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創刊2000年10月のメールマガジン「軍事情報」です。

From:長南政義
件名:ウィロビーの反共主義的政治観
2012年(平成24年)9月13日(木)

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軍事情報特別連載 戦史に見るインテリジョンスの失敗と成功
 朝鮮戦争における「情報の失敗」 ~1950年11月、国連軍の敗北~(28)

1950年11月に起きた「中国人民義勇軍の参戦に伴う国連軍の敗北」を
素材として、朝鮮戦争における「情報の失敗」を検討します。情報を
提供「された」側(高級指揮官や作戦立案者)だけでなく、情報を
提供「する」側にも、失敗への責任はあるのです。
————————-

□前回までのあらすじ

ウィロビーは自身が男爵の息子であり、ドイツ貴族社会の周縁部に
位置すると認識していたこともあって、ウィロビーは極めてエリート
主義的な人物であった。

これまで何度も指摘したように、戦間期にウィロビーが見聞した知見が、
ウィロビーに権威主義的リーダーシップを高く評価させることとなった。
たとえば、駐在武官として中米各国に派遣されたウィロビーが現地で
目にしたベネズエラのゴメス政権に代表される権威主義体制や、
ウィロビーが指揮幕僚大学教官時代に研究したスペインのフランコ
総統の手法は、強権的な指導者の能力の高さをウィロビーに強く
印象付けた。そして、ウィロビーのエリート主義的メンタリティー
や極右・権威主義体制の効率性を信奉する彼の思想は、マッカーサー
崇拝を呼び込んだだけではなく、彼の反共主義的政治観の基盤をも
提供し、マッカーサーと彼の失脚を招くことにもつながった。

今回から、ウィロビーの反共主義的政治観が朝鮮戦争における
ウィロビーの情報分析にいかなる悪影響を与えたのかについて
みていきたい。

▼1950年11月の国連軍敗走を招いたウィロビーの極右・反共主義政治観

ウィロビーの親右翼的政治観や、ウィロビーが折にふれて発した
フランコ総統などのファシスト指導者たちを賛美する見解は、
ウィロビーの熱狂的な反共産主義思想の基礎を形成していた。

ウィロビーは、わずかでも共産主義に関係した人物に対し激しい偏見
の念を持つような人物であった。そして、ウィロビーの共産主義に
対する憎悪にも近い偏見が、朝鮮戦争で彼とマッカーサーが躓く遠因
ともなった。というのも、1950年11月に実施されたマッカーサー
の鴨緑江を最終目標とする攻勢作戦に対しウィロビーがしつこく
こだわりをみせた背景にはウィロビーが持っていた偏見があり、
ウィロビーは朝鮮半島において共産主義者に対し「完全な」勝利を
おさめなければ、民主主義国家は共産主義国家からのさらなる侵略に
曝されることになると恐れていたからである。

▼日中戦争は、資本主義国日本と共産主義国との戦争である

ウィロビーの熱烈な反共産主義的政治観は、彼のキャリアを通じて
何度も表に現れている。

ウィロビーが陸軍中佐であった1939年に刊行された彼の著書
『戦争における機動』(Maneuver in War)には、共産主義体制に
対して彼が偏見を持っていたことを証明する章が複数存在する。

たとえば、ウィロビーは『戦争における機動』の序章で日中戦争に
言及し、以下のように述べている。

日中戦争は、日本がソヴィエトや中国の影響力という形で共産主義
の拡大に危険な形でさらされた「帝国の戦争」である。この戦争で
「日本は資本主義的金融経済の王者の役割を引き受けている。感傷的
な世界は、最後には旭日か赤い鎌のどちらかを選択しなければなら
ないことになるであろう」

すなわち、ウィロビーは日中戦争が資本主義勢力の代表日本と
共産主義勢力との戦争であり、世界は資本主義の日本に味方するか
共産主義国の中国を味方するかどちらかでしかないと述べているの
である。著書の中で明記されているわけではないが、反共産主義者
のウィロビーはこの二者択一の内、日本を選べとする意図があった
ことに疑いの余地はないであろう。ウィロビーがこの本を刊行して
から2年後、ウィロビーはフィリピンで日本軍と戦いオーストラリア
に敗走することとなるが、それを考えると皮肉な主張であるといえよう。

▼陸軍退役後も続く熱心な反共産主義的な諸活動

1945年の日本降伏の後、ウィロビーは連合国と共産主義者との
提携だけではなく、第二次世界大戦中の日本において共産主義者が
いかに日本に協力していたのかという問題を追及しはじめる。

ウィロビーの著書『上海の陰謀』(Shanghai Conspiracy)を読むと、
ドイツ大使館の中枢部にまで入り込むことに成功したソ連のスパイ、
リヒャルト・ゾルゲが、真珠湾攻撃の直前にソ連に多くの情報を
もたらしていたことを指摘している個所が存在する。

陸軍を退役して米国へ戻った1951年、ウィロビーは議会の証言台
に立ち、ゾルゲの共産主義スパイ組織の中にアメリカ人が接触した
形跡がみられると証言している。ウィロビーは陸軍退役後も、
反共団体を支援したり、反共産主義的論調の記事を執筆したりする
ことによって、反共産主義的活動を継続したのである。

▼北京の背後にはクレムリンという傀儡子がいる

ウィロビーは第二次世界大戦が勃発する以前から中国の国益と高まり
つつある共産主義の脅威とを同一視していた。このことを証明する
かのように、ウィロビーは1935年に以下のように書いている。

「孫文の出現は、中国にイデオロギー的なルネサンスを引き起こし、
国家統一の可能性をもたらすものであった。しかし、このイデオロギー
の中には、共産主義の危険が潜んでおり、ソ連の影響力が着実に
及んでいた」

この引用の中で、ウィロビーは中国のナショナリズムが行き着いた先
をソ連の影響を受けたソ連型共産主義ととらえている。
また、より重要な点として、ウィロビーは共産主義陣営が一枚岩の
団結を有しているとの誤ったイメージを抱いていた。

ウィロビーの反共産主義的思想は、韓国に対する中国の脅威の性質に
関するウィロビーの説明の中にも表れている。ウィロビーは自身の
共産主義陣営を一枚岩とする見解を以下のように表現している。

「当然のことながら、共産中国の背後には、いまだに太平洋の不凍港
を求めて進撃するチャンスを窺っているクレムリンが存在する」

このウィロビーの見解もミラー・イメージングの典型例であると
いえる。というのも、ウィロビーは、中国共産党の目的がソ連の国家
目的とは正反対であるにもかかわらず、巨大なソ連の脅威に関する
自身の認識に基づいて中国の脅威を定義しようとしているからである。

ウィロビーは上記のように分析することで、ソ連が毛沢東の戦略的
意図を後押ししているとする西側陣営首脳の誤った情勢認識を助長
してしまったのである。そして、共産主義陣営を一枚岩としてみる
ウィロビーの見解は、彼の反共産主義的偏見と相まってウィロビーを
ミラー・イメージングの罠にはめる原因の一つともなった。

現実には、毛沢東が考える中国の国益はモスクワの戦略目的と異なって
いたのであるが、ウィロビーはこの点を最後まで認識することは
なかったのであった。そして、ウィロビーのミラー・イメージングが
1950年11月の国連軍の敗北の原因の一つになったことは
これまでの連載で何度も指摘したとおりである。

▼中国はソ連の操り人形と考えていたのはウィロビーだけだったのか?

ところで、先行研究の多くが、1950年11月の朝鮮戦争における
国連軍の敗北の責任をマッカーサーとウィロビーにのみ帰している。
ウィロビーが共産主義陣営は一枚岩であり中国はソ連の承諾がない
限り何もできないと考えていた徴候が存在するのは確かであるが、
事はそう単純なものではない。それというのも、ソ連を米国の国益に
対する第一の脅威であると見なしていたのは、ウィロビー1人では
ないからだ。この点に関して、歴史家のH.A.デヴェールトは
次のように書いている。

「ルイス・A・ジョンソン国防長官は、1950年6月の時点で
ソ連との戦争に巻き込まれるリスクを中国との戦争に巻き込まれる
可能性よりもより深刻に考えるような意見を持っていた」

ジョンソン国防長官と同じ見解を抱いていた人物は他にも存在する。
ディーン・ラスク国務長官は、1951年に米国議会で開かれた
いわゆるマッカーサー公聴会において次のように証言している。

「もし、ソ連が世界戦争を引き起こそうと決断しない限りは、
朝鮮半島への中国の介入は起こりえないと、強く感じていた」

アチソンの証言は、朝鮮半島における戦争の性格に関する議論に
おいて、ワシントンでもソ連の意図が中国の意図よりも重要視されて
いたことを証明している。

また、朝鮮戦争が勃発した時、統合参謀本部は、朝鮮戦争に対する
ソ連の支援が持つ世界的意味に関心を持っていた。この点に関し、
公刊戦史編纂官ジェームズ・シュナーベルは、1950年7月13日
の報告書を引用して次のように指摘している。

「ロシアが共産主義者による世界支配計画の全く新たな段階に
乗り出したことは、韓国の情勢から今や明白となった」

そして、統合参謀本部は、この共産主義者による世界支配計画の
新たな段階が、ソ連の従属国が周辺国に彼らの意思を軍事的に
押し付ける性格を持つものであると考えていたのである。

以上みてきたように、従来の先行研究の多くに見られた見解、
すなわち、ウィロビーによるミラー・イメージングの失敗から、
1950年11月の情勢分析の失敗をウィロビー1人にのみ帰する
見解は、必ずしも正鵠を射たものとはいえない。ウィロビーが
ミラー・イメージの罠にはまり誤った情勢分析をしたのは確かな
ことであるが、その情勢分析を受容しやすい素地が1950年
6月~7月にかけて、国務省や統合参謀本部といった政策決定中枢
に存在したこともまた確かなのである。

(以下次号)

(長南政義)

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●著者略歴

長南政義(ちょうなん まさよし)

戦史研究家。國學院大學法学研究科博士課程前期(法学修士)及び拓殖大学大学院国際
協力学研究科安全保障学専攻(安全保障学修士)修了。国会図書館調査及び立法考査局
非常勤職員(『新編 靖国神社問題資料集』編纂に関与)、政策研究大学院大学COEオ
ーラルヒストリー・プロジェクト・リサーチ・アシスタントなどを経る。

戦史研究を専門とし、大学院在学中より日本近代史の権威・伊藤隆の研究室で、海軍
中将中沢佑などの史料整理の仕事に従事、伊藤隆・季武嘉也編『近現代日本人物史料
情報辞典』3巻・4巻(吉川弘文館)で大山巌や黒木為もと(木へんに貞)など陸海軍
軍人の項目を多く執筆。また、満洲軍作戦主任参謀を務めた松川敏胤の日誌を発掘し
初めて翻刻した。

主要論文に「史料紹介 陸軍大将松川敏胤の手帳および日誌──日露戦争前夜の参謀
本部と大正期の日本陸軍──」『國學院大學法政論叢』第30輯(2009年)、「陸軍
大将松川敏胤伝 第一部 ──補論 黒溝台会戦と敏胤」『國學院大學法研論叢』第38
号(2011年)などがある。

最新刊 『坂の上の雲5つの疑問』 http://tinyurl.com/7qxof9v

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著者:長南政義
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