久松文雄:まんがで読む 古事記 第2巻



『まんがで読む 古事記 第2巻』
久松文雄(著)
青林堂
平成22年4月16日発行
http://tinyurl.com/y4fa6ed
壮大かつ雄大、

それでいて複雑極まりない『古事記』というものがたりを、筋をしっかりふまえたうえで、マンガとして描き出す挑戦です。
あとがきで著者の久松さんは、古事記のマンガ化を<漫画家の鬼門>と常々思っていたと書いています。これまでの古事記マンガに決定版がなかったためです。
この原因を久松さんは、
<原典を換骨堕胎してマンガ的面白さを追求し>、作者がアレンジをくわえる中で、古事記の真意が伝わりにくいダイジェスト版にしていたからだと考え、次の結論に達します。
<真の古事記の世界を読者に伝えるためには、マンガであるがゆえに原本に忠実であるべきとの思いを強くしていた。>
この一文が、本企画のすべてをものがたっていると私は思います。
『まんがで読む 古事記』については昨年、シリーズ第一巻を紹介しました。
今後も一年に一回配本されるとのことで楽しみにしていましたが、今年も無事開始され、さっそく読ませていただきました。
今回の第2巻では「稲羽の素兎(因幡の白兎)」から「海幸山幸」までが収録されています。これで古事記上巻が完結です。
昨年の第1巻は、収録個所の原文の内容があまりに雄大で浮世離れしていたためか、登場人物の魅力が読み手に迫ってくるという点でちょっと弱かったかなと思います。無理ないですけどね。笑
しかし今回は全編を通じ、それぞれの物語の登場人物がとても魅力的です。
思わず引きずり込まれるような面白さがあります。
作者の久松さんが古事記になじみ、いい感じでこなれてきたとの印象も受けます。
「因幡の白兎」「海幸山幸」といった日本神話のものがたりを知らない人は、誰一人いないだろうと私は思っていました。ところが今の30代以下の人で日本神話を知る人は、ほぼ壊滅状態だそうです。この話を聞いたときは正直愕然としました。私の世代あたりが日本神話を知る最後なのかもしれません。
「因幡の白兎」は、大国主命が、異母兄弟たちと因幡の八上姫に求婚しに行く途上、丸裸になって泣いていた兎を助けるという話からスタートする再生の物語です。
「海幸山幸」(私は海幸彦山幸彦のほうが身近ですが)もそうですが、大人になって読んでみると、「嘘をつく」「近親憎悪」「いじめ」といった人間が抱えるさまざまな闇とそれへの解決策を、さまざまな比喩を通じて押し付けがましくなく伝えている感を持ちます。他のものがたりも同じですね。
おそらく人間は、幼いころにこういう話を知るなかで、目に見えない、いちばん大事な魂の核を形成してゆくのでしょう。
昨今の「親による幼児虐殺」といった吐き気を催すような話を聞くごとに、「たぶんこういう大人たちは古事記(日本神話)を知らずに生きてきたのだろう」と感じます。
また古事記は、単に人を救うという甘ったるい理想を満たすのみではなく「国譲り」に見られる謀略、外交の駆け引き、戦いの描写など、実に現実的かつ政治的な面(国を救う)ももっています。
人間社会の鏡の裏表を表現し尽くしている点で、古事記という作品はわが国民の聡明さを示すものさしになっていることは確かでしょう。
そのためか、インテリジェンスや戦略研究の世界でも古事記は重視されています。
「古事記はインテリジェンスの教科書」というのが、元陸軍中将の故・飯村譲さんや、教え子の元海将太田文雄さんです。
太田さんは『日本人は戦略・情報に疎いのか』のなかで、インテリジェンス面からみた詳細な古事記分析をされてます。
スペイン語講座の米田さんも、”『古事記』の戦略思想”という、非常にユニークで質の高い論文を出されています。この論文は、『年報戦略研究第5号』にも掲載されました。
ある面から見たら処世訓、ある面から見たら道徳書、ある面から見たら謀略書、ある面から見たら政治書・・・きりがありません。
ことほど左様に古事記がもつ世界は無限で奥深く、尽きるところがありません。
そしてそれは、わが日本なるものと直接つながる、日本人の魂の源ともいえる伝承です。われわれは今、古事記にこそ戻る必要があるのではないかと思います。
そんななか生まれたこの企画。
先ほどいいましたように「年齢が下に行くほど知られていない日本神話」という環境がすでにある中、価値は珠玉であるといえましょう。
第一巻のときよりこなれており、キャラも引き立ち、良くできたマンガです。
魅力的な登場人物とお手元で対話してみてください。
価格に見合わぬ上質な表装もうれしい限りです。
すべてが新しくなる今の季節にこそ、ぜひ読んでいただきたい一冊です。
一家に一冊ぜひどうぞ。
(エンリケ航海王子)
【もくじ】
第十章  稲羽の素兎(いなばのしろうさぎ)
第十一章 大穴牟遅神の受難(おおなむじのかみのじゅなん)
第十二章 根之堅州国(ねのかたすくに)
第十三章 神語(かみがたり)
第十四章 海から来る神
第十五章 国譲り
第十六章 葦原中つ国(あしはらなかつくに)の平定
第十七章 天孫邇邇芸命(てんそんににぎのみこと)の天降り(あまくだり)
第十八章 海幸と山幸
著者あとがき
参考資料