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【第4講】16世紀の日本情勢について

time 2008/07/17

孫子塾副塾長・孫子塾関西支部長
同志社大学/京都外大・スペイン語非常勤講師
米田 富彦
http://espania.okigunnji.com/2008/06/post-1.html
今回は、16世紀日本の情勢についての観察を通じ、戦略的、情報的な思考の基
礎を培うことで、次回に予定されているスペインの戦略、情報との比較考察を
しやすくしておきたいと思います。


3.16世紀の日本情勢について
(1)日本の国内情勢
 16世紀の日本とは、頂点に天皇を戴く政治体制を逸脱しない中で、堺、越前
一向宗、大坂本願寺のような商人・農民による政治の運営がなされていた地域、
所謂、当時のイタリアに見られたような”自由都市国家”を思わせる地域共同
体の出現も見られる一方、武闘派支配者層として、先ずは、足利幕府が存在し
ていました。
 しかし...本来ならば、足利幕府に忠義を尽くし、”幕府の現状維持派”
としての職責を果たさねばならなかった「封建大名」たちは、それぞれの領国
経営において「政治-軍事-経済」の”トライアッド”を自らが実践し、領土
経営の職責を幕府の権威を当てにしないで遂行するようになって来ていました。
 注意するべき点として、16世紀の日本とは、「江戸時代の武士」とは、器量
も頭脳も規格が異なる「戦国時代の武士」が活きていた時代であったのです。
要するに、本来の武士とは、常識として幕府のご意向を聞いてそれ以上のこと
はやらない公務員的かつ”社畜”とも呼ばれる現代サラリーマン的な存在では
なくて、現実を見据え、自分が考えて意志して行動する、”生死一如”の生き
様を云う存在を指すものなのです。そこには、一般的な現代の我々(武闘職で
ある自衛隊、それに警察、消防に奉職されている方々を除いて)が自ずと意識
しなくなっている意気、勇気、気概、気迫、精魂というものがあり、戦う性根
そのものの違いがあるのです。
 読者の皆さん、ユーラシア大陸西端のイベリア半島に興隆していた当時の最
強国家スペインにユーラシア大陸東端からさらに一つの海を隔てて対峙してい
た当時の日本を知ること、即ち、「古きを温めて新しきを知る」ための方法論
についてここで念を押しておきたいことがあります。
 先ず、この世とは、「万物流転」であり、「諸行無常」であります。が、こ
の原理を自分自身において本当に納得して自覚し、現実をありのまま観察して、
次の段階に備え、そして適宜に行動することは、本当のところ、あまり意識さ
れているものではありません。
 何故なら、脳内ブレーキたる常識に操作されているからです。常識とは不動、
不変、永遠のものではありません。輝く昼の太陽は、まぶしくて直視できませ
んが、やがては夕日となり落ち着いて眺められるようになるものです。
 「万物流転」、「諸行無常」の原理に身を置く読者の皆さんは、永遠で固定
的で絶対なものは決して無いことを本当に意識して自分自身において納得し覚
悟することなのです。輝く不動の太陽は絶対で”直視”はできませんが...
それで終わってしまってはなりません。その昼間の太陽とは、時の主導権を握
る力(例えば、今の政治やマスコミなど)、憲法(例えば、「日本国憲法」な
ど)、社会習慣、就業規則、組織の鉄の掟などに例えるものなのですが、いつ
かは時の流れと人心の変化から、衰え始める時が至ります。そして、その夕日
とは、間もなく来る夜への誘いであり、真っ暗闇の期間を経て、やがては神々
しい朝日になる訳です。この夕日になる時機とは、即ち、時代の変わり目とい
うことなのです。
 読者の皆さん、現在とは、実は、日本史の中で鎌倉時代、室町時代とあった
ように、「戦後時代」という一つの時代が終焉し、次の時代に入って行ってい
る現在進行形の状態にあるのです。故に、今までの常識では対抗できない事態
も国の内外で起こりもしているのです。即ち、自分の生き様とは、他人まかせ
にせず、自ずと自分で考えて行かねばならなくなっているのです。これは、選
挙にせよ、納税にせよ、社会保障にせよ、動かすところは誰であるのか、よく
見つめ直して考え直してみるべきでありましょう。
 時代が変わることは、歴史を学べば分かることですが、その本質的なところ
(所謂、方程式、方法論、秘術など)を自分で考えて、実際に応用に活かすと
ころは、本当はやっているようでやっていない我々の盲点でもあり死角でもあ
ります。大体は、方程式なり、方法論なり、秘術なり、それらを見い出したと
ころで、パラメーター(変数)を入れ替えて計算して結果を云々するような知
識止まりに気づかず、推論して新たなものを自分の特殊的事情に活かし切る無
から有を生じさせる知恵にはなっていないものです。
 また...時代の変革期と聞いて、恐怖や不安はつきものです。そもそも、
恐怖や不安というのは、本能からくる危機意識・危険認識から生じるものです。
が、それには、精神的にも”ストレス”がさほど溜まらないのが神ならぬ人の
人となっているところであります。危険や危機から開放されると心身ともに
“快方”に向かうものです。
 しかし、別の種類の恐怖や不安もあるのです。それは、常識や社会慣習や法
律の違反・違背・背任から生じて来るものです。人が社会を構成するが故に生
じさせている恐怖や不安もあるのです。この場合、かなりの精神的なストレス
が溜まるものですし、心身の外には排出されることはなく(所謂、デトックス
は無しです)、一方的に脳内に鬱積して行くものです。
 読者の皆さんが、それは絶対不可侵であり、それは絶対服従であり、それは
絶対遵守であると弁えている”常識”、”慣習”、”法(律)”たるものに従
うことが意外にも身の保障をしてくれるより、かえって身の破滅を招くことも
あります。
 このような場合、むしろ、ブレイクスルー(障害を撃破し打開すること)、イ
ノベーション(革めて新しくすること)をした方がかえって身の”栄達”を極
めることに繋がるのです。読者の皆さん、時代の流れを的確に読み取らねば、
本来、観念とは己が使うべきものでありながら、逆に己が観念の虜になってし
まって、「転倒夢想」になってしまうものです。
 この転倒夢想ですが、物事の順序の取り違えから、頭の中だけで正しいとか
間違っているとか、まさしく夢を見ているような状態(要するに現実ではない
ということです)になってしまうことで、夢を見ている間は調子に乗っている
ことが多いので気持ちがいいものです。しかし、目覚めれば、自分にとっては
好ましくないと思う現実に直面するものです。夢から覚めたければ、自分の頭
で現実をもっと分析して行くことが必要です。
 読者の皆さんは、時代というものは、「薬が毒」に、「毒が薬」に変化する
面白さがあることをここで噛みしめていただきたいと思います。例えば、幕末
維新の時代には、徳川幕府にとって、鎖国は薬でも、大所高所から見て、19世
紀の日本にとっては毒でありました。倒幕運動など、徳川幕府には猛毒なので
しょう。が、当時の日本にとっては妙薬であったのです。では、今の日本にと
って...何が毒で何が薬なのか...一度、読者の皆さんは考えて見てくだ
さい。
 そして、このような発想を相手側にも地理や組織や時間を踏まえて、即ち、
コンテキストを踏まえて(そもそも主体とは、上下・前後・左右の六面体+時
系列的流動性からなる認識から導き出される一点であり、これを踏まえた客観
的観察方法と考えてください)を置き換えて考えて見ることです。例えば、当
時のスペイン国王や将星たち、敵対国の国王や軍人なども何が毒で何が薬なの
か同時進行で考えることなのです。
 16世紀の日本とは、国政を握る足利幕府の既成権威、即ち、武家の棟梁たる
将軍職は、リーダーシップの失墜から有名無実化し、それぞれの大名は、領地
の地の利を活かし、生存圏を拡大し、そして、他の大名の生存圏と有形無形を
問わず、摩擦を起こし、衝突を生じさせ、そこから日本の中での覇権を争奪す
る相互的な”切磋琢磨”の存在に変化していたのです。
 その思想的特徴とは、時代変化の過程で必ず起こる問題解決に「現状打破」
で以て対処する基本姿勢でありました。群雄割拠の時代とは、生存のためには、
旧来の現状維持に努めるよりは、常に革新と現状打破の努力が必要となること
を意味するものです。当時の日本は、正に「変革」の時代であったのでした。
 そして、当時のスペインとは、このようなことは既にレコンキスタ(対イス
ラム勢力駆逐のための武力闘争)を通じイベリア半島内で経験し、今度は、さ
らなる他流試合をイベリア半島の外、即ち、地球的規模で実践して来ていたの
です。
 読者の皆さん、この「時代の変わり目」を読み取ることは難しいものです。
次のようなことをシュミレーションしてみると興味深いことでありましょう。
例えば、15世紀の後半ですが...京都・同志社大学・今出川キャンパスの北
方面に広がる相国寺、そのまた北あたりに所在する上御霊神社のあたりで、武
士が集まってきて武力衝突が始まりました。武家の棟梁たる足利幕府の花の御
所がそこから徒歩15分圏内という近くにあって、そのまた近くには天子様がお
はします御所があるのにもかかわらず...です。
 読者の皆さん、ここで考えてみてください。この時代の京の都に住んでいた
一般の人々(今で言う首都圏人)も、この戦闘に参加していた武士たちも、一
体誰が正確に「これから群雄割拠だ!下克上だ!実力で好き放題やっていい戦
国時代が始まるぞ!それが150年は続くのだ!俺に天下取りの好機が回って来
たぞ!時代は要するに氏より育ちというやつだ!この実力の時代、自己主張が
出来る時代に生まれて俺は幸運だ!神に感謝!やってやるぞ!」などと思った
のでしょうか。そうではなく、かえって当時の都の方々の人心とは、現代の多
数の日本人の心理とは共通のもの(先行き不透明な感情)があったのかもしれ
ません。
 その時の「常識」とは、「常識」の限界以上のところは見えないものであり
ます。これは、当時のヨーロッパの人々においても同じであったことでしょう。
 時代の認識とは、分からないものであります。
 そもそも、誰も時代の流れを読むのは難しいものです。即ち、当たり前と思
っていたことが当たり前として、そうしたいけれどもできなくなる...とい
うことに他なりません。甲氏:「この頃は、どうも今までとは違って来たよう
だ...」
乙氏:「そうそう。知識だけでは、問題は一向に解決できないようになって来
たなあ」
甲氏:「それは、何故か?それは、知識にすがって知恵を出してないからだ!」
乙氏:「そうだ!よし、頭を使って乗り越えてやろうじゃないか!」
 このような心が芽生えて、いつしか異常や非常識(常識に違反することに良
心が咎め、罪悪感に苛まれたり、心が恐怖してるものですが...)が常識化、
慣習化して行く過度期に突入し、それが時代の変わり目というものになり、次
の時代へと繋がるのです。
 平成の世は、まさに時代の変わり目であり、いろいろなレベルで戦国時代に
なっているのです。日本史の中の二十年や三十年など年表になると数ミリある
かないかですが、平成も二十年を数え、さらに時は流れて行っています。が、
読者の皆さんは、ここでこそ、等しく現在、日本史を形成する者として存在し
ているのだという自覚を持つべきでありましょう。
(2)日本の闘争様態と武闘階級の特徴
 日本の闘争様態とは、数例を除き、通常、対異民族闘争を行う”戦争”から
形成されたものではなく、武闘階級に属するプロフェッショナルたちによる
“私闘”から形成されて来たものです。即ち、同国人同士(言語、文化、思考
様式、歴史などを共有する)の闘争である”内戦”の反復でありました。これ
は、誠に興味深いところですが、同国人同士が戦いを重ねた結果、これと似た
ようなところに古代ギリシアの都市国家間の戦争があるものの、最も特筆する
べきところとは、世界でも類を見ない「人の行う闘争事象そのものを芸術の域」
にまで洗練し高めた...それが日本人の闘争様態の特徴でもあります。そし
て、現代に至るも、これはなお伝承されており、また、特にその精神はもとよ
り、技術に関しては世界でもかなり高い評価を受け、各国軍の特殊部隊や特別
警察などをはじめとして、世界の武闘職において畏敬の念をもって習得され実
践されているものでもあります。
 そもそも、芸術とは、人として人がやる「人の業(わざ)」の最高傑作であ
り、それ以上が、人の技ではない訳ですから、即ち、「神業(かみわざ)」と
なるのです。
かの吉田松陰は、「おもへども ひとのわざには かぎりあり ちからをそへ
よ あめつちのかみ」との歌を残していますが、日本の闘争様態の興味深いと
ころは、まさしく「人事を尽す」という「ひとのわざ」の限界まで行った際、
この限りある人の業にこそ、天地の神が力をそえ賜うもの、即ち、人と神の合
一となっているものなのです。
 この天地の神の力がそえられるよう、日々において、「できない」のではな
く、「やらない自分」の本当の理由を具体的に探求して軌道修正し、納得し、
覚悟を重ねて行かねばならない...自分に騙されないで自分に勝つ...こ
れぞ日本の武闘階級の根本理念ともいうべきところであります。時代は変われ
ど、筆者も読者の皆さんもこの理念に関しては、等しく志を同じくして行動す
るものである以上、時を超えた武士とも言えるのであります。
 この戦国当時の特徴は、各地の大名が、領国において政・軍・経(トライア
ッド)の統合を行う国王に等しい機能を発揮し、それぞれの領国というものが
一つの国家の如き形態を呈していた点でありましょう。
 そして、その政・軍・経の統合に失策した大名は、弱肉強食の理に従い、自
然淘汰されていたのでした。ここで注意を要するのは、戦国時代の武闘階級は、
政・軍・経を”総合”することを専門職とする存在であったのに対し、徳川時
代の武闘階級が、幕藩体制の現状維持システムの中で、既得権たる身分制度に
立脚した官僚的かつ安定的な俸給に従う”サラリーマン”的存在へと変化して
いたことで、日本の16世紀当時を比較考察する上で、我々が注意を払うべき重
要な点となっています。
 そして、この16世紀の戦国時代の日本の海の向こうには、当時の最強国であ
り、戦略、情報、兵站などの分野では他流試合を重ねた海千山千のスペインが
存在し、はるばる地球を回って日本に到達して来ていたのでした。
(つづく)

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