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武士道精神の実践:ペリリュー島守傭隊長 中川州男大佐

time 2013/06/07

中川州男陸軍大佐(戦死後特進。最終階級は陸軍中将)

中川州男陸軍大佐(戦死後特進。最終階級は陸軍中将)

こんにちは。日本兵法研究会会長の家村です。

本メルマガ記事「武士道精神入門」も3月に連載を開始して以来、「武士道概説(3月)」、「武士たちが遺した教え(4~5月)」といった流れで進めてまいりました。そして、いよいよ今回から「武士道精神の実践」に入ります。

 全部で十回にわたり、時代を問わず「武士道精神」を実践した武人たちの感動的な物語を紹介いたします。

 日本人が長い歴史を通じて培い、磨き上げ、守り続けてきた価値観や伝統精神が『武士道精神』です。「精神」なるがゆえに、姿や形が無く、目には見えません。しかし、確実に「存在する」ものであることを、優れた先人たちの言動や生きざまの中から感じ取ってまいりましょう。

 遠い南の島パラオに、日本の歌を歌う老人がいました。

 「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」

 沖の島を指差しながら、老人はつぶやきました。大東亜戦争の時、その老人は村の若者たちと共に日本軍の陣地作りに参加しました。日本兵と仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたといいます。
 パラオ諸島は最初はスペイン、次いでドイツの植民地でした。第一次世界大戦(一九一四年)が始まって、ドイツに宣戦布告した日本は、パラオのドイツ守備隊を降伏させます。戦後、国際連盟はパラオを「委任統治領」として日本に面倒を見させることにしました。
 当時のパラオ先住民の人口は、約六千人。スペインの植民地になる前の人口は約六万人だったといいますから、いかに白人の植民地政策がすさまじいものだったかわかるでしょう。
 日本は、パラオに南洋庁を置き、稲作や野菜、果実の栽培を伝えました。また、缶詰やビールなどの工場を建設。道路を造り、橋を架け、電話をひき、学校、病院をつくるなど、数々のインフラを整備しました。パラオ人は文字を持っていませんでした。そこで、小学校では日本の教科書を使い、平等に日本語教育を施しました。小学校一年で九九を暗唱したといいます。日本教育を経験した人は「学校の厳しいしつけが人生に役立った」といっています。

 1941(昭和16)年、日本とアメリカの戦争が始まりました。パラオ・ペリュリュー島は、日本にとって、グアムやサイパンの後方支援基地として、また、日本の「絶対的防衛圏」として重要な拠点でした。しかし逆に、アメリカ軍にとっては、フィリピン奪回の最大の障害がペリリュー島の日本軍基地だったのです。
 アメリカ太平洋艦隊は、チェスター・ニミッツ提督の指揮のもと、ペリリュー島の攻略作戦を開始しました。この時点で、ペリリュー島の住民は約九百名。米軍が迫りくることを察知した住民たちは話し合いました。彼らは、白人統治の時代と日本統治の時代の両方とも経験しています。日本兵と仲良くなって、日本の歌を一緒に歌った住民たちの決断は・・・、「大人も子供も、力を合わせて日本軍とともに戦おう!」でした。

 いつも温厚で優しい隊長なら、自分たちの頼みをきいてくれるに違いない。きっと一緒に戦うことを許してくれる・・・。意を決した住民の代表たちは、ペリリュー島の守備隊長である中川州男(なかがわくにお)大佐を訪れました。
 そして、中川隊長に「自分たちも一緒に戦わせてほしい」と申し出ます。それを開いた中川隊長は、驚くような大声をあげて答えました。それは・・・、

 「大日本帝国の軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるかっ!」

 住民たちは驚きました。「日本人は・・・、仲間だと信じていたのに、見せかけだったのか・・・」
 「帝国軍人が、貴様ら土人、と一緒に戦えるかっ!」という中川隊長のひどい言葉。「日本人は仲間だと信じていたのに…」。日本人に裏切られた思いで、悔し涙が流れました。

 そして数日。パラオ本島に避難するため、ペリリュー島を去る日がきました。港に見送りの日本兵の姿は一つもありませんでした。
 住民たちは、がっかりして船に乗り込んでいきます。そして、出港の合図が鳴り、船が岸辺を離れました。すると、次の瞬間です。ペリリュー島に残る日本兵全員が、浜に走り出てきました。そして、住民たちと一緒に歌った日本の歌を歌いながら、ちぎれるほど手を振って彼らを見送っているではありませんか。ともに過ごしてきた兵隊さんの顔、顔、顔・・・。先頭には笑顔で手を振る中川隊長。

 その時、船上の住民たちはすべてを理解しました。「日本の兵隊さんたちは、我々の命を助けるために、あんな態度をとったのだ」と。遠く岸辺に見える日本兵に向かって、住民たちは号泣しながら、ちぎれんばかりに手を振りました。誰もが泣いていました。

 1944年9月12日、ペリリュー島の戦いが始まりました。「日本軍1万」対「米軍4万8千」。
 米軍の持つ火力は、日本軍の数百倍です。猛烈な爆撃と艦砲射撃で日本軍が浴びた砲弾は、何と17万発・4千トンに達し、ジャングルは完全に焼き払らわれました。一人の日本兵を倒すのに1589発の砲弾を使用した計算になるそうです。
 9月15日、「三日で占領できる」と豪語して、米軍海兵隊2万8千名が上陸を開始しました。対する日本軍は、どうしていたのでしょうか?
 実は、地下深く穴を掘り、米軍の上陸を待ち構えていたのです。自在に往き来できるようにトンネルでつないだ地下壕や洞穴は、何と五百ケ所以上。一人用の壕「タコツボ」も無数に掘り、ペリリュー全島を要塞化していたのです。中川隊長の統率はみごとでした。

 米軍上陸直後、水際での戦闘は壮絶でした。米軍の第一次上陸部隊は大損害を受け、退却を余儀なくさせるほどでした。米兵の血で海岸が赤く染まり、今でもこの海岸は「オレンジビーチ」と呼ばれています。

 10月30日、米軍第一海兵師団が全滅。主力部隊が損失率四~六割を超え、「戦闘能力喪失」と判定され、差し替えが続きます。米軍はその上陸作戦史上、最大の損害を出してしまいました。
 三日で占領するはずだった戦いは七十日も続く激戦になりました。その間、日本軍には補給がありませんので、徐々に劣勢に陥っていきました。米軍の火炎放射器と手榴弾によって、日本軍の洞穴陣地は次々と陥ちていきました。食料も水もなくなりました。

 11月24日、日本軍は弾薬・兵力ともに尽き、中川州男隊長は玉砕を決意し、割腹して自決します。享年四十七でした。
 残存兵力55名による最後の総攻撃に際して、ペリリュー島から日本本土に向けて電文が送られました。その言葉は「サクラサクラ」。
 ペリリュー守備隊全員が、桜花のごとく散ったことを意味しています。こうして11月27日、ついにべリリュー島は米軍に占領されました。

 米太平洋艦隊司令長官のニミッツは、命を捧げて愛する祖国を守ろうとした日本兵に強く心を打たれ、ペリリュー島守備隊の勇戦を讃えて、次の詩を作っています。

  この島を訪れるもろもろの国の旅人たちよ
  故郷に帰ったら伝えてくれよ
  日本軍人が全員玉砕して果てた
  この壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を

 日本軍 戦死者1万695名。
 米軍  戦死者2336名、戦傷者8450名。
 島の住民 死者・負傷者0名。

 ペリリュー島の戦いは、住民に一人の犠牲者も出さなかったことで知られています。

 戦後、パラオはアメリカに統治されることになりました。しかし、1981年、ついにパラオは独立を果たします。独立にあたり、国旗を制定することになり、国民からデザインを募集しました。その結果、日の丸とよく似た今のデザインが採用されました。
 周囲の青は太平洋の海の色。真ん中の黄色い円は満月を表しています。月は日本の国旗「日の丸」の太陽に照らされて輝く。日本とパラオの深い友好関係を示しているのだそうです。
 パラオ国旗の満月は、日の丸と違い、中心から少しズレていますね。「日本に失礼だから」とわざと中心をはずしたのだといいます。パラオの人々の控えめな性格が伝わってきます。(出典:某中学校 道徳教育資料)

(「ペリリュー島守傭隊長 中川州男大佐」終り)

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