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戦略漫遊記 ──『インド洋圏が,世界を動かす』書評

time 2013/02/05

戦略漫遊記 ──『インド洋圏が,世界を動かす』書評

インド洋圏が、世界を動かす: モンスーンが結ぶ躍進国家群はどこへ向かうのか
Robert D. Kaplan 著
本体価格 :\2600
出版 :インターシフト
サイズ :19 x 13.4 x 3.6 cm / 528p
ISBN :978-4772695329
発行日 :2012/7/6

評価
★★★★
 キーワードは「多様性」

 「インド洋圏」は,概念的には決して新しいものではない──解説にも述べられている(p.522)ように,日本では「海のシルクロード」という言葉で知られている──ものの,それが「これからの国際社会の動向の中心に位置する」としたところがミソ.蟹味噌.
 著者曰く,
「私がこの本で主張したいのは,〔中略〕21世紀の『広域インド洋の地図』が,20世紀で『ヨーロッパの地図』が占めていた立場にとって代わることになるかもしれない,ということだ」(p.10)

 そしてその上で,アメリカに対し,その広域インド洋の多様性を認識して,発想の転換をせよ,と迫る内容に.

 たとえば,
「これからの時代の基地は,冷戦やそれ以前の時代に作られた,強固な軍事基地のような形ではなく,むしろ民間と軍の両方が使えるような潜在的なもの,そして当該の二国間関係の状態に完全に左右されるようなものになるはずだ」(p.30)

「インド洋は,隣接した中近東や中央アジアと共に,地政学における新しい『グレート・ゲーム』が展開される場なのだ」(p.32-33)

「単一の脅威を基にした同盟システムが,時代遅れである理由」(p.35-36)
「海洋の安全保障は,マーケットの力に動かされる」(p.36)
「インド洋周辺は,むしろメッテルニヒ式の『勢力均衡政治』へとつながる」(p.38)

「アメリカは民主制度というものを,法律や選挙のような基準から,杓子定規にとらえすぎる傾向があるように思う」「このような解釈は,アメリカのパワーを拡大するよりも,むしろ妨げる働きをする可能性さえある」(p.71)

「自国民をコントロールできない民主国家は,人権擁護という点では,独裁国家よりも酷い場合がある」(p.230)
「ポルトガルの征服は,後に行われたオランダやイギリスのそれと同じように,あらゆる帝国が陥りやすい『ダイナミズム』と『軽率さ』の両方を映し出している.そしてこれは,アメリカがこれから必死に学ばなければならない教訓を教えているのだ」(p.107)

「バングラディシュの例は,第三世界の悲劇が──「気候変動」という形で──正義と尊厳と言う,人間の基本的な要求から,強力な新しい政治の動きを,どのように生み出してきたのかを教えてくれる.アメリカのパワーの未来は,バングラディシュなどの国々の気候変動のような問題と,いかに関わり,対話していくのか,という点にもかかってくる」(p.226)

「効果のない説教主義に陥りやすい傾向」(p.364)
「インド洋と太平洋西部の,米軍の完全な支配状態が,次第に失われつつあるという実態」(p.422-424)
「強い米中関係は,21世紀の世界政治システムにとって,最高のシナリオとなるかもしれない」(p.425)

「アメリカはなるべく中国との共有点を探るべき」(p.443)
「多極状態に,何処までアメリカは責任を持って対処できるか?」(p.441-443)
「結局アメリカは自国の軍隊を,バランサーと見なさなければならなくなるだろう」(p.443-444)
等等.


 そして各章で,その多様性ぶりを紹介しているのだが,何しろそれぞれの地域について,深く突っ込んで書こうとすれば,それだけで本が何冊も書けるようなものであるだけに,シンボリックな事象の紹介にとどまる.


 以下,そのような「シンボリックな事象」:


 海運に占めるインド洋の大きな割合(p.24-25)
 インド洋は最も核武装化された海(p.25)
 「ビジョンと戦略」2008は,アメリカが大西洋北部やヨーロッパから,別の方面へ重心を移すという,歴史的変化(p.26)
 中国の「マラッカ・ジレンマ」(p.27-30)
 中国のインド洋進出は,商業的好機は決して逃すまいとする戦略によるもの(p.301-302)

 結局はアメリカのそれと同じところに行き着くことになるだろう,中国の挑戦(p.304)
 重要なのは,全体的なトレンドや,「非対称戦」能力,海軍面,経済面,領土面での要素の,クリエイティブな組み合わせによって,アジア全体に影響圏を作り上げる可能性を持つ国力のほう(p.426-427)
 陸ではかなり安全といえる,現在の中国(p.428)
 エネルギー需要の高まりが,中国の根本的な動機(p.428-429)
 「逆・万里の長城」(p.431-434)

 中国の権益が最も強く主張されており,かつ,リスクが最も高いのが南シナ海(p.434-436)
 クラ地峡運河の重要性(p.436-438)
 グワダルやハンバントタのような海軍基地が完全に整備されるかどうかは,正直なところ,かなり疑わしい(p.439)


 「香木のハイウェイ」(p.45-47)
 イスラームは「枠組み提供宗教」(p.53)
 オマーンはある意味,一つの「島」(p.61-62)
 パワー分散が,イエメンの弱点(p.63)
 カブース王とは?(p.64-71)

 統治者と被統治者の間の非公式な相談という形に近い,中東諸国の「民主制度」(p.71)
 宗教や部族という権威を通じた正義の実現が,中東諸国の目標(p.71-72)
 イバード派の教義に影響されているところがある,オマーンの冷静さ(p.72)
 オマーンにも波及しつつある,ドバイ式経済発展モデルの魅力(p.73)
 サラーサ港という「別ルート」を提供できる立場にあるオマーン(p.77-78)


 インド洋は余興的なものでしかなかったオスマン帝国(p.82)
 イスラームが身近な脅威であったイベリア半島(p.84)
 擬似十字軍的な,ポルトガルのインド洋への動き(p.85)

 「光と闇の戦い」のごとき捉えかたをされていたポルトガル(p.106)
 ポルトガルによる海上ルート確立によって誕生した「世界史」(p.88)
 相互利益的な海上交易の網を,ゆっくりとだが破壊したポルトガル(p.90-91)
 「奴隷帝国」であると共に「軍事帝国」でもあったポルトガル(p.93)


 グワダルへ行くには,パキスタン内務省から発行してもらわねばならない「非不服証明書(同意書)」(p.112)
 グワダル港を通じ,戦略的権益を固めておこうとしている,パキスタンと中国(p.114)

 パキスタンの軍事・文官政府が抱えてきた,様々な弱点・不利(p.119-120)
 グワダル開発で行われている土地略奪(p.121)
 バルチ族に対する,スローモーションの民族浄化(p.122-128)
 シンド州にとって,彼ら自身の失敗を痛感させる,インド・グジャラート州の近さと強さ(p.135)

 定期的に政府や議会を「掃除」する役割に大失敗している,パキスタン軍部(p.142)
 国境の脆さ(p.143)
 ブットー親子の写真は「暴徒に対する保険」(p.146)
 統一国家と言うより,複雑な族長連邦だった,モヘンジョダロやハラッパー(p.149)

 アフ【ガ】ーンで成功するためには,アフ【ガ】ーンとパキスタンとを一緒に安定させる必要が(p.197)
 イスラーム過激原理主義テロリストと一体化しつつある,パキスタン官僚組織(p.208)


 インドにとってのイランの価値(p.31)
 場合によっては間違った方向に行く可能性もあるインド(p.156)
 「2002年事件」とは?(p.157-162)
 今日まで遺恨を残す,ガズナ朝マフムード王の略奪行為(p.164-165)

 ITのおかげで現れてきた,数ある土着の宗教だった,ヒンドゥー主義やイスラームの,標準化・イデオロギー化(p.166-167)
 核兵器獲得へのインドの憧れ(p.167)
 ヒンドゥ至上主義の始まり(p.168-169)
 民族義勇団「パラチャラク」(p.169)

 ナレンドラ・モディとは?(p.170-184)
 「カリンガ効果」とは?(p.175-176)
 ムガール帝国のエリート達の団結と士気を失わせた,長期にわたる慢性的な叛乱(p.196-197)

 中国の西側の入り口を封鎖するための「金属の鎖」(p.201)
 今も深い影響を及ぼす,印中紛争におけるインドの敗北(p.203)
 陸上で中国が仕掛ける「囲い込み戦略」に直面するインド(p.203-204)
 カールワール港とは?(p.204)
 亜大陸の中で,唯一機能している国家,インド(p.213)

 民族グループ全てに権利を与えているという意味では,計り知れないほどの貢献をしている,インドの民主制(p.214)
 経済特区構想計画にとっては邪魔な存在となっている,コルカタの貧困者(p.257)
 荒廃したインド北東部を,ようやく解放する可能性がある,コルカタの陸路(p.259)
 他のインドの都市に欠けている,綺麗な上水が豊富にあるコルカタ(p.260)
 ロバート・クライブとは?(p.265-278)
 高まるカーゾンへの評価(p.282-284) ネオ・カーゾニズム(p.284-286,296-297)
 現実主義政策への回帰という意味合いがはるかに強いネオ・カーゾニズム(p.286-290)


 土が貴重なバングラディシュ(p.219-220)
 まるで機能しない中央政府と,市町村の委員会の間にある真空状態を,埋める役割を果たしているNGO(p.224-225)
 バングラディシュにおける,ワッハーブ派の伸張(p.226-230,232-233)

「バングラディシュは,文官が公的分野を支配しながらも,軍が背後で操るという,いわば文官と武官双方による,古いトルコ式の国家安全保障政権によって国を統治する運命にあるのかもしれない」(p.231)
 無視されるチッタゴン(p.233-234)
 ロヒンギャ族への悪評(p.239-241)
 村がカースト制度に縛られているため,都市への移住によって起こる,その制度の途絶(p.249-250)


 圧政的な,多数派民族による権利の表現手段として使われている,スリランカの「民主主義」(p.309)
 マルクス主義を信奉する民族主義者の暴動により失われた,1万5千(1971年)~5万5千(1989年)の死者(p.310)
 プラバカランとは?(p.311-315)

 統治権に関して公的責任を負わないところから生じている,タミルの虎やヒズボラ,アル=カーイダ,ターリバーンのような集団の,危うい永続性と致死性(p.315)
 ラジャパクサ王国とは?(p.317-320)
 政府軍の勝利が目前に迫ってきたとき,アメリカから閉じられてしまった「扉」(p.321) その機に乗じた中国の軍事支援(p.321-322)
 政策策定に当たって人権問題を重視する国と,それを重視しない国との,世界の二極化(p.323)

 スリランカで中国が完全に成功を収めることができていないのは,スリランカが政治地理的にインドの影響力の範囲内にあるため(p.323)
 相対的な問題に過ぎない,スリランカの中国寄り政策(p.324)
 タミル・ナードゥ州の存在により,スリランカとの関係において妥協を余儀なくされているインド(p.324)
 選挙の際には,少数派タミル人に頼らざるを得なかったラジャパクサ(p.327)


 危険なのは,ミャンマー政府軍よりも,むしろタイ軍(p.329)
 ミャンマーという国は,競争の「賞品」(p.334)
 ミャンマーにおいて,政府側,反政府側両方に接触している中国情報機関(p.336-337,350)
 ブッシュ政権のアジア軽視(p.337-338)
 互いに対立しているというよりも,単にばらばらなだけの,ミャンマーの各民族(p.338-339)

 1997年の,ミャンマー軍の攻勢による惨状(p.340)
 「フリー・ビルマ・レンジャーズ」とは?(p.341)
 ワ族とは?(p.342)
 「条件設定の民営化」(p.344)
 政権に忠実なのは最高幹部だけであり,他はいつ叛乱してもおかしくないミャンマー軍(p.345-347)

 中国の浸透の具体(p.348-349)
 道義性を置き去りにしているのは中国だけでなく,アメリカのパイプライン開発会社も同じ(p.350-351)
 アル=カーイダの影に怯えるあまり,大局的な戦略判断を誤っており,ミャンマーを戦略的に重要だとは考えていない,アメリカの特殊作戦関係者(p.352)
 ミャンマー最大の山岳民族,シャン族の価値(p.352-353)

「もしもアメリカが,少数民族に対する援助を拡大するのであれば,中国を怒らせるのではなく,ミャンマーで行儀良く振舞うよう,中国に対して静かな圧力をかける方法をとらなければならない」(p.355)
 さまざまな民族が歴史的にさまざまな地域から移住してきたという事実に起因する,ミャンマーの民族の多様性(p.357)

 ミャンマー民族概史(p.357-363)
 愚かさと,国民を物として扱う態度が特徴的な,ミャンマーの軍事政権(p.363-364)
 当面は軍部に指導的役割を果たしてもらう以外,選択肢無し(p.366)
 パンロン合意の精神に立ち返る道を見出す必要性(p.366-367)


 インドネシアの現代性の象徴,ジルバブ(p.373)
 イスラームの貿易布教(p.373-374)
「インドネシアにおいては,イスラームは文明を構築したのではなく,文明を盗用したのである」(p.374)
 インドネシアのイスラーム主流派,「アバンガン(融合派)」(p.374-375)

 反動的な効果をもたらした,インドネシア津波被害(p.376)
 津波と一緒に流し去られたゲリラ活動(p.377-378)
 イスラーム学者が自発的にリベラルな考え方を支持しているインドネシア(p.381)
 「プサントレン」の問題点(p.382)
 アルジャジーラの影響力(p.386)

 憎しみに満ちたワッハーブ派からの影響(p.387)
 イスラーム系市民団体「ナフダトゥル・ウラマー(UN)」とは?(p.388-389)
「過激な原理主義者は,敵対するにふさわしい敵を必要としている」(p.392)
 インドネシアにおいて当初,解放者として歓迎されたオランダ人(p.402)
 オランダ「帝国」の性格(p.403-407) その無情さと,その由来(p.407-411)
 オランダの植民地経営崩壊の理由(p.411-412)

 東欧においてユダヤ人が占めていた社会的地位を,インドネシアにおいて占めている中国人.「中国人は嫌われ者だ」(p.413)
 アメリカ太平洋軍が中国を,太平洋地域の同盟関係に引きずり込んで,結果的に中立させることが,インドネシアの希望(p.414)
 中国の強大な軍事力を前に,かつてないほど脆弱になっているインドネシア(p.414-416)
 インドネシア軍の戦略のキーワードは「忍耐力」(p.416)
 ますます中国の庇護下に入りつつあるマレーシア(p.417)
 ゆるやかな独裁主義の足元が,おぼつかなくなりつつあるシンガポール(p.418)


 投資国はアフリカで,地元が必要とする食糧よりも,輸出向け穀物を作る傾向強し(p.448-449)
 かなり曖昧になっている,「生産的投資」と「搾取」の境界(p.449)
 有線インフラの少なさを.アフリカが一気に飛び越えることが出来た,携帯電話ネットワークの発展(p.449)
 海賊の歴史と現在の実態(p.451-462)
 「ミニ・ルワンダ」(p.471-477,479-480)


 しかし正直言って,アメリカの発想の転換は,非常に困難といわざるを得ず.
 アメリカ・メディアが非常に内向きであることは,かねてから指摘される──例えば藤原帰一『戦争解禁』p.116-117──ところ.
 FOXテレビがイラクとエジプトを取り違えるようなレベルにあり.

 もし発想の転換を迫るなら,アメリカ国民の意識改革から始めねばならず,そしてどの国を問わず,「国民の意識改革」ほど困難なものはなし.
 また,発想の転換を促しているはずの著者自身,新しい中産階級にとって,「より良い政府,つまり民主制を求める声が高まっていくのは確実だといえる」(p.486)と,このように民主制をとらえている点にも疑問が.
 本書のオマーンの章が,そのような捉え方にたいする反証となっているにもかかわらず.


 高濃度.
 買え.

 多様なインド洋世界の入門書として.
(次のステップとしては,様々な該当関連書を当たられたし)

インド洋圏が、世界を動かす: モンスーンが結ぶ躍進国家群はどこへ向かうのか
Robert D. Kaplan 著
本体価格 :\2600
出版 :インターシフト
サイズ :19 x 13.4 x 3.6 cm / 528p
ISBN :978-4772695329
発行日 :2012/7/6

【関心率,約90%:全ページ中,手元に残したいページがどれだけあるかの割合.当方の価値観基準】

(消印所沢)

http://ameblo.jp/7ninblog/entry-11329619785.html より転載

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