徒歩パトロールPart3:フランス外人部隊・日本人衛生兵のアフガニスタン戦争 Vol.31

2019年2月6日

はじめに
 先週のメルマガで訂正箇所があります。
 アルゼンチン出身のデルトロ軍曹についてなのですが、最後のほうで間違えて「デルガド軍曹」と書いてしまいました。「デルトロ軍曹」との間違いです。
  私のメルマガに登場する人物は、歴史上の人物など以外は、すべて偽名にしてあります。ただ、ほとんどの名前において、イニシャルは同じにしてあり、「デルトロ」という偽名を決めるさい、「D」から始まるアルゼンチン系の名前の候補を5つほど挙げ、そこから選定します。その関係で、別の候補だった「デルガド」がついつい出てしまいました。
 小さな混乱ですが、すみませんでした。
徒歩パトロールPart3
 私がデルトロ軍曹の班に、そして、オアロ上級軍曹が別の班に組み込まれると、徒歩パトロールは再開された。
 つい先ほど、GCPが村の東端で敵に発砲したが、取り逃がしたところなので、敵が少なくとも1人、そのあたりにいる。油断をしてしまわないように、複数いると仮定したほうがいい。
 お互いに3mくらいの間隔を保ちながら、我々は通路を進んだ。私は班の最後尾で、シグという痩せ細っているオーストリア人一等兵が私の前を行く。私はときどき後ろを振り向き、最後の班がついてきているかを確認する。大丈夫だ。ちゃんとついてきている。
 何度か通路の角を曲がると、左側が土壁、右側が林という幅5~6mの通路に出た。林との境には別の戦闘班の兵士たちが配置についており、しゃがんだ姿勢で林の方向に目を光らせている。
 ふと、我々の足元を1羽の鶏がひよこをたくさん率いて横ぎった。「コケコケ、ピヨピヨ」とにぎやかだ。ほんの一瞬だけ和やかな気分にひたったあと、すぐ「戦闘」に気持ちを戻した。
 通路を引きつづき進むと、“バン!バン!”と2発の銃声が響いた。我々第1小隊の区域での発砲ではない。東側の第4小隊のほうからだ。セミオートの2連射なので、仏軍の誰かがFAMASを撃ったに違いない。敵はフルオートの連射が大好きだ。
 私は「あ、始まった」と思った。我々はその銃声を聞いて、特に歩みを止めることなく、北に向かって通路を進む。ほどなくして縦横50mほどの広場につきあたった。
 広場の手前に高さ1.5mほどの土塀があり、我々は横一列となり、土壁越しにFAMASやMINIMIを北側や北西側に向け、かまえた。今の私は衛生兵ではなく、完全に歩兵のモードとなっている。もし敵が視界に入り、それが射程範囲なら、撃つ。
 広場の東側にも土塀があり、そこには別の戦闘班が配置されている。そして、広場の北側と東側にはコンパウンドがいくつか立ち並び、それらのあいだが通路を形成している。
“ババババババン!バンバン!バババババン!”
 いくつもの銃が同時に発砲した。第4小隊のほうだ。我々からそんなに離れていない。広場の東側のコンパウンドのすぐ向こうだろう。そのコンパウンドのほうに目をやると、アフガン国軍の兵士たちが、コンパウンドの壁沿いに一列で歩いているのが見えた。
 ディジタル模様の最新アフガン迷彩を着用し、M16A2小銃やPKM機関銃、RPG-7ロケットを携行している。最新アフガン迷彩は米海兵隊の森林ディジタル迷彩よりも緑色の配分を多くし、茶色を濃くしたような感じだ。
「おい、ANA(アナ=Afghan National Army=アフガン国軍)は俺たちを追い越しちゃいけないんだぞ。」デルトロ軍曹がつぶやく。
そして、ヘッドセットのマイクに向かって、アフガン国軍が第1小隊を追い越そうとしていることをボーボニス曹長に報告した。
 すみやかに連絡が届いたらしく、コンパウンドの壁沿いにいる15名くらいのアフガン兵たちは前進をやめ、しゃがんだ。デルトロ軍曹の報告はボーボニス曹長、中隊長、連隊指揮通信部を経由して、アフガン国軍に届いたのだろう。
“ババババババン!バンバン!バババババン!”
 再びいくつもの銃声が重なり合った。さきほどと同じ、第4小隊の方角だ。その銃撃に関して、我々は何もすることはない。我々の担当する区域や方向を警戒することが今やるべきことだ。
 銃声がやむと、しゃがんでいたアフガン兵たちが、何の遮蔽物もない広場を、いっせいに我々の方向へと走りだした。
“ババババババババン!”
 銃声が激しくなる。“ヒュン”とか“ピュン”という、弾丸が空気を切り裂く音が聞こえないし、地面などに弾丸が撃ち込まれたりしていないので、我々のほうに銃弾は飛んできていないらしい。それでも、こんな近くで銃撃音を聞き、少し興奮した。
 アフガン兵たちの装備の金具やPKM機関銃のベルト式弾薬が“カチャンカチャン”と金属音をたてる。「急げ!速く逃げてこい」と、私は心の中でアフガン兵たちに叫んだ。
 最初に走り出したアフガン兵が私の前を横切る。私はFAMASを上に向け、銃口がアフガン兵に向かないようにする。銃口の安全管理は大切だし、撃たないとわかっていても銃口が向いているのは気分がいいものではないだろう。
  1人、また1人と、次々にアフガン兵たちが広場を駆け抜け、我々のいる土塀の裏に滑りこんでくる。私は気づかなかったのだが、シグ一等兵とイタリア人の ディオニシ一等兵は、RPG-7で1発ロケットを撃ちこんでから悠然と避難してきたアフガン兵を目撃した。どこを狙って撃ったのか不明だが、爆発音は聞こ えなかった。ロケットの安全ピンはちゃんと外したのか?
 アフガン兵たち約15名全員が土塀に隠れる頃には銃声はやみ、アフガン国軍部隊の司令官が、地面に置いた無線機から伸びた受話器を横顔に押し付け、交信していた。落ち着いた口調だが、ダリ語なので何を言っているのか全然わからない。
 デルトロ軍曹のヘッドセットに何か連絡が入ると、私に言った。
「第4小隊のほうで負傷者が出た。衛生班の増援が要請されてる。ノダ、出番だ。行くぞ。」
「どんなケガですか?」
「わからん。とにかく行くぞ。」
 無線の連絡内容と地図から、2つの小隊の位置関係を把握している軍曹は6名の戦闘員と私を率いて走りだした。
 どんな負傷だろうか?腕か脚を撃たれたのだろうか?第4小隊には軍医プルキエ少佐と衛生兵ミッサニ伍長が派遣され、一緒に行動している。すでに何か処置を始めているだろう。しかし、その2人では人手が足りないなんて、重傷に違いない。
 そう考えながら、もと来た道を走って少し戻った後、深緑の麦畑をガサガサと抜け、幅2mほどの通路に、土塀が崩れた部分を通り、真横から入った。入るとすぐ左手に、第4小隊の副小隊長であるチリ人のオラチオ上級軍曹がいた。
「ノダ、軍医を手伝え。」
 上級軍曹は落ち着いた声で言うと、上半身をひねり、後方20mくらいを指さした。
 曹長の口調があまりに静かだったので、軽傷なのかと思ったが、曹長の指の先には、ひざまずいて両手を忙しく動かしているフランス人軍医プルキエ少佐とアルジェリア人衛生兵ミッサニ伍長の姿があった。不思議なことに、想定演習をしているような感覚を私は感じた。
 2人の間には、1人の白人兵士が頭部をこっちに向けた状態で、仰向けに横たわっていた。すでにヘルメットもアーマーも脱がされ、仏軍迷彩服だけを着ていた。どんな傷なんだろう?近づかないと見えない。誰なのかすら、ここからはわからない。
 デルトロ軍曹は、新たな命令を受けたらしく、負傷者がいるのとは逆の方向に通路を走り出した。私はここに残らないといけない。
「軍曹!軍曹!」
私はダッシュして軍曹に追いついた。そして伝える。
「私はここに残って軍医を補佐します。いいですね、軍曹!」
「もちろんだ。行け。」
班から私が離脱することを確認した軍曹は、そのまま6人の戦闘員を率いて駆けだした。
 私は少佐たちのところへ急いだ。着ているアーマーやバックパックの重さは気にならなかった。負傷者の苦しみに比べれば大したことはない。彼を助けなければ・・・。
「少佐殿、今行きます!!」
私に気付いたプルキエ少佐が叫び返した。
「気管切開キットをくれ!」
(つづく)