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米軍ヘリに搭乗するエジプト軍部隊

米軍ヘリに搭乗するエジプト軍部隊

▼ウィロビーの情報分析に依存する国防総省

ウィロビー率いる極東軍司令部参謀第2部は、毎日開催されるテレカンファレンスにおいて、陸軍省にアップデートされた最新の情報を提供していた。その際、ウィロビーや彼の部下たちは、陸軍参謀総長ロートン・コリンズ大将およびコリンズの情報幕僚に朝鮮半島の情況に関する評価を示していた。その結果、ウィロビーの提出する情報日報が、米陸軍省参謀第2部により毎日刊行される統合情勢日報(Joint Daily Situation Report:SITREP)を含む大部分の情報報告書および情報分析の基礎となった。

毎日開催される国防総省とのテレカンファレンスで情報日報を口述する他に、ウィロビーは「日日情報要約(Daily Intelligence Summary)」を印刷文書でも刊行していた。

ウィロビーは印刷版の日日情報要約をクーリエを使ってワシントンに送付しており、印刷版の日日情報要約はウィロビーがテレカンファレンスで自身の分析結果を公表してから数日以内にワシントンに到着した。

▼CIAによるウィロビー依存

国防総省内の各部局が情報の大部分を東京のウィロビー率いる極東軍司令部参謀部第2部の情報分析に頼っていただけではなく、CIAが出す「朝鮮情勢に関する日日情報要約」の作成の基礎となる情報の大部分も極東軍司令部参謀第2部の情勢分析に由来するものであった。

CIAは、「情報覚書」や「国家情報見積り」の形式で、情勢分析結果の報告書を政策意思決定者に提供していた。「情報覚書」や「国家情報見積り」は、国家レベルの意思決定を支援する目的で作成されるCIAの代表的な情報分析報告書であり、ワシントンにいる大統領や統合参謀本部議長といった政治・軍事の指導者層のみならず、東京の極東軍司令部にも配布されていた。CIAは、戦略レベルの上級指導者のために独自の情勢分析を提供するために、CIA独自の情報源に基づく報告に極東軍司令部参謀部第2部からの情報を融合させて、これらの報告書を作成していた。

そのため、ウィロビーの情報分析が、極東軍総司令官マッカーサーだけでなくワシントンにいる国家レベルの意思決定者が入手可能なインテリジェンスを支配してしまうことになり、その結果として、陸軍が極東軍司令部参謀第2部の情報分析に依存するだけではなく、CIAもウィロビーによる情報分析をCIA自身が刊行する国家情報見積りなどの報告書類に反映させてしまう事態につながってしまったのである。

▼シークレットとミステリー

1950年6月の北朝鮮による韓国侵略のすぐ後に、マッカーサーの率いる極東軍司令部は、朝鮮半島に関する前線からの報告に依拠して情報分析報告書を作成する責務を負うようになった。朝鮮戦争におけるインテリジェンスの失敗を分析したH.A.ウィールドは、1962年に出した著書『戦略的奇襲』(Strategic Surprise)の中で、朝鮮戦争に関するインテリジェンスがほとんど排他的にウィロビーの支配下にあった点を指摘して、次のように述べている。

「ウィロビーによる陸軍省への情報日報が、朝鮮半島に関する中国共産党の能力および意図に関する主たる情報源を構成していた。ウィロビーにより提出される朝鮮半島での軍事作戦に関する国連への隔週刊の報告書により朝鮮半島での事件が詳述された後で、これらの報告書が持つ意味がまとめられた。陸軍省への情報日報が、1950年の秋に、北朝鮮に介入する中国共産党の『能力』について納得できるようなイメージを作り上げた。中国共産党の『意図』に関する状況は、はるかに不鮮明なものであったが、敵の意図に関するインテリジェンスというものは決して明らかにならないものなのだ」

ウィールドの指摘は、シークレットとパズルに関する興味深い論点を示唆するものである。「シークレット」とは、たとえば敵国の兵器の種類や数量など、秘密ではあるが存在自体は確実なものを意味する。一方の「ミステリー」とは、敵国の未来の政策や意図など、存在自体が疑わしく、だれにも回答できないものを意味する。

一般に、インテリジェンスは、「シークレットの分野に関する情報収集は可能」であるが、「ミステリーの領域に関する情報収集や分析は不可能」とされている。ミステリーである敵の意図は、意思決定者自身にしかわからないし、周囲の人間や環境的要因が介入することにより、当初の意思決定者の企図が異なる判断に変化する可能性もあるのである。

しかし、ウィロビーはインテリジェンスが解決不能な「ミステリー=中国共産党の意図」の分野に足を踏み込んでいた。確かに、ウィロビーは後にその著書『マッカーサー:1941~1951年』(MacArthur: 1941-1951)のなかで、敵の意図を明らかにすることは自身の能力を超えたものであったと述べている。しかし、このウィロビーの証言は事実に反する。
朝鮮戦争当時のウィロビーは、極東軍司令部参謀部第2部の情報日報に記録されているように、何度も中国の意図に関して自身の評価を提供しているのである。

なかでも最も注目すべき事例は、10月28日の情報日報で、ウィロビーが「戦術的観点からすると、勝利を得た米軍諸師団が朝鮮半島各地に展開しており、介入のための最良の時機はずっと以前に過ぎてしまったように思われる。もし、朝鮮戦争への介入が計画されていたとしても、北朝鮮軍の残党が軍事力としての能力を最低まで低下させたような時期にまで、その計画の実行が延期されていると信じることは困難である」と述べ、中国政府による朝鮮戦争への介入に関し否定的結論を下していることである。

この連載で何度か指摘したように、周恩来を始めとする中国要人から、中国政府はもし国連軍が38度線を越えたならば戦争に介入するという公式声明が何度も出され、そうした公式声明を裏付ける前線からの報告が存在したにもかかわらず、ウィロビーは、人民義勇軍が決定的な攻勢作戦を実行すると的確な予想をすることに失敗したのである。

▼インフォメーションから正しい評価を導き出すことの困難さ

マッカーサーの極東軍司令部は、2週間ごとに戦争活動に関する報告書を国連に提出していた。マッカーサーの幕僚たちは、自分たちが職務を担当した期間(いくつかのケースでは数週間担当した場合もある)の後に国連へ提出する報告書を刊行したため、極東軍司令部の幕僚たちはマッカーサーに有利なように報告書の内容を操作することができた。

その代表例が11月6日付の国連に対して提出された極東軍司令部の報告書である。11月6日付の報告書は10月最後の2週間を記述範囲としていた。この報告書では、人民義勇軍が朝鮮半島に展開していることは認めたものの、そこからいかなる決定的な結論も導き出していなかった。換言するならば、この報告書の中でウィロビーは、10月25日に発生した韓国軍第1歩兵師団と中国側との最初の接触や、米第1騎兵師団が10月末に捕らえた中国人兵士捕虜に対する尋問報告を含む人民義勇軍部隊と国連軍との間に生じていた最新の戦闘報告に基づいて情報分析・評価を行うことに失敗したのである。

この一件はインテリジェンスが抱える難しい問題を象徴する事例である。インテリジェンスとは、そのままでは使用することができない周囲に存在する生情報(インフォメーション)に何らかの判断や評価を加えたものである。この事例では、人民義勇軍との交戦報告という「インフォメーション(事実)」は存在したものの、ウィロビーは、マッカーサーの作戦計画に有利なように、人民義勇軍と国連軍との交戦が持つ重要性を軽視する「評価」を下していたのである。この事例は、インテリジェンスが作り出される過程において、分析官のさじ加減1つでインフォメーションから歪められた分析結果が導き出される危険性が存在することを示す象徴的な事例といえよう。

▼やましき沈黙と不可解な弁明

マッカーサー率いる極東軍司令部は、11月6日付報告が出されてから51日もの間、次の報告書を国連に提出しなかった。すなわち、極東軍司令部は11月1日から11月15日までの極めて重要な期間沈黙し続けたのである。この期間に発生した事件には、米第8騎兵連隊の敗走につながる米軍部隊と人民義勇軍との最初の交戦(雲山の戦い)や、米第10軍団の作戦地域において人民義勇軍部隊が確認されたことなどが含まれる。

11月6日から51日後に提出された国連への報告書は、満州にある中国側の聖域が戦場ときわめて近接していたことが十分な偵察を妨げていたと指摘することで、清川江で人民義勇軍から奇襲を受けたことを正当化している。しかしながら、この報告書は、米空軍の偵察機部隊が、10月18日という早い時期に、約100機近くのソ連製戦闘機を含む人民義勇軍部隊が中朝国境で集結中であることを確認していたという事実を正確に反映していない。

さらに、ウィロビーが11月3日に陸軍省第2部に提出した報告書にも、中国から北朝鮮へと向けて続くとてもひどい車両渋滞が確認された旨の記載が存在する。

つまり、極東軍司令部が、人民解放軍の奇襲を受けた理由として指摘した「十分な偵察が妨げられていた」という弁明は不正確なものであったのだ。

▼さらに続く不可解な説明

この事例の他にもウィロビーは国連に対し不正確な報告書を提出している。極東軍司令部が12月27日に国連に提出した極東軍司令部第9号報告および第10号報告がそれである。

11月16日から11月30日までの期間を記述対象とした第9号報告は決定的内容でなかったが、12月1日から12月15日までを対象とした第10号報告は人民義勇軍21個師団が朝鮮戦争に参戦している点を強調している。

第10号報告は、マッカーサーによる鴨緑江への攻勢作戦に関し、「国連軍の攻撃は成功裏に進展し、中国共産党の兵力と意図を暴き出した」と述べることで、マッカーサーが指揮し失敗に終った攻勢作戦に対して積極的で肯定的な意味づけを行っている。

さらにマッカーサーは、鴨緑江へ向かう攻勢作戦を「威力偵察であり、この威力偵察によって人民義勇軍が時期尚早の攻撃を行ったのだ」と宣言することで、11月24日の攻撃を熱心に正当化している。

ウィロビーの著書『マッカーサー:1941~1951年』でも、国連軍の攻勢企図を説明する際に、マッカーサーと同じく「威力偵察」であると表現を使用している。ウィロビーは著書の中で歴史を自らとマッカーサーにとって都合のいいように改竄しようとしたのである。

(以下次号)

(長南政義)


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