トーチ作戦とインテリジェンス(22) 長南政義

2019年2月6日

【前回までのあらすじ】
本連載は、1940年から1942年11月8日に実施されたトーチ作戦(連合国軍によるモロッコおよびアルジェリアへの上陸作戦のコードネーム。トーチとは「たいまつ」の意味)までのフランス領北アフリカにおける、米国務省と共同実施された連合国の戦略作戦情報の役割についての考察である。
前回から、アフリカ機関を中心とする英国のインテリジェンス活動について述べている。
メルセルケビール海戦後ヴィシー政権との関係が悪化した英国は、諜報員をフランスおよびその植民地領には派遣できなかった。英国は、フランス領北アフリカで諜報活動を展開できなかったのだ。英国はこの問題を解決するために一人のポーランド人をフランス領北アフリカに送り込んだ。
1941年7月、英国は、アルジェリアを拠点とする、フランス領北アフリカにおける秘密インテリジェンス・ネットワーク確立のためにM・Z・“リガー”・スロヴィコフスキー(M・Z・“Rygor” Slowikowski)を派遣したのである。
この時、彼につけられたコードネームが厳格なを意味する「リガー」(Rygor)であり、彼の機関につけられたコードネームが「アフリカ」であった。
一般にこの種のインテリジェンス活動は記録が残りにくいのであるが、彼は、軍で受けた情報将校教育で学んだことに反して、ロンドンの官僚主義から自分自身の身の安全を図る手段として、ロンドンから受領したメッセージの目録および金銭出納簿の形式で、自身の活動に関する日記をつけていた。これが、本連載でも登場した彼の回想録『シークレット・サービスで勤務して ~たいまつに火を点けて~』執筆の際に使われ、戦史研究者に格好の資料を提供している。本連載でも、彼の回想録を基に、英国で公開された政府機関の関係文書により回想録の記述を補強にしながら、話を進めることとする。
今回は、アフリカ機関創設について、特にその情報収集の対象となった事項が何かを中心に考察を進めることとする。
【ロンドンからの「情報要求」】
1941年7月21日、“リガー“はアルジェリアに到着した。アフリカに到着してから間もなく、リガーはロンドンから出された最初のメッセージを受領した。そのメッセージには、彼が一から創設することになる新しい機関が収集すべき情報が何かが書かれてあった。本連載で以前「情報サイクル」(①リクワイメント(情報要求)→②情報(インフォメーション)収集→③情報分析・評価(インフォメーションのインテリジェンス化)→④インテリジェンスの配布→⑤フィードバック)の話をしたことがあるが、その最初のステップである「情報要求」がロンドンから出されたのである。
ロンドンに亡命中のポーランド情報部の中央局は、リガーに対して以下の情報を望んだ。すなわち、リガーが以下の事項に関して報告すべきだというのである。
①「フランス領北アフリカにおける防空防衛」の実態に関して。
②フランス領北アフリカから「ドイツへ向けて送られる軍需資材の輸送状態およびアルジェリアの鉄道網の状態」に関して。
③「ダカールでの仕事が始まったか否か。『ハーディガーディ』(双方向無線受信器)が準備できたかどうか」に関して。
④「ドクターというカヴァーが使用できたか否か」に関して。
リガーは、1941年7月22日から1942年111月12日までの期間に、ロンドンから1244通ものメッセージを受領しているが、このメッセージがロンドンから彼が受領した最初のメッセージであった。
【AFO実施に必要な情報を収集せよ】
上陸作戦実施前に展開されるアドバンス・フォース・オペレーション(Advance force operations:AFO 敵地奥深くに潜入し情報収集や破壊工作などを実行する作戦)や情報収集は栄光に満ちたものでもなければ華々しいものでもない。OSSの創設者であるウィリアム・ドノヴァン大佐と同様に、ルーズヴェルト大統領もチャーチル首相もこの点を理解していた。フランス領北アフリカへの侵攻作戦はOSSが実施した最初のAFOであった。
リガーはロンドンと無線を通じてメッセージのやりとりをしていた。リガーがロンドンから受領した1244通ものメッセージの中には、AFOの実施に必要となる情報を要求する内容のものもあった。たとえば、
①港湾に所在する特定のフランス海軍艦艇の活動状態を特定すること、
②大西洋・地中海沿岸に沿って所在する港湾の防衛状態を特定すること、
③独仏休戦委員会に対して引き渡される資源の種類に関すること、
④港湾を出入りする商船の名前と種類に関すること、
⑤港湾を出入りする商船の積荷目録と貨物の種類に関すること、
などの情報を収集しロンドンに向けて送ることが、リガーに要求されたのであった。
【「スパイ」とは何か?】
我々がよく使う「スパイ」とは、広義的には、機関員(インテリジェンス・オフィサー)と協力者(エージェント)とを包含した言葉である。
機関員(インテリジェンス・オフィサー)とは、情報機関の要員であり、対象国の重要情報にアクセスしやすい人物を協力者として獲得し、これにより対象国内に協力者のネットワークを構築・運営して、このネットワークを使用して情報収集活動を展開する人物を指す。
他方、協力者(エージェント)とは、主として対象国の市民であり、機関員が構築したネットワークの末端員として、対象国内で機関員が希望する情報を直接収集する人物でを指す。
【諜報員にどんな情報を収集させるのか? ―リガーがつくった情報要求リスト】
リガーは活動の初期にロンドンから受信した情報要求を基に、情報将校としての自身の経験を加味して、彼がつくろうとしているアフリカ機関の機関員(インテリジェンス・オフィサー)が注意すべき事項や、彼らが現在リクルート中の協力者(エージェント)を使って情報収集を始めた時に収集すべき情報要求リストを作成した。
「あなた方の情報収集活動が始まった時、あなた方の未来の協力者(エージェント)が特に注意をはらうべき特定事項が存在する。すなわち、以下の事項である。
1、協力者は、陸軍部隊を確認した時は以下の情報が求められていることに注意しなければならない。
 (ア)守備隊が駐屯している都市名
 (イ)部隊名
 (ウ)部隊の規模と構成。すなわち、聯隊か、中隊か、大隊かという点
 (エ)装備している兵器について。例えば、砲兵部隊の場合、重砲か?対空砲か?対戦車砲か?というような砲の種類について。機甲部隊の場合は、戦車および装甲車輛の重量について
 (オ)弾薬の種類と量
 (カ)兵士の士気およびその政治的志向について
2、空軍部隊を発見した場合は以下の特定事項に関する情報を収集すべきである。
 (ア)航空機の種類と機数
 (イ)爆弾・弾薬・燃料の貯蔵量
 (ウ)格納庫
(エ)滑走路の規模
3、海軍に関する情報収集事項は、海軍・商船・港湾に分けることができる。我が機関に派遣される海軍問題の専門家がマルセーユから到着するまでの間、船舶の出入港を監視しなければならない。船舶の数と船名、水兵が被る水兵帽のペンネントに記載されている船名や艦隊名に特に注意すべきである。商船を例にとると以下の点に関して情報を収集すべきである。
 (ア)船名
 (イ)入港時刻
 (ウ)どこの港からやってきたのか?
 (エ)航海時間
 (オ)目的地
 (カ)積荷」
リガーがリスト化した情報要求には他にも、船舶の要員の状態や地元住民の活動や連合国軍の上陸作戦の噂に対する反応といったものがあったが、リガーがこのような情報収集活動の指針を明確に示したことで、協力者たちはリクルートされた直後から担当地域の情報を効果的に収集することが可能となったのである。