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東日本大震災と自衛隊(1) (荒木肇)

time 2012/02/15

 しばらくお休みをいただきました。おかげさまで、並木書房のご尽力で、ようやっと『東日本大震災と自衛隊(仮題)』が上梓のめどが立ちました。全国の隊員諸官や多くの方々のご協力でアンケートも集まり、その読み込みと整理にずいぶん時間がかかってしまったのです。

 どうして、こんなにも隊員たちは厳しい任務に明け暮れることができたのだろう?
 何が彼らの活動を支えたのだろうか? 死をも覚悟せざるをえない立場になっても、何が彼らに黙々と身を挺して任務を果たさせたのだろうか? そんなことを考えながら、資料を集め、彼らと話し合い、材料をそろえてきました。今回、その一部を何回かに分けて、報告いたします。

はじめに

 過去、最大級の被害をもたらした東日本大震災からほぼ1年が過ぎようとしています。いまだ復旧の見通しの立たない地域もあり、苦しみ、悲しみもいやされていない方々にお見舞いを申し上げます。

 自衛隊の災害派遣も、過去最大の規模で行われました。3万人、いや5万人、そして10万人と、政府は定見のなさと、決断力の不足からの初動のもたつきがありました。それでも、陸海空自衛隊は、整斉と命令に服し、実働部隊は次々と被災地に展開します。
 東京電力や政府の面々が「想定外」を言い訳にする間も、自衛隊員たちは黙々と任務を果たしていきました。それは、被災者たちの目の前の活動ばかりでなく、すべての自衛隊員が一丸となって「戦った」結果であるのです。

 ここでわざわざ自衛官ではなく、隊員という言葉をつかいました。それは、自衛官とは制服を着て、階級をもつ人たちだけを指すからです。あまり知られていませんが、各駐屯地や各種の防衛省関連の機関、学校には、多くの自衛隊員である宣誓も行った事務官、技官たちもいます。そして、防衛省に勤務する内局の皆さんがいます。その人たちも、それぞれの戦いに参加した事実があるからです。

 ある駐屯地に女性栄養士さんがおられます。ふだんは業務隊に属して、隊員食堂の食事提供などを主務とされていますが、今回、駐屯地の多くの隊員が現地に出動しました。出動した隊員たちへの後方支援に、残った人たちは大忙しでした。彼女もまた、残業や休日にも出勤することを当たり前にこなしていたそうです。

 駐屯地司令である団長がたまたま帰ったとき、彼女に無理をしないでと声をかけました。彼女はそれに対して、「これが私の災害派遣なのです」と笑って答えたそうです。自衛官ではない、若い女性の明るい返事でした。電話から伝わる団長の声は湿り気をおびていました。私もまた、テレビや報道でなかなか知られない人々の活躍を忘れてはならないと胸がいっぱいになりました。

 今回の新刊では、そうした自衛隊員たちを支えてきたものは何か。日頃、自衛隊員たちは何を考え、どんな教育を受けているのか、どんな思いでこの派遣を受けとめたのだろうかという疑問に答えます。また、それらが何に支えられてきたのか、何を育ててきたのか、何をこれからも育てていくのだろうかという考察をしていきます。

アメリカと日本の違い

 人と人とのつながりほど、わが国の人間関係を左右するものはない。同じ地域で育った、同じ学校で学んだ、似たような職業についているなどという事実があったとする。初対面の人であっても、何かの拍子に互いにそれらが分かったとする。とたんに、それまでとは関係の在り方がちがってくる。共通の知人でもいれば、なおいい。また、仕事の調整や連絡でも気心の知れた相手であれば、よほどスムースに進んだ経験は誰にでもあるだろう。

 こうしたことは、世界中どこでも似たようなことがあるかもしれない。だが、わが国世間で重んじられるほどのことはないようだ。私たちは、顔見知りになること、酒食を共にしてお互いを理解し合うことをとても大切にしている。それは、コミュニケーションが情報の交換だけでなく、感情の共有を大切にすることと関係しているからだ。

 アメリカ軍では、目的に応じて大隊が集められ、旅団が編成される。指揮官が「ぽっと出てきて」も指揮がとれる。わが国の自衛隊では、そうはいかない。「同じ釜の飯」を食った間柄でなくては難しい。なかなか指揮官の意思が下にうまく伝わり、部下同士もまたなめらかな関係をもつことが円滑にはいかないそうだ。

 自衛隊の部隊の編成の仕方は明らかに違っている。師団の特科(砲兵)連隊は、有事になれば普通科(歩兵)連隊に大隊ごとに配属することになっている。その組み合わせは固定化してある。各職種(兵科)が配属されて普通科連隊は「戦闘団」をつくる。戦車大隊からは中隊が、施設大隊からも中隊がやってくる仕組みである。その組み合わせが変わることはない。緊密性(コーフュージョン)を大切にしているからだ。

「日頃からの信頼関係、その人の内側まで知っている。そうでもなくては生命を預け、命令に従うわけにはいかないのでしょう」
 と、ベテランの幹部は説明してくれた。だから、学校出の新米幹部は部下の陸曹から鍛えられる。教わるのは細かい技術や知識ばかりではない。人生の、組織の先輩として、酒の飲み方から、人への気づかいの仕方なども教わるのである。

 これまで、そうしたことを「アメリカは進んだ契約社会」だからとか、日本人は「個人主義が徹底していない」からだとかいうようなマイナスの解説がされることが多かった。しかし、自衛隊も近代自由主義の国民国家が生んだ組織である。武装組織だけの特性とはいえない、日本人すべてに関わることではないか。そして、それはほんとうに遅れていたり、非合理的なものであったりするのだろうか。

「欧米か!」というフレーズで人気をえた芸人がいる。若い世代でも、どこか欧米人と自分たちは違っているという自覚があるのだろう。
 欧米、とりわけアメリカと私たちは、まさに「一衣帯水」の関係にある。両国は1853年のペリー来航から始まる明治維新からの長い付き合いにもなる。同じ工業国家として非常に生活様式も似ているし、社会の仕組みも自由主義であり、今も安全保障条約を結び深い関係にある。日米両軍も陸海空を問わず、日ごろから交流に努めている。今回の災害でもアメリカ軍は「オペレーション・トモダチ」を発動。誠実に義務を履行してくれた。

 とはいえ、どこか私たちとアメリカ人は違う。たとえば、真珠湾にはアメリカ軍の兵士の遺体がそのまま眠っている。撃沈された戦艦アリゾナの内部には、いまも2000体と推定される戦死者がそのままにされているらしい。アメリカ人はその上に記念館を建てて、式典まで行っているのだ。
 それに対して、私たちは硫黄島をはじめ、日米両軍の激戦地や、日英軍、日豪軍が戦ったビルマやニューギニア、中国本土やアジア各地に残されたご遺骨を忘れることはできない。同じように、不法抑留されシベリアで亡くなった方々のご遺骨も同じである。なんとかして故国へお連れしたいと考える。

 そうした違いはどこから生まれたのだろうか?

日本人の役と分

 江戸時代というのは不思議な世界である。歴史区分の上では封建時代といわれ中世にあたる。中世といわれるのは古代と近代の間にあるからそういわれる。封建時代とは西洋でもわが国でも「武士」が力をもつ時代である。地方、農村を支配する武士が支配した鎌倉時代、室町時代、そして短いけれど決定的な転換期になった織田・豊臣の時代。変わるのは江戸に幕府を開いた徳川氏の治世(1603年)からである。ここから明治維新(1868)までを近世といっている。
 実は、これが世界史の上ではかなり珍らしい時代なのだ。

 それは、封建時代らしく、人の存在はその人の社会的役割と強く結びついている。武士の家に生まれれば武士になり、商人なら家を継ぎ、農民ならまず農地を耕して一生を終える。それが当たり前の社会である。身分の上昇や職業を変えることも、勝手にはいかなかった。それが封建の世の中の約束だったが、わが国の江戸時代は少し様子が違っている。長く200年以上も続いたが、その中で変化が現れていた。

 人はそれぞれの役を果たすことが一人前の証拠とされた。分際を守って暮らすということが大切にされた。この役と分は、今の私たちにも濃厚に気分の上で残っている。「あの仕事は彼にとっては役不足だ」というのは、彼にはもっと能力があるという意味であり、「○○らしくない振る舞いをするな」というのは分を守れということである。こうした心の中の規範はまだ生き残っている。

 日産の社員は、おそらくトヨタの車を買うことはない。買うなという規則はないだろうが、まわりの世間の目が恐いのである。また、社宅などに住んでいると、課長クラスではクラウンやベンツに乗ることもないだろう。たとえ、経済的に買えたとしても買うことはない。休日に上司とゴルフに行くときに、分不相応な持ち物は控えた方がいい。それは、伝統的な組織や会社であるほど、こうした規制は強く働くことだろう。

 江戸時代は、人々に秩序としての「役割社会」を築くようにさせた。若者は自分の属する世間の中で、役を果たせるようになることが一人前の証しと考えるようになった。その気分は明治になっても、大正になっても、そして昭和になっても変わらない。社会の中で働いていても、不正規のフリーターと言われる人たちが、今でもどこか軽んじられるのもそのおかげである。

 これに対して、アメリカ人の独立自尊の気持ちとかフロンティア精神というものは、やはり、あの国の歴史が生み出したものだ。

いわれたことからやってみろ

 准尉や曹長といった40代以上のベテランにいわせると、「今の若いやつらは、どうしてですかとすぐ聞きたがる」という。彼らは、まず言われたことをやってみるという受容的な勤勉性が好きなのだ。自分たちがそうしてきた。それで間違っていない。自衛隊というところは、そういうところなのだ。なぜか、どうしてかが説明されることが少ない。その代わり、これはこうするものだと多くのことがあらかじめ決まっていることが多い。

 長い間の積み重ねで、自衛隊ではたいていのことが決まっている。それを守ることがまた効率を高めることであり、昨日今日入隊した素人が工夫したり、考えたりしても過去の経験律にはかないっこない。ところが、最近の若いヘイタイは、どうしてかそのことに疑問をもつ。若いやつらは変わってきたということですかねという。

 若い隊員にいわせれば、おじさんたちは何も考えていないように見える。理由を教えてくれない。我慢しろ、辛抱しろとはいうが、理由を聞いても自分で考えろというだけだ。
 することに意義を見い出したい、これをすることが何につながるかを知りたい。そうでないとやる気が出ないというのは、明らかに欧米化した、自主的に選んだことをしたいという近代化した考えである。

 明治維新以来の近代化教育は、個人の大切さを教えた。それは、欧米に追いつきたい。同じだと認められたい。幕末以来の不平等条約を何とか改訂したいと願った当局者たちの悲願だった。そのため、学校教育では、ひたすら「個人の確立」、「家からの解放」を教えこんだ。あまりに急だったために社会に混乱が起きた。あわてて出したのが、当時、新しかった道徳規範である「教育勅語」だった。家族国家観といわれる考え方を創りだした。

 天皇のもとに万民が平等であるとされた。それは有史以来、初めての考え方だったといっていい。幕末に一部の人間が考え出したその思想を広めたのは、維新の混乱を生き残ったメンバーである。新しい価値規範が要る。法律をはじめ、学校制度、軍隊、郵政をはじめ新しいシステムをすべて西欧化してみた。残っているのは家族制度や、人と人との関係である。こればかりは、過去の歴史的・伝統的システムを完全に無視はできなかった。そこで、国家全体を家族に見立てる、こういう方法が考え出された。

 一人ひとりは家族と共にある。家族の中で役割を果たすことは、そのまま世間でも通用する。そんな風にされたが、現実はうまく進まなかった。近代国家といっても近代化を欧米化と同じ意味に理解したからだ。過去の伝統を無視したシステムが世間をおおった。
 今でも明治時代に翻訳から創りだされた各種の法律には、どこか私たちがなじめない。訴訟沙汰にするのを嫌うのは、私たちの生活の常識とズレがあるからだ。欧米には欧米なりの2000年あまりの歴史があり、私たちにも同じくらいの伝統がある。欧米の歴史を背負った法律が私たちの当たり前とは合わなくても当然だろう。

 私たちは世間の中で、自分の役割を果たしながら、2つのシステムの間にいる。欧米化と歴史的・伝統的システムの間にいる。そうした中で、自衛隊、とりわけ陸上自衛隊はもっとも矛盾をもたされているといえる。どこの国でも陸軍は、その国民の特質をもっとも表すといわれる。

 来週からは、いよいよ派遣活動にあたっての陸上自衛官や隊員たちの生の声を紹介していく。「気持ちを大事にする自衛隊」、「実戦経験と自衛隊」、「任務意識と自衛隊」、そして、「自衛隊は何をもって戦うか」に分けて書いていこう。

(つづく)

(あらき・はじめ)

「荒木さんの書く本だから信用できます」(自衛官)
東日本大震災と自衛隊

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