「何か」を持っていた指導者
幕末、長州と薩摩は自ら進んで無謀ともいえる戦争をはじめ、大変痛い目に
遭いました。(薩英戦争、関門海峡通峡中の英仏等連合艦隊への砲撃⇒連合艦
隊の長州上陸、一時占領)
しかしこの敗北は関係者の目を醒ます結果を生み、維新の原動力になったとい
えましょう。
西郷や大久保、木戸や高杉といった当時の指導者は、「痛い目に遭わないと
分からない」「痛い目に遭うと目が醒めたように力を発揮する」国民性をよく
把握しており、それを最大限引き出し、最悪の事態にならない段階で幕引き
できるだけの「何か」を持っていたように思います。
その段でいえば、結果は異なれど大東亜戦争も同じことだったのかもしれま
せん。違うのは「何か」を持つ指導者がいなかったことでしょう。
何事もそうですが、本質を見極める「「批判精神」なき猿真似は危険です。
(エンリケ航海王子)
【080421配信 メールマガジン「軍事情報」 第340号 より】
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(投稿日:2008年4月22日 19:58)
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