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【第13講】 ”南蛮兵法”―その存在及び日本軍事史からの観察―

time 2008/11/20

孫子塾副塾長・孫子塾関西支部長
同志社大学/京都外国語大学・スペイン語非常勤講師
米田 富彦
http://espania.okigunnji.com/2008/06/post-1.html
では、今回は、いよいよ、「日欧交渉史」となる「日欧比較軍事史」の16世紀
における「まとめ」に入って行きたいと思います。


13.”南蛮兵法”―その存在及び日本軍事史からの観察―
結局、欧州で起こった軍事革命の中で、日本との同時代性(シンクロナイズ)
が見られる・・・と捉えられるのは、”火縄銃”の”普及とその使用”のみで、
「欧州伝来の応用に相当する用兵=(所謂、もっともらしく表現するのならば
・・・)”南蛮兵法”」なるものが見られたのではなかろうか・・・と推量さ
れるのが、唯一、織田信長によって演出された”長篠の合戦”ぐらい・・・で
あり、それらしき”南蛮”の香る合戦は、この後にも先にも、”長篠の合戦”
のみで終わっているようなところです。
本来、戦国時代において、火縄銃が集団的かつ効率的に使用された合戦では、
何も”南蛮兵法”を云々するまでもなく、その実践面においては、日本古来の
「弓術」に伝えられる遠戦兵器としての戦術や戦闘隊形及びその組織・管理運
営術などを基礎として応用されたもの・・・との意見もあります。
ここでの火縄銃の使用は、また、他の”兵科”との組み合わせ、所謂、現代の
陸軍の中で言うところの”工兵”や”補給”(昔で言う”輜重”:これは、当
時なりの銃や火薬のメンテナンス・システムなど)に相当する”兵員”を「総
合」して、その相乗効果を演出する・・・というようなことを実現した戦国武
将についても考えてみると、その興味深い点は、ますます湧き出て来るような
ところでありましょう。
では、話しを元に戻して、「弓術」・・・これは、現在、神道儀式としての性
格を強め、無形なる精神修養を行うべき”カタ”として、その維持・継承を実
践しつつ、射的競技というような現代スポーツ化した要素をも合わせ有する
「弓道」の実践者の中でも、色々と古式の武術的伝承を受け継がれている「弓
術」に巧みな方がいらっしゃることと思います。が、あまり表立って口に出す
こともないと思われます。
アーチェリーの方は、その根本が射的競技なので、標的の真ん中にどれだけの
精度で以て「的中させる」かが競われますが、その点、弓道は、的の真ん中に
“中る(あたる)”のは、心も体も正しく調和した時であると言われています。
また、弓道の方は、”?”(ゆがけ:矢を引く際に用いる用具)、手の内・・・
とかの段階的な訓練が普通に出来るまで必要となるのですが、アーチェリーは、
その日から手軽に楽しめます。
“中てる”(他動詞)と”中る”(自動詞)・・・これも洋風/和風の発想の
違いであり、この違いは、洋風庭園/和風庭園の作り方(所謂、コンセプト)
にも現れている・・・と言われるところでもあります。そもそも、中てること
だけに集中して考え、必ず命中させるのだ・・・ということが求められると・
・・そこからボウガン(弩)になって来るわけです。こちらは、安定していて、
さらに強力で殺傷力も高く、また、潜んで待ち伏せする(孫子兵法にいう”伏
姦”)にも適しています。
ところで、弓矢と言えば、日本では、”武門”を表す誉れのある言葉ですが、
外国(欧州)では、弓矢は、足軽(というよりは、”弓兵”という一種の階級
的なもの)の使用する武器(集団戦用のもの)として捉えられ、馬に乗って、
そして、育成、錬成のための「金とヒマ」がふんだんに必要とされる武闘プロ
フェッショナルの騎士(この社会階級の存在に注意)の使う武器ではあらぬも
の・・・でもあった故に、何となくイメージの”ランク的には下”に見られて
います。
イギリスの13世紀あたりの”弓兵”(ロングボウ:日本の弓=和弓とよく似
た”長弓”です)など、その社会階級的背景もあっての”専門職”として、
その訓練を重ねた結果、自らの骨格までが独特の変化をしていたことは知られ
ています。(これは、イギリスの沖で発見された沈没船の調査から、弓兵だっ
た方の遺骨が出て来たので判明したものです。)
オリンピック競技でも、フェンシングとか馬術とか、元々、「欧州貴族のスポ
ーツ」であったものと比較して、アーチェリーは、所謂、”庶民的スポーツ”
と捉えられる傾向があります。
みなさんは、一度、オリンピックの競技大会には、欧州風の社会階級的な嗜好
があるところなど、調べてみるのも興味深い(米国との違いや旧植民地やアジ
ア圏内の国々と比較することなど)と思いますし、日本人などが特定の種目で
金メダルを獲得するにしても、一種のインテリジェンス、プロパガンダなどの
観点からも強化選手を作って、それなりに対応すれば、外交や経済などの問題
にも役に立つかも知れません。
ところで・・・”マラソン”という競技は、何故かペルシア(現イラン)あた
りから、「いつまでたっても過去の戦禍を蒸し返して、今の我々の国辱に相当
するようなことをするな。これは人権問題だ。それで精神的苦痛を受けている。
だから賠償しろ」とかの言葉が出て来ても興味深いところなのですが、歴史認
識など問題にする際には、このような点を他の国々の実情とも比較すると大変
興味深いと思われます。(ギリシアとしては、過去のペルシアの侵略戦争を非
難し続けているのか?その補償金でも求めているのか?そうでもないようです。)
では、話しを元に戻して・・・世界中で見られる「遠戦兵器の弓矢」なのです
が、弓はもとよりとして、矢に複数(二枚以上)の羽を付け、弦で射出すると、
自ら高速回転し、弾道を安定させつつ飛距離を稼ぎ、そして命中率を向上させ
ると同時に、らせん回転の力で対物威力を求めるもの・・・となっています。
そもそも、現代の射的で用いる矢は、弓道にしても、アーチェリーにしても
“鏃”が”鏃”にはなっていません。
ちなみに・・・映画の『ランボー2』とかでお馴染みのものは、アーチェリー
では、”コンパウンドボウ”と呼ばれるもので、映画でご覧の通り、滑車がつ
いていて、複数の弦を組み合わせることで、弓を引く力を軽減すると共に、
強力さを実現させ威力を発揮するものです。
競技でのコンパウンドボウ(詳しくは: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ohata/ )の方は、映画のように指で弾くのではなく、ペンチのような器具で弦を
つまんで引き絞り、その器具に付いているトリガーを落とすようになっていま
す。(また、アーチェリーと同じく、手がブレないようにスタビライザーとい
う器具を付けて、照準器まであります。よって、高い命中精度が実現される訳
なのです。)
日本では、禁止されているのですが、コンパウンドボウを使って、海外(米国)
では、狩猟目的での使用が許可されています。映画で見られたような”折りた
たみ式の矢”に鋭い”鏃”がついていて、これで獲物を狙う訳です。(映画で
は、爆裂するものが出て来て、敵の将校を粉々に吹っ飛ばすシーンは有名です
が、このような矢はあるのでしょうか?)
(意外と興味深いのは、命中して生きている獲物が倒れるような致命的効果が
あるのは、やはり、20~30メートル以内で急所を狙って・・・ということです。)
洋の東西を問わず、色々な種類の弓矢があるにしても、矢にらせん回転を生じ
させて的に相当する人なり獲物なりへの殺傷能力(効果)を求めていることは、
そこに興味深い、動物とは異なる人たるもの使用する武器に見られる普遍性が
感じられます。
ここから、弓矢は、それで射抜くことができたり、はては、矢を負ことで死に
至る致命傷を与えるもの(神武天皇東征の際、関西上陸作戦中、敵の長髄彦か
らの矢傷が元で、現関西新空港のあたりにて、兄の五瀬命が出血多量から海の
水を真っ赤に染め、命を落とされた話しは有名です)・・・となっています。
ちなみに、時代劇で出てくる、台のついた大きな俵のような的に向かって、お
殿様が弓の練習をしていらっしゃるシーンがありますが、あれは、最初から訓
練用の矢であって、ほんの近くの距離から射出するものです。
この訓練用の矢には、征矢たるべき鏃もなく、羽もついていません。もし、羽
のついていない矢を打てば、どうなるか?射出したら、スグにまっすぐに飛ぶ
ことはないので、既に”矢”ではなくなりますし、射手も含めて大変危険なこ
とになります。
この矢にある複数の羽を、今度は逆に応用して・・・「筒を使って、その内側
に切り込むらせんの溝で仕込みをつけ、射出する弾に矢のように高速回転を与
えて安定させ、同時に対物威力を増加させる原理」を考えた方、即ち、ライフ
リング(これと同じようならせんの構造は、人間の血管とか男性の尿道などで
も見られるそうです)を発案した方とは、人類の”車”や”プロペラ”(この
原理は、平賀源内という話しがあります)を考え出した方々と比肩すると、
一つの知的パイオニアと言っても過言ではないでしょう。
(現代の戦車砲の主流は、ライフリングなしの滑空砲を用い、そのかわり、
射出された砲弾に羽が飛び出して来て、標的に命中するようになっています。
これは、ドイツの老舗ラインメタル社( http://www.rheinmetall.com/index.php?lang=3 )の製品が有名で、陸上自衛隊90式戦車、米軍のM1A1エイブラム
ス、ドイツ軍のレオパルトⅡなどに使用され、特に、米軍のM1A1は、イラ
クで実戦を済ませています。)
みなさんは、常識では考えつかない”別次元”の使い方に思いをはせてみてく
ださい。(例えば、ドイツ軍が使用した88ミリ高射砲ですが、飛行機を撃つの
ではなく、水平に持ってきて戦車を撃ったら・・・というようなことです。)
弓矢の原理に触れつつ、かの『海潮音』という翻訳詩集で有名な上田敏(『上
田敏全訳詩集』・岩波文庫・緑34-1)の中に収められている『海潮音拾遺』
に、印度古詩が五つぐらいあります。が、その中で、「をとめなれども あし
びきの やまのさつお(?夫=狩人)のわがきみは、あずさのゆみのまゆとじ
め そや(征矢)うちはなつ ながしめに せんなや われはておひじし
(手負い獅子)」というのがあります。
さぞかし、美人からの流し目=”視撃”が恋のスナイパーになっているような
詩ですが、この詩の中にある”征矢(殺傷用の矢:征矢・・・この漢字の表現
をみなさんは味わってください!)”を打ち放つのが弓という武器であり、
弓を弓たるものと成しているものであります。
そして、「死ね!」として打ち放つが故に、その「返し矢」を昔の日本人は
忌んだのでした。
時代的進化と言うならば・・・時代的進化を遂げた弓矢の変化形態として、
鉄砲を考えるのなら・・・征矢は、益々、征矢としての命中精度と殺傷確度を
変化の中で安定化させた訳です。そして、その鉄砲とほぼ時を同じくして、
西洋式甲冑が輸入され、その鉄砲に対する防御効果からも「南蛮甲冑」として
使用されるようになって来ています。
まさに、日本風に表現するならば「征矢返し」とでも言うような、返し技的な
武具が現れてきたのでした。
そして、日本軍事史においては、甲冑は、継続使用され、廃れてしまうほどの
あまりの劇的変化は、見られなかった・・・ということでした。要するに、
合戦には火縄銃が使われ始めた・・・しかし、これでも甲冑そのものは長きに
渡って決して”廃止”されていません。
かの日本イスパニヤ学会のペダンティックでありスノビズムの漂う面白い
お話し( http://espania.okigunnji.com/2008/10/post-6.html )にもあった
ようなことではなく、”長篠の合戦”の後でも、「甲冑を脱いで戦闘をするよ
うなこと」にはなっていません。
ちなみに、”怪文書”のお話しですが、遂に「日本イスパニヤ学会理事会」と
いう差出人の印刷された小さな張り紙を糊で張りつけた茶封筒が、普通郵便で
やって来ました。今度は、以前言及した菊人形で有名なところにある某外国語
系大学の前理事・前編集委員長の御方ではないもの(送付した日付あたりでサ
イトから名前が削除されています)です。
しかして、その内容とは・・・、個人はもとより、他学会へも誹謗、中傷、侮
辱、信用毀損、脅迫を書きつらねた”怪文書(本当は、脅迫状の内容のもの)”
の送付・・・ というレッキとした犯罪行為(刑事事件)に対して、日本イス
パニヤ学会の理事会内でやっていないことを確認した・・・とだけ伝えて来て
いるものでした。
植木鉢などをひっくり返すと、その裏の隙間にナメクジとかシデ虫とか丸虫と
か訳の分からないヌラヌラ、ジメジメした生き物がそれなりの自分たちの世界
を作って安住しているようなところがありますが、直射日光に当たると急に存
在価値を失って行くような・・・そんな感じのする出来事と思います。
スペイン国王及び王妃殿下の際、その前座に行われた記念講演でも、講師をさ
れた首都圏高偏差値カトリック系大学教授で、日本イスパニヤ学会でも権威と
される先生のお話にしてみても、外国人の名前を日本人が聞き取りにくい発音
でやってみせたり、もっと外国語で海外に発信するべきであるとの力説でした。
が、多数の参加者には、内容からして、専門的過ぎて、あまり分かる話しでは
無かったと思いました。
ここで、日本イスパニヤ学会が国内権威であるというようなことをぬけぬけと
言っていたのには、このペダンティックというかスノビズムというか、とても
厚かましい気がしました。
では、元に戻って・・・そもそも・・・”長篠の合戦”後、織田信長の戦いに
は、欧州の軍事に由来、あるいは着想を得たと思われる戦闘は、今のところ指
摘されていないようです。また、欧州様式の軍事を可能とするべき「軍制改革」
も日本で発生したとは考えられません。これは、豊臣秀吉を経て、徳川家康に
天下が回っても同じことでした。
ただ、織田信長だけは、兵農分離で常備軍を創設し、当時の常識を破る政教分
離で近代国家を成立させた・・・というような欧州風の”片鱗”を幽かに伺わ
せており、そこだけは、日欧の同時代性が感じられるものです。が、その後の
日本には全く定着しませんでした。
他に欧州の統治術の一つで宣教師が伝えたと考えられるものに、”DIVIDE ET
IMPERAT”(英語では、”Divide and conquer.”/”Divide and rule.”とい
う言葉で知られており、意味は、「一つを二つに分裂させて、その相互対立作
用から、第三の目の立場で統治しなさい」です)という分割統治の手法が徳川
幕府により、本願寺派に対して応用され、東本願寺( http://www.tomo-net.or.jp/ )、西本願寺( http://www.hongwanji.or.jp/ )に分割して、幕藩体制の中
に、一大勢力を誇った本願寺派を組み込んでしまった・・・と言われています。
結局、軍事面では、火縄銃の導入、そして・・・輸入甲冑あたりが「南蛮甲冑」
として、そのファッション性と防御力から当世具足( http://homepage3.nifty.com/kaccyuu/kosei.html )に影響を与えた程度であったのです。
日本は、本格的な軍事革命を幕末維新の動乱で経験することになります。
それは、官軍により、幕府軍に対して遺憾なく発揮され、数々の戦闘において
幕府軍を圧倒しました。
・まとめ
“日欧交渉史”を見直すと、スペインも日本も、布教・交易・異文化交流とい
うような「平和・友好・通商」の名の裏に潜むリアルな”国際政治”の危険な
姿が見え隠れするものとなっています。これが”日欧交渉意外史”と考えられ
るところです。
“日欧交渉意外史”とは、スペイン・日本両国の有する”海洋国家”としての
性格を軸として、当時の状況を観察すると分かり易いでことでありましょう。
即ち、海洋国家の基盤である”海軍”という「軍事アイテム」には、
必ず”基地”が必要となります。ここに注目してみてください。
即ち、当時のスペイン領メキシコ~マニラを結ぶ環太平洋周回航路において、
黒潮海流に沿って港湾としての適地を有している日本(長崎、三浦半島、三陸
リアス式海岸など)は、条件的に中継・補給に至便であり、太平洋の覇権獲得、
ついで支那大陸への覇権拡大(通商圏の確保)を念頭に置けば・・・どうなる
か・・・即ち、 “地政学的”には、良い「基地」として絶好の地の利を備え
ているもの・・・それが当時の日本なのです。
この日本の地の確保が潤沢な交易をもたらし、その結果、スペインがイギリス
やオランダやフランスとの覇権争奪戦に敗れるタイミングがズレ、本当の没落
に至ったのかどうか、これも興味深いところでありましょう。
もし、日本人の文化レベルが低いか、あるいは戦国時代の”内戦の決着”にイ
タリア半島やアステカ帝国やインカ帝国の事例の如く、外国勢力の支援を依頼、
あるいは依存したのならば、所謂、日本には、かつてのマカオのような外国の
拠点が設置されたか、日本列島の一部が占領されてスペイン語の地名になって
いたか、あるいは「元寇」ならぬ「南蛮寇」が当然の帰結として発生していた
ことも考えられることなのです。
もし、最悪そうだったのなら・・・この日本の支配者には、スペイン系スペイ
ン人が、官僚クラスには混血人が、そして最下層に日本原住民が・・・という
構造になり、全員がカトリック教徒で、四天王寺も東大寺も、その上に大聖堂
が建てられていたことでしょうし、スペイン国王を戴き、流暢なスペイン語を
話し、最下層の日本原住民が語彙の半分近くがスペイン語起源のものになった
面白い日本語を話すことになっていたかも・・・知れません。
名前も洗礼名がファーストネームになり、日本風の名字の付いている者は、
そのまんま被支配者を表すものとなっていたでしょう。もちろん、『源氏物語』
など異端なので、古典は殆どが焚書されて、神社も仏閣もその痕跡すら残って
いなかったことでありましょう。
これは、ラテン系の方法論であり、一方、その対極としてのアングロサクソン
系の方法論はどうなのか?みなさん、考えて見てください。(そして、このラ
テン系よりも「えげつない」方法論でいろいろ工作しているのが支那です。
改正国籍法問題とか、世襲制親子売国政治屋の魂胆たるや恐ろしい限りです。)
反対に、松村劭氏が数々の著作(『名将の戦争学』、『新・戦争学』、『ゲリ
ラの戦争学』など)の中で指摘されるように、日本がスペインやオランダなど
から、陸軍と海軍の編制を学び、軍事制度も確立させ、欧州式の軍事を自分の
ものとしていたなら、現在のメキシコやアメリカ西部、あるいはフィリピン、
マレー、インド方面までが日本の経済領域に入った可能性も考えられましょう。
ということは、日本語の通用圏も拡大していたのでありましょう。
さらに、当時、軍事の導入と同時に、欧州の政治哲学や政治思想も平行して日
本に導入されていたとすれば、その後、明治以降に鎖国から脱却するための
“欧米コンプレックス”も出現せず、意外と持たざる国というような思考回路
が出来上がっていたのか、そうではなかったのか・・・考えて見ると興味深い
点が見つかるかもしれません。
これは、16世紀に軍事面で欧州との同時代性を見せ、その他の分野でも欧州の
文物に対する弾力性を表していた日本として考えられることなのです。
次の実例とも比較する必要があります。
即ち、兵頭二十八氏の著作(例えば、『新しい武士道 軍学者の町人改造論』
など)の中で指摘されていることですが、幕末維新の闘争に関し、勤皇派・佐
幕派共々、東アジアに覇権を求めてやって来た欧州列強諸国から、いくらでも
支援を受けることは可能であったことで、列強諸国もむしろそれを待ち望んで
いた・・・のでした。
そして、兵頭氏は、もし、勤王派か佐幕派のどちらかがそうしたのなら、目的
は、それぞれ達成可能となり、”複数の日本”が誕生していた可能性もあった
のだが、しかし、当時の日本人は、お互いが敵対関係にあっても、外国勢力に
依存するようなことはしなかった・・・と指摘されています。
また、続いて、第二次大戦終了時とそれ以降の日本人為政者たちの行動・態度、
それに現在の政治屋たちと言われるような人々と比較する必要がある・・・と
いうことまで指摘されているのです。
日本軍事史や日本政治史を通時的に考察する際、これは、大変興味深い実例と
なっています。
本当に、欧州の軍事革命が当時の日本に導入されていたら、かなりの数の軍事
用語や海洋関係用語が外来語として日本語の語彙に残存していたことでありま
しょう。しかし、スペイン語やポルトガル語からは(防具の”まんちら”を除
いては・・・)、カステラ、襦袢、テンプラ、おじや、コンペイトウ等の食品
や当時なりに珍しい物以外は、全く、今日に至るも定着も残存もしていません。
・ここから何が言えるのか
16世紀、スペインも日本も、レベルの差こそあれ、所謂、”現実主義的な団体
利益の追求”を鮮明にしていた同時代性があり、このような条件を背景として
新兵器=火器を共通項とした軍事革命の同時代性が認められるものです。
しかし、以降、軍事面での交流は、消極的・操作的・制限的なものに変化して
行きました。その理由としては、お互いに”国際政治のリアリズム”をその根
底に孕んでいる立場と条件をよく認識していたからでありましょう。
軍事は表だって伝授しない・・・というのが世界の相場です。だから・・・頭
を使って観察し、考察を行う訳です。
(「当時の軍事って、軍事って、そもそも表だって教えないものでしょ。だか
ら当時のことなんか分かんないよ~」というのが都内にある高偏差値大学のス
ペイン史の権威・・・という某教授の日本イスパニヤ学会でのご高見でした。)
当時の日本人の軍事事象における資質(センス)が「外から分析・考慮された」
が故に、自らの対抗策に利用されると”外国勢”にとっては危険になる・・・
という「日本の軍事革命」の成立条件を次のア)とイ)の両面から指摘するこ
とが可能でありましょう:
ア)ハード面:野戦砲、攻城砲、馬、陸軍・海軍などの編制と編成に関する
“ノウハウ”、また、築城術(当時の要塞構築の方法)等
イ)ソフト面:その「発想の淵源」となるべき軍事哲学・軍事思想等(当時の
啓蒙思想等も含めて)
これら両面の伝播は、「日本・スペインの96年間にもわたる交流」という事実
にも関わらず、全くその形跡が見当たりません。特に、キリスト教関連の文学
作品である「スペイン神秘文学」の翻訳などは見られますが・・・その他の軍
事や戦略につながる”ジャンル”は現存していません。
欧州の軍事を導入することに成功した当時の日本の将来とは、その海洋国家と
しての確立と共に、権益を求めていたアジア地域に強力な欧州のライバルが出
現する可能性に直結するものであった...と考えられるのです。
上記のことは、明治時代、欧州の軍事を導入することに成功した日本が海洋国
家として確立し、海の覇権(シーパワー)を巡り、ついに米国と決戦に至る経
緯と比較すると大変興味深い事例でありましょう。
そして、重要なことは、「日欧交渉意外史」=南蛮兵法の存在の可能性を確認
するもう一つの観察点として、日本人が苦手とする諜報(インテリジェンス)
の視点から「日欧交渉史」を再考してみることでありましょう。
以上、「日欧交渉意外史」に見られる注意点は、「日欧交渉史」を改めて研究
する上で、大変重要であり、今後、複雑化する国際関係の中で、スペインと
同じく海洋国家の性格を持つ日本が「21世紀の国際平和戦略」(表向きの表現
として・・・)を策定するにあたり、よく「彼を知り己を知る」ための貴重な
ケース・スタディとして学ばれるべきものと思われるのです。
最後に・・・みなさん!ここで、”ストラテジー”、”インテリジェンス”に
興味のある方々へ興味深い案内をさせていただきたいと思います。何と日本の
インテリジェンス界の第一人者である太田文雄氏の講演会が間もなく横浜で開
催されます。
太田氏は、元防衛庁情報本部長、現防衛大学校安全保障・危機管理センター長、
戦略研究学会 http://www.j-sss.org/ (入会希望者はサイトより可能)、
軍事史学会 http://wwwsoc.nii.ac.jp/mhsj/ (入会希望者はサイトより可能)
でご活躍中です。
太田氏が、日本における”インテリジェンス・ブームの火付け役”となったこ
とはみなさんご存じのところでありましょう。太田氏の最初の著作が嚆矢と
なり、それからというもの雨後の竹の子の如く、俺も俺もとインテリジェンス
を語る方々(かたがた)が方々(ほうぼう)で”生えて来て”、日本人にイン
テリジェンスの感覚を呼び覚まさせたところなど、本格的なインテリジェンス
の観察点から眺めてみると、その戦略的な効果は絶大であり、太田氏の業績
は、まさしく「勲章」ものでありましょう。
太田氏のインテリジェンス基本三部作である
(1)『「情報」と国家戦略』、(2)『インテリジェンスと国際情報分析』、
(3)『日本人は戦略・情報に疎いのか』
(詳しくは、 http://www.fuyoshobo.co.jp/index.html をご覧ください)が
現在好評発売中です。
(インテリジェンスを基礎から学びたい方は、この三冊を数字の順番にじっく
りと読まれることをお勧めいたします)
これらの中で『インテリジェンスと国際情報分析』は、つい最近ですが、かな
りの興味深い内容が増補された改訂版が出たことは、軍事情報で紹介されたと
ころです。
昨今、知らない間に・・・のお話しですが、軍事大国であり、核保有国であり、
チベット、ウイグルを制圧し、世界に覇道を唱えている”支那”への属国化を
世襲政治屋が日本国籍を簡単に与える制度を法制化する試みなど、ここから
読み解くと面白いと思います。
詳しくは、軍事関連図書の専門店(古書含む)である『軍学堂』のサイト
http://www15.ocn.ne.jp/~gungaku/kouzahp.htm をご覧ください。
サイトから申込が可能です。
みなさん、今回で16世紀のスペインと日本の出会いに関するシリーズがやっと
終わり、次回から、いよいよ、”欧州”というものをバックとしたスペインに
ついて、様々な角度からより興味深い講座を開始いたします(特に、誰にでも
出来るゲリラ戦の方法論の学習とその実践など)。
基本的にみなさんは、理念、政治、戦略、戦術、兵站、情報、地政学という
言葉がおなじみになって来たと思います。また、リーダー論(詳しくは、孫子
塾塾長・佐野寿龍先生の解説: http://sonshi.jp/sonnsijyuku.html を熟読
吟味ください)についても考えるようになってきたと思います。
益々、内容的には、武闘派育成講座も射程に入れて展開して参ります。みなさ
んの本講座を通じての軍事・武闘センスのますますの発展を祈念いたしており
ます。乞御期待!
(つづく)

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