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1918年当時のウィロビー

1918年当時のウィロビー

■はじめに

前2回の連載で、マッカーサーと米極東軍参謀部第二部(G2:情報部)部長としてその首席情報幕僚を務めるチャールズ・ウィロビー陸軍少将が、1950年11月に実施された人民義勇軍の反攻作戦の意図を見抜けなかった経緯を、6月の朝鮮戦争勃発から11月の国連軍の敗北までの事態の進展を織り交ぜながら説明してきた。

特に、マッカーサーが、周囲の反対の声を押し切って強行した仁川上陸作戦を実行し成功に導いた後に、みずからの能力を過信し、米第8軍司令官ウォルトン・ウォーカー陸軍中将に代表される自分の意見に反対する人物を冷遇するようになったことを指摘するとともに、本来は先入観を排して客観的に情報を評価・分析する立場にあるウィロビーが、マッカーサーのイエスマンと化してしまい、11月の早い時期に中国共産党が朝鮮戦争に決定的な介入を行う意図を有する旨の確実なインフォメーションを多数「入手」していたにもかかわらず、そのインフォメーションから人民義勇軍が攻撃を準備していることを「評価」することに失敗した――インフォメーションをインテリジェンス化することに失敗した――ことを説明してきた。

そのうえで、以下の3つの疑問点を提示した。

◎疑問1:予測分析の問題
「伝説的な戦争指導者」マッカーサーと米陸軍において最も経験豊富な情報将校の1人であるウィロビーという、能力と経験の点で米軍でも随一の2人が、中国政府高官が戦略レベルで発した警告が多数あったにもかかわらず、なぜ中国が朝鮮戦争に介入するであろうということを「予測することに失敗」したのであろうか。

◎疑問2:制度的機能障不全
共産中国が北朝鮮領内に大規模部隊を投入したとする多くの証拠が存在したにもかかわらず共産中国が朝鮮戦争に介入しないと結論付けたウィロビーの情報分析に影響を与えた「制度的要因」とはどのようなものであろうか。

◎疑問3:人的・政治的要因
ウィロビーの個性と前歴が彼の情報評価の手法やマッカーサーとの個人的関係にどのように影響しているのだろうか。

という3つの疑問を提示し、以後の連載でこの3つの疑問について考察すると述べた。今回から数回にわたって、第1の疑問である「予測分析の問題」について詳しく説明してみようと思う。

■予測分析の失敗

彭徳懐率いる人民義勇軍が鴨緑江を渡河する20日前、中華人民共和国の政務院総理兼外交部長(日本の総理大臣兼外務大臣に相当)周恩来は駐華インド大使を通じて米国に対し最後の警告を発している。

周恩来は「米国が戦争を拡大するつもりで38度線を越境しようとしている。もし米軍が実際にそのような行動に出たならば、我々はそれを座視できないし、無関心のままいることはできない」と述べ、国連軍が38度線を越えた場合には中国が朝鮮戦争に介入する可能性を示唆したのである。

これをうけて、米国大統領トルーマンはマッカーサーに対して中国が朝鮮戦争に参戦する可能性を尋ねている。ウィロビーらのG2(情報部)からの報告を基にした、マッカーサーの回答は中国の参戦を否定する内容であった。それでは、なぜ、マッカーサーの首席情報幕僚であるウィロビーは中国の「警告」を無視したのであろうか?

予測分析(Predictive intelligence analysis)は、しばしば矛盾しあい、誤った情報と曖昧な情報で満ち溢れる、莫大な量の情報を評価することで生み出される。

朝鮮戦争開戦から5か月の間、ウィロビーが利用可能であった情報もこの例に漏れず、矛盾と誤報と曖昧さに満ちた情報であった。しかし、ウィロビーがそうした情報を注意深く分析していたならば国連軍に大損害を与えようとする中華人民共和国の意図と能力を察知できたはずである。

利用可能なインフォメーション(部分的で断片的な情報資料)を分析し、指揮官が戦場において健全な意思決定が可能なようにインテリジェンス(断片的な情報資料を繋ぎ合わせて全体的局面を判断できる情報)を指揮官に提供するのが、情報将校の任務であり、米極東軍参謀部第二部(G2:情報部)部長としてのウィロビーの職責もその点にあった。

では、1950年7月から11月にかけてウィロビーはどのようなインフォメーションを利用可能であり、ウィロビーはそれをどう分析したのであろうか。

中国共産党が朝鮮戦争に介入する意図と能力を示す戦略的・戦術的レベルでの明白な徴候は存在し、ウィロビーがマッカーサーに中国は米軍と戦う決心をしたと警告を与える時間的余裕も存在した。

11月7日までに、朝鮮半島の戦場にいる多くの指揮官や日本の第一生命ビルに司令部を置くマッカーサーとその幕僚、さらにはワシントンの関係諸機関は、人民義勇軍が鴨緑江を越えてかなりの規模の部隊を北朝鮮領内に浸透させたということを認識していたからである。

このような認識にもかかわらず、ウィロビーは、人民義勇軍が北朝鮮領内深く前進した国連軍を撃破するために反攻作戦を実行する準備をしているということを予測できなかった。

ウィロビーは人民義勇軍の反攻準備を把握することには成功していたのであるが、1950年11月24日に実施されたマッカーサーの鴨緑江への攻勢作戦以前に、人民義勇軍の反攻「意図」を予測することに失敗したのである。

換言するならば、国連軍が仁川上陸作戦以来の戦勝に活気づき、米国政府が戦争を早期に終結するよう急き立てた結果、ウィロビーはミラー・イメージの犠牲となり、マッカーサーの作戦計画に盲従したことにより予測分析に失敗したともいえよう。

しかしながら、歴史の結果を知るわれわれ後世人が、後知恵に基づきウィロビーやマッカーサーが「失敗した」事実を捉え、彼らを非難することは容易であろう。

「歴史は繰り返す」という名言があるが、私も含めた歴史家はこの名言が誤りであることを知っている。実は、「歴史は繰り返さない。ただ、同じ状況に置かれた人間の思考パターンが繰り返されるだけである」というべきなのである。

だとするならば、後世の亀鑑とする意味で、ウィロビーや、マッカーサーが「失敗した」ことを批判するだけではなく、彼らが「どうして」失敗したのかについて探究する姿勢が重要であろう。

■警告を発していた中国政府

中国共産党が朝鮮戦争に介入することを示す最初の徴候は、10月最終週から11月の第1週にかけて現われていた。

その徴候は、戦略レベルでは冒頭で述べた周恩来を始めとする中国指導者による政治的警告として、戦術レベルでは満州側の鴨緑江岸に展開する人民義勇軍の大幅な増強や米軍・韓国軍が捕虜にした人民義勇軍兵士からの尋問証言という形をとっていた。

ウィロビーはこうしたインフォメーションに気づいていたが、そうしたインフォメーションを、中国が大規模兵力で朝鮮戦争に介入することを意図している決定的な証拠としてインテリジェンス化できなかった。

朝鮮戦争に介入するという中国指導部の意図に関する戦略的警告は、中国首脳が意図的に流した声明の形としてだけではなく、CIAなどの米国情報機関による情報報告や情報分析の中にも登場した。

CIAだけではなくウィロビーも、7月から10月初旬にかけての中国側の鴨緑江岸における人民義勇軍の大増強および戦争関連インフラの整備を確認していたが、両者ともに中国の「意図」がどこにあるのかを確認するのに苦労していた。

しかし、中国が外交ルートを通じてその目的を米国側に伝えようと試みていたことを示す明らかな徴候が存在したのも事実である。

中国による警告は北朝鮮軍の進撃が韓国領内の洛東江で鈍って以降、着実に高まりを見せており、国連軍が仁川上陸の成功とその後の戦闘で北朝鮮軍を潰走に追い込むことで朝鮮戦争の性格を釜山橋頭堡内での防勢作戦から攻勢作戦へと一変させてからは、その警告は強さを帯びるようになった。

■米国の意図に対する毛沢東の疑念

人民解放軍総司令として毛沢東の首席幕僚を務める朱徳は、北朝鮮軍がいまだに釜山橋頭堡に向けて快進撃を続けていたにもかかわらず、1950年7月下旬までに、北朝鮮軍は共産党体制下での朝鮮半島統一という目的を最早達成できないと断言していた。

そして、この情勢認識に基づき、中国指導者層は朝鮮半島に部隊を投入する準備を始めることとなった。

朝鮮戦争勃発時点で、毛沢東の安全保障上の最優先課題は台湾侵攻にあったが、朝鮮戦争勃発に伴う米第7艦隊の台湾海峡への展開は、台湾に侵攻し国民党政権を打倒するという毛沢東の計画を妨害するという、米国が意図していない副作用をもたらした。

さらに、1950年1月、米国国務長官ディーン・アチソンが「米国が責任をもつ防衛ラインは、フィリピン――沖縄――日本――アリューシャン列島までである。それ以外の地域は責任をもたない」と述べ、有名な「アチソン・ライン」を設定していたにもかかわらず、米国がアチソン声明を反故にして朝鮮戦争に参戦したことは、毛沢東をして中国の安全保障上の優先順位を再評価させることとなった。

毛沢東の脳裏に2つの疑問が不気味な色を帯びて浮かんでいた。米国はなぜ朝鮮半島に部隊を投入したのか、そしてなぜ米国政府は台湾への支援を強化しようとしているのか、という疑問である。

その当時の毛沢東が置かれた状況を分析した歴史家のセルゲイ・ゴルチャコフは、「毛沢東にとってその答えは明白なように思えた。毛沢東は、米国の真の狙いは中国そのものに脅かすことにあるとの結論を導き出し、その結論に応じた行動を開始した」と指摘している。

この毛沢東による米国に対する不信感の結果、人民解放軍は、朝鮮半島での米国との戦闘を予期して、台湾対岸の福建省沿岸地域から満州へと大規模な部隊移動を開始したのである。

■韓国軍の38度線越境と中国政府によるさらなる警告

朝鮮戦争の継続は紛争の拡大につながるであろうという、8月22日のソ連大使から国連へ出された声明の後、中国のレトリックはますます熱を帯びるようになった。このソ連大使による懸念は十分な根拠に基づくものであった。既述した如く中国はすでに朝鮮戦争参戦への道をたどり始めていたからである。

9月22日、中国はさらなる警告を発した。日本の外務省に相当するする中国外交部が「中国は常に朝鮮人民の側に立つであろう」と明言した声明を発したのである。

この声明は、共産中国が、少なく見積もっても、北朝鮮に対し秘密裡に支援を提供するという、CIAおよびウィロビーが指導する極東軍司令部参謀第二部(G2=情報部)の想定を裏付けるものであった。

9月15日に仁川上陸作戦が成功し、北朝鮮軍が攻勢から潰走へと転じた後の9月30日、周恩来は「中国人民は外国の侵攻を絶対に看過できないし、隣国が帝国主義者によって残酷に侵略されるのを黙って見ているつもりもない」との警告を発している。

10月1日、「祖国統一の好機」と踏んだ李承晩大統領の命を受けた、国連軍に所属する韓国軍部隊が、米第8軍の承認を受けて、単独で38度線を越え北朝鮮領内に侵入した。韓国軍の38度線越境は、米国とその同盟国が鴨緑江に向け進軍しつつあるという明白な証拠を毛沢東に提供することとなり、自国の安全保障に関する毛沢東の懸念を強めることとなった。

中国指導部は、国連軍が38度線を越える以前に、北朝鮮軍が崩壊しつつあると認識していた。そのため周恩来は、米国政府や国連に伝わることを意図して明確な警告を発していた。10月3日のことである。

周恩来は駐華インド大使K・M・パニッカルに対し、「米国が戦争を拡大するつもりで38度線を越境しようとしている。もし米軍が実際にそのような行動に出たならば、我々はそれを座視できないし、無関心のままいることはできない。我々は介入することになるだろう」と述べた。パニッカルは10月4日、英国に周恩来の発言を伝え、さらに英国は米国にこの周恩来の発言を伝達した。

米国の情報コミュニテイーが鴨緑江を挟んで北朝鮮と境界を接する満州に展開する人民解放軍部隊が増強されていることを把握したが、周恩来は「我々は介入する」と断言することにより、これまで米国が見過ごしてきた中国政府の意図を、インド大使を通すという「間接的手法」によってではあるが明確に警告したのである。

■パニッカルに対する米国の不信感

しかしながら、周恩来が警告を発する際に用いた「間接的手法」が思わぬ結果を招くこととなった。というのも、米国の指導者層は、パニッカルに共産主義的傾向があり、反米感情を有していた過去があったため、パニッカルを信頼していなかったのである。このことに加えて、中国に駐在するパニッカルから本国への報告書にはブレが存在したことが問題をややこしくした。

周恩来の「介入」発言に先立つこと一週間前、パニッカルは、中国が朝鮮半島に部隊を派遣することを「疑問視」する旨の報告を行っていたのである。中国政府の意図に関するパニッカルの矛盾した説明が、ウィロビーおよびワシントンの指導者層の脳裡で、パニッカルの情報源としての価値に疑惑の度合いを強めさせる結果となった。

1950年から1952年にかけてホワイトハウスの副報道官を務めたロジャー・タビーはパニッカルを経由しての中国の警告は「不明確」であったと述べ、次のように回顧している。「このこと[周恩来による警告]がポーカー・ゲームであったのか、それとも真のものであったのかは、決してわからないであろう。北京駐在のインド大使は中国が本当に介入するであろうという知らせをわれわれにもたらしてくれたが、彼は過去の機会に際しむしろ信頼ならざる情報源であったのだ」。

タビーによるパニッカルへの不信感にもかかわらず、国務省フィリピン・東南アジア局に勤務し、最近アジアから帰国したばかりのジョン・メイビーは、中国がインド大使を通じて発した重大な脅迫について同僚たちに警告を発しようと試みた。

「私は、たとえあなたがパニッカーのことをどのように考えようとも、この男に注意を払うべきだと主張した。パニッカーは中国政府筋に良いコネクションを持っている。したがって、もし、パニッカーが『中国に気をつけろ。もし米国が38度線を越えたならば中国が介入するだろう』と述べているとするならば、より注意深くならねばならない。というのも、それこそが中国が実行に移すことであろうことだからである」。

しかしながら、メイビーの忠告は米国政府内で大きな影響力を持たなかった。つまり、中国首脳部がメッセージの伝達者として選択した人物が米国政府内部で疑念の目で見られていた人物であったため、周恩来、ひいては毛沢東によるワシントンに対する警告は、彼らが意図した抑止効果を持たない結果となったのである。

■国務長官ディーン・アチソンとミラー・イメージ

国務長官ディーン・アチソンは、共産中国が長期間に及ぶ国民党との内戦からいまだに回復しておらず、朝鮮半島において米国と交戦する能力を保持していないとする国務省内の中国専門家の意見に影響を受けていた。1951年に開かれたマッカーサーに対する聴聞会の間、彼は中国が介入しないだろうと考えた理由を次のように説明している。

理由1:朝鮮戦争参戦に必要となる訓練された部隊数が大規模となる公算が高い。
理由2:中国政府の内部統制が中国の朝鮮戦争参戦により弱体化する可能性がある。
理由3:中国が朝鮮戦争に参戦することにより得られる利益が存在しない。
理由4:朝鮮戦争参戦により国際社会における中国の地位が低下する可能性がある。

情勢判断の失敗を分析する際に使用される用語に、「ミラー・イメージ」(他者が自分と同一の価値観に依拠して行動すると考える)がある。アチソンの陳述は、自国と同じ行動規範に基礎を置いて中国の行動を判断するという典型的なミラー・イメージが米国政府内に浸透していたことを図らずも実証している。

10月11日、国連軍による北朝鮮領内への進撃を懸念する中国外交部は、次のような不吉な声明を出している。「米軍が大規模兵力で38度線を越えようとしているいまこの時、中国人民は、朝鮮侵略により生み出されるこのような重大な状況を傍観することはできない」。そして、この声明が国連軍の進軍に対し懸念を表明する最後の公式声明となった。この声明から三日後に人民義勇軍は鴨緑江を渡河し北朝鮮領内への浸透を開始するのである。

(以下次号)

(長南政義)

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