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創刊2000年10月のメールマガジン「軍事情報」です。

300px-Operation_Torch_-_mapはじめに
本連載は、1940年から1942年11月8日に実施されたトーチ作戦(連合国軍によるモロッコおよびアルジェリアへの上陸作戦のコードネーム。トーチとは「たいまつ」の意味)までのフランス領北アフリカにおける、米国務省と共同実施された連合国の戦略作戦情報の役割についての考察である。

前回は、戦間期から第二次世界大戦参戦直後までの米国のインテリジェンスの状態について述べた。

第二次大戦参戦以前の米国は、人間を媒介とした諜報活動であるヒューミントで代表的なコバート・アクション(秘密活動)を本格的に展開する能力に欠けていた。

戦間期にインテリジェンスの空白期間が存在したことが、1941年12月7日(ハワイ時間。日本時間では8日)の真珠湾攻撃を招いた原因の一つとなった。真珠湾攻撃の後に米国国内で巻き起こった政府に対する非難の声は、米国政府のインテリジェンス収集分析の真実の状態を鋭く衝く形となったのである。

実のところ、ルーズヴェルト大統領とその側近たちは、米国のインテリジェンス機関の能力が不充分であることをずっと以前から知っていた。当時の米国の主要なインテリジェンス機関には、FBI、米国陸軍情報局および米国海軍情報局の三つが存在した。しかし、これらの機関が行うインテリジェンス活動は重複しあう部分が多かったといえよう。

そのため、ルーズヴェルト大統領は、インテリジェンス活動の重複は、資源の浪費であり、予算を高騰させ、非効率であると考えた。この事態を重く見たルーズヴェルト大統領はインテリジェンス機関同士の活動を調整することの必要性を公然と述べると共に、活動の未調整から生じる空白部分をうめようと試みた。

すなわち、ルーズヴェルトは、世界中で情報を収集する活動を調整する任務を国務次官補ジョージ・ストラウサー・メッサースミスに課したり、インテリジェンス活動のために自分の友人たちを雇ったりしたのである。

ルーズヴェルトがインテリジェンス活動のために登用した人物のなかでも、米国のインテリジェンス機関発展にとって特に重要な人物が、ウィリアム・ジョセフ・ドノヴァン陸軍大佐であった。

今回と次回の二回にわたり、ウィリアム・ドノヴァンの略歴とその活動について述べることとする。

第一次世界大戦の英雄だった法律家“ワイルド・ビル”・ドノヴァン

「CIAの父」とのあだ名を持つウィリアム・ジョセフ・“ワイルド・ビル”・ドノヴァンは、ニューヨーク州のバッファローでアイルランド系移民の子として生まれた。成長し、コロンビア・ロー・スクールを卒業したドノヴァンは、ウォール街で有力な弁護士の一人となった。ドノヴァンは、弁護士として成功し、かなりの財産を築いている。
第一次世界大戦が勃発すると、陸軍少佐として第四十二歩兵師団第百六十五連隊第一大隊を率い欧州大陸に出征し、1918年10月14日~15日のセント・ジョルジュ附近の戦闘で活躍し、米軍において最高位の勲章である名誉勲章を受章した。ドノヴァンは、終戦までに陸軍大佐に昇進し、殊勲十字章と名誉戦傷章を受章しているというから、軍人としても有能であった。

戦間期のドノヴァンは後に大統領となるハーバート・フーヴァー支持の共和党員であり、1922年から1924年にかけてニューヨーク西部地区の連邦検事として禁酒法違反を摘発することに務めている。1922年には共和党員としてニューヨーク副知事選に、1932年にはニューヨーク州知事選に立候補し、落選している。

ドノヴァンは、法律家として成功していたが、潜在的敵国から祖国を防衛するために必要なインテリジェンスで祖国を防衛するということに深い関心を抱いていた。

米国内における敵国の諜報活動を阻止せよ

情報戦の用語に、第五列という言葉がある。第五列とは、戦争中に敵の内部に潜入して破壊工作や諜報活動などに従事する人間、換言すると諜報員や工作員などのことを指す言葉だ。1936年のスペイン内戦当時、共和国政府が防衛するマドリードを4個軍団で構成される反政府軍が攻撃した。
その際に、反政府軍側の将軍エミリオ・モラ・ビダルが、ラジオを通じて「我々は4個軍団をマドリードに向け進軍させている。人民戦線政府が支配するマドリード市内にも我々に共鳴する5番目の軍団が戦いを始めるだろう」と述べた。第五列という言葉はこのビダル将軍の発言に起源を有する。

ドノヴァンは、自身が参戦した第一次世界大戦における諜報活動や、自身が視察したスペイン内戦における第五列の活動がいかに重要であったかを明確に認識していた人物であり、新たなる大戦において敵国の諜報活動が米国内で活発に展開されるような事態にさせてはいけないと決意していた。

ルーズヴェルトとドノヴァンとの最初の出会いとドノヴァンのエチオピア視察

ルーズヴェルトがドノヴァンと最初に会ったのは、ルーズヴェルトが海軍次官のポストについていた戦間期のことであった。この時、ルーズヴェルトはドノヴァンに欧州の現地調査旅行を依頼した。

1920年、ドノヴァンは最初にシベリアを訪問し、反ボルシェビキ活動と日本の活動を視察し、報告書をルーズヴェルトに送った。ルーズヴェルトとの関係は1933年にルーズヴェルトが大統領に就任した後も続いた。ドノヴァンは、1935年から1936年にかけて、イタリア陸軍とその作戦活動を視察するためにエチオピアを訪問している。この当時、イタリアとエチオピアとの間で第二次エチオピア戦争が勃発しており、現地情報の収集が必要であったのだ。

ドノヴァンはエチオピアを向けて米国を出発したが、その途中でイタリアに立ち寄り、時のイタリア王国首相ベニト・ムッソリーニと会見を行っている。ここでドノヴァンはムッソリーニと面白い取引を行っている。ドノヴァンは、アフリカの角と呼ばれる

アフリカ大陸東端のソマリア全域とエチオピアの一部などを占める地域におけるイタリア軍の活動を視察し、偏見のない報告を提供するためにイタリアに戻るという条件付きで、ムッソリーニ自身からエチオピアを訪問する許可を取り付けたのである。

2ヶ月におよぶ視察旅行の後、ドノヴァンはローマ経由でワシントンに帰還し、エチオピアにおけるイタリア陸軍の活動に関する分析とムッソリーニとの会見の模様をルーズヴェルト大統領に報告している。

ドノヴァンによるスペイン内戦視察

次にルーズヴェルト大統領がドノヴァンを送った先はスペインであった。ルーズヴェルトは進行中のスペイン内戦を視察し報告書を書くようにドノヴァンに命じたのである。既述したように、ドノヴァンは、この視察旅行を通じて、スペイン内戦での第五列の活動に注目している。

イタリアやスペインといった欧州諸国の視察を通じて、ドノヴァンは、欧州で第二の世界大戦が勃発することは回避できないと信じるようになった。また、このような視察旅行を通じて、ドノヴァンはルーズヴェルト大統領から注目されると共に個人的な親交を深めていった。

1939年9月、第二次世界大戦勃発すると、ルーズヴェルトは、戦時体制への移行を進めていった。その過程で、ジョージ・ストラウサー・メッサースミスなどの有能で信頼できる人物を抜擢していったことは既述したとおりである。ドノヴァンもその一人で、ルーズヴェルト政権下で海軍長官を務めていたフランク・ノックスの推薦によって抜擢され、ルーズヴェルトから重要任務を任されるようになった。

ドノヴァン、英国の継戦能力を分析するために英国に派遣される

1940年7月16日、ルーズヴェルト大統領は、英国の防衛体制に関する再調査を行わせるためにドノヴァンを英国に派遣した。この当時、ナチス・ドイツは、英国本土に対する上陸作戦(作戦名:あしか作戦)を実行しようとしていた。
あしか作戦実行の条件の1つとして英国空軍の無力化が必要であり、7月10日からあしか作戦の前哨戦として英国本土の制空権獲得を目的としたバトル・オブ・ブリテンと呼ばれる航空戦が英独両軍間で展開されていた。
ドノヴァンは、ルーズヴェルト大統領から、英国がドイツの侵略に耐えうるか否かを調査せよとの命を受け、ドイツ空軍の空襲を耐え抜く英国の耐久力や抗戦意志を確かめるために英国本土へ送り出されたのである。

英国での視察を終え米国に帰還したドノヴァンは、英国がドイツ軍の攻撃に物理的に耐えうることが可能であるだけでなく、時の英国首相ウィンストン・チャーチルが英国にとって最も暗黒の時代にもかかわらず国民の抗戦意志を鼓舞することに成功しているとの報告をルーズヴェルトに提出した。

しかし、ドノヴァンの報告は、ジョン・F・ケネディの父である当時の駐英国大使ジョセフ・ケネディの分析とは異なるものであった。

(以下次号)

(ちょうなん・まさよし)


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