
キルクーク、ティクリット、モスル、サマラを含むイラク北部を責任地域とする。
5.南東方面多国籍師団(Multi-National Division - South East)
http://www.mod.uk/DefenceInternet/DefenceNews/InDepth/UkMilitaryOperationsInIraq.htm
⇒バスラ、ナシリア、サマーワ、アマラを含むイラク南東部を責任地域とする。
師団規模で、英軍が指揮を執っている。
6.兵站支援区画 アナコンダ
(Logistical Support Area Anaconda[LSA Anaconda])
https://www.1cc.balad.iraq.centcom.mil/
⇒兵站支援区画アナコンダは、戦域に兵站支援を提供することを任務とする。
参考
イラク多国籍軍
http://www.mnf-iraq.com/
イラク多国籍軍団
http://www.mnci.centcom.mil/
http://www.globalsecurity.org/military/agency/dod/jtf-180.htm
http://okigunnji.com/004/82cjtf82.html
チリ軍の概要
チリ軍は国家元首たる大統領に隷属し、命令は国防相を通じて下令されます。
大統領は国軍最高指揮官です。
●陸軍
司令官はOscar Izurieta Ferrer陸軍大将。兵力45000人。
司令部(サンチアゴ)の元、七個師団、一個航空旅団(ランカグア)、特殊戦
コマンド(コリーナ)で編成されています。ラテンアメリカで最も近代化され
た軍のひとつです。
●海軍
司令官は Rodolfo Codina海軍大将。兵力23000名(海兵隊2500名含む)
「チリ艦隊」(航空部隊・海兵隊を含めて編成)と海洋権益・商船統制保護部
隊からなる。二十九隻の水上艦(戦闘艦はフリゲート八隻)、四隻の潜水艦、
空輸警戒任務に当たる航空機を保有している。戦闘機や爆撃機は保有していない。
水上艦基地はバルパライソにあり、潜水艦基地はタルカフノにある。
●空軍(FACH)
司令官はRicardo Ortega Perrier空軍大将。兵力12500名。
五個航空旅団(司令部 イキケ、アントファガスタ、サンチアゴ、プエルトモ
ン、プンタアレナス)で編成されている。南極圏のキングジョージ島でも展開
している。
F-16S十機の米からの調達を完了した(2007/3)。同年、F-16Sブロ
ック15を数機オランダから調達し同国からの調達はこれで十八機になってい
る。
●国家警察
1973年の軍事クーデター以降、チリ国家警察は国防省隷下になった。民主化後
警察は内務省管轄下に入ったが、以前と同じく国防省隷下で活動している。
司令官はJose Bernales陸軍大将で、兵力30000名。法の執行、交通整理、麻薬
制圧、国境地帯の統制、対テロ任務等に当たる。
●その他
兵役は十八歳から四十五歳までの男女志願制だが、国家には徴兵権が授与され
ている。任期は陸軍12ヶ月、海軍と空軍は22ヶ月である。
兵役対象となう年齢層の人数は男性312万3281名、女性312万8277名である。
ちなみに二〇〇五年時点で兵役対象の十八歳になった人の数は、男性14万84名、
女性13万4518名である。
GDPに占める軍事費の割合は2.7%となっている。(2006年)
http://www.chileusafta.com/
http://tinyurl.com/43hvqf
http://www.state.gov/r/pa/ei/bgn/1981.htm
DSI 日米国防組織情報
DSI 日米国防組織情報
自衛隊、米軍の現在の人事を網羅しているサイトです。軍事情報もいつもお世話になっています。
特に、米軍の組織名を確認するとき役立つサイトです。
>>続きを読む:DSI 日米国防組織情報
シナがらみで気になることなど
(080225配信 メールマガジン「軍事情報」第332号(最新軍事情報)より)
そういえば、昨年十一月にシナ海軍艦隊がわが国を訪問したおり、
わがイージス艦「きりしま」の視察を予定していたものの、米の反対でドタキ
ャンになったことがありましたね。
>>続きを読む:シナがらみで気になることなど
Re:お尋ね(首相の北鮮訪問)
━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★
軍事情報 (Re:お尋ね(首相の北鮮訪問)) 10,683部
平成19年(2007年)12月29日
┏【目次】─────────────────────────────☆
┃ ☆【Re:お尋ね(首相の北鮮訪問)】
┃ ☆発行:おきらく軍事研究会
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆
>>続きを読む:Re:お尋ね(首相の北鮮訪問)
護衛艦「こんごう」SM-3発射試験の結果について(12/18 防衛省)
弾道ミサイル防衛(BMD)機能を付加するための改修が進められてきた
イージス護衛艦「こんごう」は、
米の国家情報見積(NIE)
三日に公表された国家情報見積(*)が、イランの核兵器開発は二〇〇三年の秋時点で中断されていると分析していることで大きな波紋を呼んでいますが、六日のニューヨークタイムズが、次のようなリーク情報を流しています。
>>続きを読む:米の国家情報見積(NIE)
インド軍事の情報源
日本では、貧困とカレーの国程度に認識されているインドですが、南アジアの超大国で、環インド洋諸国(含むGCC諸国)への影響力は強いものがありますね。
Dawn紙 http://www.dawn.com/ は、確かパキスタンの新聞だと記憶していますが、同国で最も信頼されている新聞です。
日本のメディアでもよく引用されています。更新がやや遅いのが難点ですが・・
インド関係報道では、 http://www.samachar.com が、主要新聞の見出しを確認できて便利です。
また最近、オンライン書店 https://www.kkagencies.com/home.htm を発見。
アマゾンなどでは「決して」検索できない資料ばかりです。
数は少ないものの、安全保障関連出版物では http://www.bharat-rakshak.com/BOOKS/ も重宝します。
オンライン購入の信頼度は、いずれも全く問題ありません。
ご参考になれば幸いです。
なお、インド軍事関係で著名なbharat-rakshakの掲示板のURLが変更になり、
http://www.bharat-rakshak.com/phpBB2/index.php?sid=bacd605d9f198beabeba0d37dafb27bf
となりました。
便利至極としか言えません。南アジア情勢認識(少なくとも安保関連)にはmustと思います
(製パン居士さま)



