今も受け継がれる「アノニマ(偽名)」制度―外人部隊の真実(5)


はじめに
 初めてのメルマガ連載に不安がありましたが、読者の方々から
さまざまなお便りをいただき、執筆の励みになります。
ご支援ありがとうございます。
 さて、本連載の元になっています、『外人部隊125の真実』が
いよいよ最終段階まで来ました。大袈裟ではなく構想3年、
執筆に1年かかりました。2014年末に17年半の外人部隊生活を
終えて以来、ずっとこの本にかかりきりでした。これができるのも
毎月、軍人恩給が支給されているからで、外人部隊に感謝して
います。本の詳細は、近日中にお知らせできると思います。
 
今回は、フランス外人部隊特有の「偽名」について紹介します。
これは過去から受け継がれている外人部隊で最も有名な伝統
と言えるでしょう。
「偽名を与える」というと「指名手配犯や犯罪者を匿(かくま)うため」
と思われがちですが、それは誤解です。現代の外人部隊には
指名手配犯や、殺人、麻薬密売、強姦などの重罪を犯した者は
入隊できません。十分な志願者を確保できる現在、そのような者
を入隊させるメリットも必要もありません。
 仮に志願者のウソが見抜けず重犯罪者を入隊させてしまっても、
後日、露見した段階で、部隊側はその部隊兵を強制除隊させ、
指名手配者であれば警察などに引き渡します。外人部隊はウソ
をつく志願者や、部隊兵を非常に嫌います。
 志願者の一部には、何らかの理由で外部とのコンタクトを
いっさい絶ちたいと申し出る者がいます。理由はさまざまですが、
家族や友人間のトラブルが最も多く、次に仕事上のトラブルでしょうか。
 この「厳格なアノニマ(偽名)」を活用すると、本人の意思で過去
と決別し、まったくの別人となることができます。
 しかし、在隊中は非常に不便な生活を強いられることになります。
外部とのコンタクトはいっさい断つことになるため、家族、友人、
知人などとの連絡は禁止、休暇中の海外渡航も禁止、受けられる
特技課程も幅が狭くなり、携帯電話はプリペイド式のもの以外は
不可です。仲間に写真を撮られることも控えなくてはなりません。
 通常1任期5年を終えれば、営外居住や結婚、車の購入など、
民間人とほぼ同様の生活を送ることが可能ですが、「厳格なアノニマ」
の部隊兵にはそれらがすべて禁じられているのです。そのような生活
をずっと続けるのはほぼ不可能で、私の知る限り、5年以上
そのような生活をしていた部隊兵は皆無です。
 それでは本編に入りましょう。
▼今も受け継がれる「アノニマ(偽名)」制度
 外人部隊は、その創設期から志願者の申告する身分での入隊
を認めてきた。入隊時に全員、仮の身分となるので、RSMの手続き
を終えない限り部隊兵は基本的に「偽名者扱い」となる。
 これとは別に、志願者のごく一部には、さまざまな理由から外部
との接触を絶ちたいと申し出る者もいる。志願者の抱えている問題
の中身により、部隊側から「外部との接触をすべて絶て」と言われる
こともある。このような処置を「厳格なアノニマ(偽名)」と呼ぶ。
 たとえば、コロンビア人の麻薬捜査官であるモントーヤ・カルロスは、
地元の麻薬カルテルに潜入調査を行なっていた。しかし正体がバレ
命の危険を感じた彼は、カルテルの暗殺者から逃れるためフランス
に渡り外人部隊に志願した。
 部隊側は彼が麻薬捜査官であった経歴を信用し入隊を許可する。
そして彼に及ぶであろう危険から守るために「厳格なアノニマ」を与える。
 入隊時にモントーヤ・カルロスは「マルチネス・コンスタンチノ」という
偽名を与えられ、生年月日など、すべての個人情報は部隊側により
書き換えられ、まったくの別人となった。
 在隊中、モントーヤの家族を装った麻薬カルテルから、
パリのコロンビア大使館を通じて、彼の情報を提供するよう部隊側
に何度も要請がきた。そのたびに部隊側は「モントーヤ・カルロスなる者
は存在しない」と突っぱねた。実際、マルチネス・コンスタンチノとして
入隊しているので、モントーヤ・カルロスは部隊に存在しないのだ。
それから何年間か在隊し、危険性が薄らいだと判断したマルチネスは、
警務部の許可を得てRSMの手続きをして本名に戻した。
 そしてフランス国籍も取得し、フランス人風に改名した。外部から
当該者である部隊兵の情報開示を求められても、相手がその部隊兵
の本名や生年月日程度しか知らないのであれば、部隊側は
「そのような名前の者は存在しない」と突っぱねることができる。
外人部隊は創設期から入隊者を外部の干渉から守ってきた。
しかし、相手側がすべての情報を持っていれば、応じないわけには
いかなくなる。部外者がすべての情報を入手することはかなりむずかしい
だろう。
 このように「厳格なアノニマ」の対象者の存在は、よほどのことが
ない限りバレることはないが、些細なミスから露見してしまうことがほとんどだ。
「外部との接触をすべて絶て」と言われているのに、家族が心配で
手紙を書いてしまい、その家族を監視していた者に手紙を読まれて、
外人部隊にいることが発覚してしまうのだ。ありがちなミスである。
 また「厳格なアノニマ」の対象者が犯罪をおこした場合、強制的に
即刻除隊させられる。部隊としてそのような者を守る義務はない。
(つづく)
(ごうだ・ひろき)
【著者紹介】
合田洋樹(ごうだ・ひろき)
1978年神奈川県生まれ。都内の高校卒業後18歳で渡仏。
1997年フランス外人部隊に入隊。計17年半勤務し2014年11月除隊。
最終階級は上級伍長。在隊中は主に第2外人落下傘連隊に在隊し、
ジブチの第13外人准旅団にも計3年在隊。長い在隊期間中の約11年間
を後方支援中隊にて事務員として勤め、そのうちの5年半を警務課で
勤務。外人部隊を深く理解するうえでこの部署での経験が非常に役立つ。
『外人部隊125の真実』を近く出版予定。ほかに第2外人落下傘連隊に
ついての電子書籍版を執筆中。
《長期派遣歴》
1997年01998年ジブチ、2009年02011年ジブチ
《短期派遣歴》
1999年ボスニア、2000年ガボン、2001年ジブチ、2002年ギアナ、
2004年ジブチ、2006年ジブチ、2010年カタール、2011年ウガンダ