太田文雄:国際情勢と安全保障政策


『国際情勢と安全保障政策』
太田文雄(著)
芙蓉書房出版
2010年4月5日発行
http://tinyurl.com/y79p2ob
■わが安保情勢を把握するための情報

ある国の対外意志はその軍事動向に最も鋭敏に顕れます。われわれは自国に不利益を及ぼす悪意をすでに顕した周辺国に囲まれており、安保体制の強化が必要な時期に入っています。
何ら進展しないどころか後退するばかりに見えるわが安保政策に、切歯扼腕している人も多いと思います。
本著は、『インテリジェンスと国際情勢分析』『インテリジェンスと国際情勢分析(改定新版)』とつづく、太田さんの国際情勢分析シリーズの最新刊です。
本シリーズは、国民の軍事理解を深める啓蒙のため出されていると推察します。
前回の改定のときもそうですが今回の全面改稿も、まえの版が売り切れたためだそうで、心ある国民の「軍事リテラシー」への飢えを痛切に感じます。
国際情勢を軍事面から分析するのは何のためかといえば、あらゆるルートからわが安保政策に反映させるためにほかなりません。趣味でやっているわけではありません。国際社会は力の論理で動いているので、力を具現化した軍事方面の視野がないと、とんちんかんな結論しか導き出せないんですよね。
あとがきで太田さんは「わが国の安保政策は国際情勢にあまり対応していない。
その理由は、安保政策が対外的要因でなく対内要因で動いているためだろう」という趣旨の言葉を残されています。国民は安保に関心がないから安保は票にならない、という要因が安保政策の背景にあるようです。
国民が安保に無関心なのは、戦後教育の成果である「国への帰属意識欠如」が最大の理由です。また「世界の中でわが国が生き残る」ための安保戦略の理解・把握・判断に資する体系的かつ有機的な啓蒙情報が、投票者であるわれわれにほとんどないから判断の仕様がないという面もあります。
そんななか本シリーズは、「一般国民向け、体系的軍事インテリジェンス提供よみもの」の役割を果たしつづけている希少な本といえます。
■大幅な加筆修正
最初に出版された『インテリジェンスと国際情勢分析』を基盤に、時代に応じた追加や修正を施し「縦の比較ができる」特性をもった珍しいインテリジェンス本です。今回は、これまでの縦組みから横組みに変わり、最新の情報分析をはじめとする大幅な修正加筆が施されています。
わが国の舵取りに必要不可欠な「軍事インテリジェンス分析」を、専門家が一般人向けに伝える唯一の存在といえます。こういう形で継続されることは本当にうれしく、ありがたいことです。版元さんと太田さんに感謝したいと思います。
3冊を比較すると、新しい版が出るたび、太田さんのわが安保への危機感が増していることがはっきりわかります。特に今回の本では、顕著に顕れているように感じます。
とくに、「大量破壊兵器拡散」「サイバー戦」の話題が充実した第5章「国境を越えた脅威」、今回の増補で加わったわが安保政策に言及する第7章「安全保障政策」には目を通していただきたいところです。
今後も、必要な修正を加えシリーズは継続されていくことと思います。
実にすばらしいことで、次回の増補を待ちたいところです。
先に紹介した『同盟国としての米国』とあわせ、広く国民に読んでもらいたい稀有で重要な啓蒙書です。
(エンリケ航海王子)
【もくじ】
はじめに
第1章 インテリジェンスとは?
第1節 インテリジェンスの定義
 インテリジェンスは必ずしも秘密とは限らない
第2節 インテリジェンス源の種類と利点・欠点
 インテリジェンス源の利点・欠点
 これからのインテリジェンス源の趨勢
第3節 インテリジェンス組織
 カスタマー別に整理すると
 主要国のインテリジェンス努力
第4節 インテリジェンス・サイクル
 情報時代のサイクルは新しい発想が必要
第2章 カウンター・インテリジェンス
第1節 カウンター・インテリジェンス組織
 主要国のカウンター・インテリジェンス努力
第2節 上海領事館の電信員自殺事案
第3節 軍事技術スパイ
 米中の経済と安全保障に関する再検討委員会報告書
第4節 情報漏洩のインパクト
第3章 安全保障環境
第1節 将来の安全保障環境
 21世紀は有志連合と非国家主体あるいは「ならず者国家」との戦いが主流
 変化しつつある戦略
 変化しつつある戦争様相
 Not if,when
 軍事における革命
第2節 国境を越えた脅威
第3節 我が国周辺の安全保障環境
第4章 懸念国家
第1節 北朝鮮
 軍事情勢の特色
 弾道ミサイルと核開発
 弾道ミサイル開発は整備の段階から運用の段階に
 危機管理とインテリジェンス
 軍事的知識とインテリジェンスにより的確な予測
 特殊部隊
 日米安保が発動される寸前の挑発と短期戦がカギ
第2節 中国
 見積もりをはるかに上回る軍の近代化ペース
 中国の国防費は公表値とは違って相当前から日本の防衛費を凌駕していた
 戦略的には日本はすでに負けている
 中国が軍事力を行使する敷居は低い
 海洋進出の背景と狙い
 海洋進出のパターン
 海洋調査
 沖ノ鳥島を岩だと主張する意図
 海軍の近代化
 演習・訓練の活発・高度化
 米中間の目に見えない熾烈な戦い
 南海艦隊の戦略的意義
 潜水艦発射弾道ミサイルの開発
 日本海および北極海への進出
 第四世代戦闘機の数でも日本を凌駕している中国空軍
 中台の軍事バランスは北京オリンピック以後逆転
 弾道ミサイルを保有している第2砲兵の急速な発展
 弾道ミサイルの質的向上
 衛星破壊実験
 防衛交流と信頼醸成
第3節 ロシア
 縮小と沈滞化は底を打ち活発化の兆し
 冷戦時代のように再び我が国の脅威になるのか
第5章 国境を越えた脅威
第1節 国際テロ
 交渉ができない相手
 日本における国際テロ事件発生の可能性
 国際テロ組織と大量破壊兵器が結びつくことが最も怖い
第2節 大量破壊兵器の拡散
 弾道ミサイル拡散の主体が国家から非国家にも
 大量破壊兵器の保有国は増加している
 問題は原因の究明に相当な時間が掛かること
第3節 サイバー攻撃
 増大しつつあるサイバー攻撃の脅威
 中国の『超限戦』
 サイバー攻撃でも人が殺傷できる
第6章 同盟・友好国の動向
第1節 米国
 9.11後、安全保障戦略は大きく変化した
 先制行動を言っているのはアメリカに限らない
 新たな脅威に対処するための省庁間及び同盟・友好国間協力
 オバマ政権の安全保障政策
 核戦略
 QDR2010とQDR2009
第2節 韓国
 10年継続した革新政権から大きく変化
第3節 オーストラリア
 安全保障面での一層の絆が求められている
第4節 欧州・インド・インドネシア
 コアリションにより欧州諸国と直接の接点も
 海上交通保護ではインドとの協力が大切
 民主化が進み米国との関係が強化されるインドネシア
第7章 安全保障政策
第1節 基本政策
 国防の基本方針・専守防衛・非核三原則
 防衛計画大綱
第2節 日米防衛協力
 日米安保協力の変遷
 同盟のギヴ・アンド・テイク
 後方支援と技術・情報協力
第3節 国際平和活動
第4節 新たな脅威や多様な事態への対応及び事態対処法(有事法制)
あとがき