【本の紹介】植松三十里『不抜の剣』

2019年2月6日


こんにちは。エンリケです。
幕末維新の主役たちを雲のごとく輩出した
幕末三大道場として知られるのが、
千葉周作の北辰一刀流 玄武館
桃井春蔵の鏡新明智流 士学館
そしてこの本の主人公・斉藤弥九郎の神道無念流 練兵館
です。
(伊庭八郎の心形刀流 練武館を含めて四大道場という
数え方もあるそうです)
練兵館には、高杉晋作や桂小五郎など
長州藩士が多く通っていたと記憶しており、
斉藤弥九郎の名は昔から知ってました。
ただ、千葉周作と違って、
どういう人物だったかを知る
取っ掛かりが少なく、
本著を通じてはじめて、
その人となりに接する取っ掛かりを得られた気がします。
斉藤弥九郎さんは
越中の百姓の家に生まれ、
徒手空拳から歴史に名を残した人です。
ビルディングロマンス
として面白く読めたのはもちろんですが、
若き日の江川太郎左衛門や渡邉崋山との交流や、
当時の心ある武士が何を考え、どう振舞ってきたのか?
について描いている点が魅力的です。
それともうひとつ。
登場人物の心のひだが、
実に細かく描写されている印象をもちます。
登場人物のこころの動きがじぶんのそれと重なり、
気づいたら、彼らと自分の境目が途切れ、
本の世界に没入している自分にハッとさせられます。
とくに、富山から江戸に出てくる道中の描写は、
秀逸でした。
それともうひとつ感じたのが
偉大なる凡人
という風景です。
こういう言い方をすれば失礼かもしれませんが、
斎藤さんという人は、もともと小器用で、
何をやっても上手にできるタイプなんですね。
そろばんもできる、本も読める、体も大きい、
教えるのもうまい、剣術もうまい、女にもモテる・・・
なにをさせても、ほどほどにバランスよく才能があるんです。
ふつうなら魅力を感じないでしょう。
それなのに本著の斎藤さんは
なぜか魅力的です。
思うに、脇を固める登場人物が、通常の作品以上に
魅力的に描かれているからではないでしょうか?
生涯の伴侶・小岩
やたら声のでかい渡辺崋山
韮山のきかん気小僧・江川太郎左衛門
そして藤田東湖。
ドラマでも何でもそうですが、
魅力的な脇役がいない作品は
面白くありません。
またこの本には、江川家の出自がわかりやすく
描かれています。
韮山反射炉で知られる江川太郎左衛門は旗本ですが、
江川家は旗本の中でも別格の家柄なんですね。
その理由を初めて知りました。とても面白かったです。
鉄砲=卑怯
というあやまった武士道ばなしに
冒されていない点もおススメできるポイントです。
戦後日本の道場に対するイメージでは、
道場は「技を学ぶ場」ですが、
江戸期の道場は、
そういうものではなかったのでは?
という気がずっとしていました。
この本を読んで、ようやく
その穴を埋めることができました。
明治の軍事近代化が成功した背景基盤は、
斉藤弥九郎をはじめとする江戸の兵法家たちが
築いたのではないか?そんなことを思っています。
知られざる幕末の重要人物に光を当てた、
心に沁みるものがたりです。
一読をお勧めします。

『不抜の剣』
植松三十里
2016/4/28発行
http://okigunnji.com/url/106/
エンリケ
追伸
[目次] 第一章  町道場主
第二章  雪深き故郷
第三章  戈(ほこ)を止める
第四章  救民の幟旗(のぼりばた)
第五章  江戸湾の海防
第六章  執拗なる排斥
第七章  尊王攘夷
第八章  小五郎入門
第九章  黒船来航
第十章  孝と不孝
第十一章 最後の飛翔
[著者紹介] 植松三十里(うえまつ みどり)
昭和52年、東京女子大学史学科卒業。出版社勤務、7年間の在米生活、
建築都市デザイン事務所勤務などを経て、平成15年に『桑港(サンフランシスコ)にて』
で歴史文学賞、21年に『群青 日本海軍の礎を築いた男』で第28回新田次郎文学賞、
『彫残二人』(文庫化時に『命の版木』に改題)で第15回中山義秋文学賞を受賞。
『家康の子』『黒鉄の志士たち』『リタとマッサン』『調印の階段』『大正の后』
『志士の峠』『繭と絆 富岡製糸場ものがたり』など著書多数。
『不抜の剣』
植松三十里
2016/4/28発行
http://okigunnji.com/url/106/