『坂井三郎の零戦操縦(増補版)~真剣勝負に待ったなし~』 世良光弘

2019年2月6日

この本で一番目を引くのは、表紙と裏表紙にある人物写真です。
表紙には、帝国海軍の高高度飛行用電熱服を身にまとい、腕組みをしてカメラを見据える若き戦闘機乗り。
裏表紙には、白いタートルネックセーターを着、笑みを浮かべながら鋭い目つきでカメラを見据えるメガネ姿の老人。
が、それぞれ映っています。
表紙の若者と裏表紙の老人は、同一人物です。



■この人物は・・・
「大空のサムライ」 坂井三郎さんです。
坂井三郎さんについて、本著から引用してご紹介します。
<坂井三郎(さかい・さぶろう)
大正5年生まれ。青山学院中等部を中退後、昭和8年海軍入隊。戦艦霧島、
榛名の砲手をへて戦闘機パイロットとなる。初陣の昭和13年以来、96艦戦、
零戦を駆って太平洋戦争の大空で最後まで活躍し、敵機大小64機の撃墜記録
を持つエースとなる。著作に「坂井三郎空戦記録」「大空のサムライ」
「零戦の運命」「零戦の最後」など多数。平成12年9月没。享年84歳>
「零戦といえば坂井」
と称される超有名人です。
大東亜戦争勃発から終戦2日後の昭和20年8月17日まで、
大空で戦いつづけた「わが撃墜王」です。
当時、世界で誰も撃墜したことのなかった、
米陸軍が誇る空の要塞「B17爆撃機」をはじめて撃墜した方としても
よく知られています。
坂井さんについては、こんな声も聞きました。
<防大で坂井三郎の素晴らしい講演を聴いたことがあります。
坂井さんは下士官であったため、日本での評価が少し低いのが残念です。
広瀬中佐に並ぶぐらいの英雄です>
 ー退役将校さんー
<戦後に出版された大東亜戦争の戦記や記録の類は信用してません。
読むのは、源田実と坂井三郎だけです>
 ーteruteruさんー
 (帝国陸軍第一航空軍の機上通信下士官 「ある通信兵のおはなし」著者)
■本著は、
坂井三郎さんから「お前は平成の2番機だ」といわれるほど信頼
され、公私にわたる付き合いをしてきた編著者の世良さんが、
「零戦操縦の実際」「空戦ノウハウ」について坂井さんから直接聞き取り、
まとめあげた本です。
聞き取りには60時間以上の時間をかけたそうです。
初版は2001年6月に出ており、
約10年経った今年、実に興味深い内容の増補が行なわれています。
■ひとことでいえば、
この本を一言でいえば、
「エースパイロット・坂井三郎が、零戦操縦の実際を直接語った」本です。
離陸の方法や機への乗り方なども書かれています。
この種の本を楽しく読める方もいらっしゃると思いますが、
「今生きる私たちが、しかもパイロットでも軍人でもないのに、
零戦操縦の実際の姿やエースパイロットの話を知ってどうするんだよ?」
という疑問をお持ちの方もいらっしゃると思います。
この疑問を解く鍵は、本文中にあります。
<戦争で何が起きたか記す時には、人の生き死にをカッコイイものとして
「商売」にしてはならないと思う。
飛行機を操縦し、大空に散っていったのは「人間」であることを忘れないで
いただきたい。とくに海軍機や搭乗員の世界を描いた最近の作品は美辞麗句
で飾られているようであるが、事実を歪曲して何の意味があるのだろうか。
軍籍になかった評論家の方々がつくりだす、あたかもその場に居合わせた
ような「話」は、時折「真実」から離れることがある。パイロットのことは
パイロットにしかわからないようなことも存在するし、「伝説」と「真実」
は異なる場合が多い。>(P38~40)
この本を通じてホンモノの戦闘機乗りの世界に触れ、接することで、
戦争を知らない世代でも、空の戦いにまつわるニセモノ、ひいては
戦争・軍人をめぐる話のニセモノを見抜く感覚が身につく一助になると
思うんですね。
つまり坂井さんは
「零戦マニアじゃないからね。バイバイ」と素通りするには、
あまりに惜しいホンモノだということです。
■また、
今を生きる空軍パイロットの方にもぜひお読みいただきたいです。
当時とは技術も何もかも違うと思いますが、
搭乗するパイロットだけは、当時と変わらぬ「人間」です。
「撃墜王・坂井さんの心理」は関心あることと存じます。
その内面を伝える貴重な資料としても、参考になる本と思います。
■娘の目から見た坂井三郎
この本には、
坂井さんのお嬢さんである坂井スマート道子さんの手記もあります。
一部を紹介します。
<坂井の人間性を形容する時、彼が戦闘機パイロットとして示したさまざまな
能力を、象徴的に羅列するのは容易である。では私たちはそこから何を学ぶべ
きなのだろう。
慎重にして大胆な行動力、恐怖に直面してもたじろがない体験に支えられた
自信と演出力、状況に応じて全体を把握する力、それに加えた機転の速さなど、
こうした能力のすべてを仮に身につけていたとしても、これらを総合的に高い
レベルで駆使するとなると、選りすぐりのパイロットたちのような精鋭でなけ
れば日夜実践することは困難かもしれない。
しかし、こうした能力は、決して飛行機乗りや軍人にだけ有効なのでなく、
私自身を含むごく平凡な一般人の毎日の生活の中にあっても、向上させる努力
に値する要素だと思う。>(P213~214)
<このように、坂井の非凡さは、積み重ねた体験の豊富さによる部分が多く、
決して努力なくして特殊の域に達してしまう天才のそれではなかったと私は
解釈している。
ここで最も重要なのは、小さなことでも心をこめて日夜続けるという、意志で
ある。父はそれを戦場で体得した。そして戦後の一般民間人としての生活の中
で、その自覚をより深めていったのだと思う。>(P215)
<日本人読者からの支援を軽んじて申し上げるのでは決してないが、とくに
旧敵国であるアメリカの国民およびアメリカ軍が坂井に示した歴史的評価、
そして父自身の人格に対する尊敬、世界的価値としての表示は注目すべきで
あると私は信じる。>(P216)
(「父・坂井三郎の思い出」より )
このお嬢さんの言葉こそが、坂井さんのご存在の何たるかを、
なにより雄弁に語っているように私には思えます。
ここで紹介した言葉にもありますとおり、
坂井さんは、戦場で体得した、<小さなことでも心をこめて日夜続けるとい
う、意志>を、<戦後の一般民間人としての生活の中で、その自覚をより
深めていった>方なんだと思います。
「大東亜戦争後も戦中と変わらぬ努力をたゆまず続け、進化の歩みを止め
なかった」
もしかしたら坂井三郎さんにとって、敵と戦った戦中よりも同胞の無理解と
戦った戦後こそが、真の戦いの日々だったのかもしれないな、とも思います。
■オススメします
当たり前の話ですが、
本を読むときは、表紙からはじまって裏表紙に至ります。
その間に本文があります。
この本には、
表紙写真の若き戦闘機乗りの時代から裏表紙写真の老人の時代に
至る人生のなかで、坂井さんが時間を追って掴み取ってきた
知識・経験・教訓・感情・・・のすべてが、
「平成の2番機」世良さんを通じて詰め込まれています。
時間を形にし、経験を形にし、教訓を形にして
後世に引き継ぐことのできる「本」への畏敬の念を
改めて覚えています。
・軍用機や零戦・空戦ファンの方が満足できる専門性を持ちます
・活字が苦手な方でも入りやすい、質の高い劇画があります
・自分の日々の生活・人生の質を高めるヒントがたくさんあります
・ホンモノの人の言葉からなる本です
・戦場で体得した坂井さんの数々の教訓は、実生活でも役に立ちます
オススメしない理由が見当たりません。
本日ご紹介したのは

『坂井三郎の零戦操縦(増補版)~真剣勝負に待ったなし~』
編著:世良光弘
出版社:並木書房
発行日:2009/4/15(初版 2001/6/15)
でした。
次回もお楽しみに
(エンリケ航海王子)
追伸
2000年9月に鬼籍に入られた坂井三郎さんのご冥福を、改めて
お祈りします。これからも、そちらの世界から祖国をお護りください。
「大空のサムライ」の最新刊を
いま手にとることのできる悦びを
あなたと分かち合いたいものです。
■もくじ
読者の皆さまへ
はじめに
 空戦の「極意」を身につけた者だけが生き残る
 最悪でも引き分けに持ち込むべし
 格闘戦は窮地に陥った時の脱出法と考えよ
 落とす瞬間に次の敵機の動きを予測する
 零戦はオリジナルの二一型が最高だった
第1章 エースパイロットの条件
 零戦と私の稀有な運命の巡り合わせ
 戦後になってはじめてエースと呼ばれる
 エースの条件とは
 パイロットとしての「誇り」
 空戦の極意は「先手必勝」
 死との直面
 パイロットに必要な資質
第2章 生まれながらに完成した名機
 長大なる航続力が零戦の特長
 奇跡的な航続力が基地まで運んでくれた
 零戦の栄光と悲劇
コミック 天空乱舞(坂井三郎/原作・吉原昌弘/画)
第3章 零戦操縦法
 各装置の点検と確認
 零戦登場の手順
 舵の効きをチェックする
 燃料計とAMCフリーの確認
 栄二一型エンジンを始動させる
 「出発準備OK!」
 離陸の手順
 巡航状態で七・七ミリ機銃を試射する
第4章 空戦の極意
 その1 見張り能力を高めよ!
 その2 敵の機首前方に出てはならない!
 その3 早撃ち、長撃ちは絶対にするな!
 その4 射撃の極意
 その5 射撃に有利な後ろ下方をとれ!
 その6 射弾回避と反撃は同時にするな!
 帰還してはじめて一人前のパイロット
 戦果の確認
 「戦闘機パイロットに天才はいない」
第5章 零戦とライバル機たち
 零戦の性能を追いこした米戦闘機
 零戦後継機の「紫電改」
 「誉」エンジンの不調
 大空の”宮本武蔵”の死
 「紫電改」とその搭乗員たち
 制空戦闘機と迎撃戦闘機
 私の選んだベスト戦闘機
終章 坂井三郎に学ぶ「必勝の心得」
「父・坂井三郎の思い出」(坂井スマート道子)
編著者あとがき
本日ご紹介したのは

『坂井三郎の零戦操縦(増補版)~真剣勝負に待ったなし~』
編著:世良光弘
出版社:並木書房
発行日:2009/4/15(初版 2001/6/15)
でした。
【090612配信 メールマガジン「軍事情報」(本の紹介)より】