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創刊2000年10月のメールマガジン「軍事情報」です。

マッカーサー

前回までのあらすじ

前回、ウィロビーが抱いていた「中国人が劣悪な戦闘能力しか有しない」という偏見がどのようにして形成されたのかについて分析した。

ウィロビーは米陸軍指揮幕僚学校の教官時代の間に研究した日中戦争研究を基礎として戦間期に『戦争における機動』(Maneuver in War)を執筆した。同書の内容を分析した結果、ウィロビーが抱いた偏見の萌芽が台児荘の戦いや徐州会戦といった日中戦争の戦闘を分析した結果に胚胎している点を指摘した。

日中戦争の初期から中期にかけての中国軍は圧倒的数的優位にもかかわらず数的に劣勢な日本軍を撃破することに失敗するどころか、劣勢な日本軍の巧みな戦術的機動に翻弄された。その結果、ウィロビーは、台児荘の戦いや徐州会戦の分析を通じて、数的に劣勢な日本軍が戦術的機動を以って機動性で劣る中国軍を撃破するイメージを確立するに至った。

筆者は、日中戦争における中国軍の戦闘能力の分析から朝鮮戦争での人民義勇軍の戦闘能力を推し測ろうとしたウィロビーの論理を「日中戦争アナロジー」と名付けた。しかし、諸条件が相違したため朝鮮戦争では「日中戦争アナロジー」は通用しなかった。

すなわち、1950年11月の事例では、中国軍は国連軍に対して兵力数で優勢であったのみならず「機動性」の面でも優勢であったからだ。なぜならば、重砲や戦車といった装備が少なかったため人民義勇軍は道路に拘束されることなく、米軍であれば行動不能地域とみなされる森林地帯や山間地帯に浸透し、国連軍を包囲することができたからであった。

日中戦争における常に機動性に欠けるゆえに「包囲される」中国軍というウィロビーの観察は、1950年11月にはウィロビーにとって不利に働いた。11月の事例では、歩兵主体の人民義勇軍の方が機動力を発揮でき、機械化され重装備の米陸軍および米海兵隊が機動力に欠け、人民義勇軍により包囲される役回りを演じる羽目になったのである。

主観的で信頼性に欠けるウィロビーおよびマッカーサーの著作・議会証言

前々回、ウィロビーの著作やマッカーサーの議会証言は主観的で信憑性に欠ける部分が多く、史料的に問題がある旨を指摘した。では、より具体的にどういった点が信頼できないのであろうか?今回から2回にわたりウィロビーの著作やマッカーサーの議会証言の中に見られる弁明の真偽について考察してみたいと思う。

ウィロビーは、戦後に執筆した著書『マッカーサー:1941~1951年』(MacArthur, 1941-1951)の中で、中国共産党の意図を確知することに失敗した責任をワシントンに帰して以下のように批判している。

「外国の意図をあつかう軍事的政治的調査は、通常、国務省もしくはCIAが所管していた」

このウィロビーの記述はマッカーサーの弁明に対応したものである。マッカーサーは司令官解任後の1951年5月に開催された米国上院軍事外交委員会の席で以下のような証言をしている。

「1950年11月に、わが国のCIAは、中国軍が一部兵力で大規模な介入を行うチャンスは存在しないと思われると言っていた」

米国上院軍事外交委員会の証言席に立ったマッカーサーは、CIAを批判し、自身とウィロビーがCIAから意図的に疎遠にされたと述べている。

しかし、マッカーサーが1950年10月12日に受領したCIAの報告書は、マッカーサー率いる極東軍司令部参謀第二部の「中国が朝鮮半島に介入する機会は過ぎ去ってしまった」という分析結果をそのまま反映させたものであった。

したがって、CIAが「中国軍が一部兵力で大規模な介入を行うチャンスは存在しないと思われる」と報告書で述べていたとしても、それは極東軍司令部参謀第二部の分析内容とほぼ同一内容であったのだ。このことからもわかるように、マッカーサーの議会証言およびウィロビーの著作の内容は、客観性に欠けている部分が多いのである。

ウィロビーまたもやミラー・イメージングの罠にはまる

ウィロビーは自著『マッカーサー:1941~1951年』の中で、自身の情報分析報告書が、中国共産党による戦争介入の脅威に対処するためワシントンの政策中枢もしくは国連による反応を引き出したに違いないと述べている。さらにウィロビーは、中国が朝鮮戦争に現実に介入するだろうと結論づけなかったとしてワシントンの政策中枢や国連を批判してもいる。

しかし、この連載で何度か指摘したように、ウィロビーは、中国が朝鮮戦争に介入するかもしれないという周恩来ら中国要人の公式声明を単なる「政治的な恐喝」にすぎないと評価していた人物であり、このことを考慮するならば、ウィロビーが書いた報告書の内容がワシントンに中国の脅威に対する対応を引き出すような深刻な内容であったとは考えられない。

中国側要人が発する国連軍に対する警告の言葉や満州で増強中の人民解放軍の存在をワシントンは知っていたとして、ウィロビーは中国共産党を抑止できなかった責任をトルーマン政権にあるとして以下のように述べている。

「もし、朝鮮半島に中国共産党員の1人たりとも進入した場合、それは敵対行為とみなされるであろうという効果的な警告を米国が発していたならば、朝鮮戦争は終結していたであろう。・・・[中略]・・・その代わりに、弱い政策やロシアによる戦争介入の恐怖から、事態は正反対の方向に進んでしまった。こうして、中朝国境に架かる諸橋梁は聖域となり、満州に所在する中国の基地は無傷なまま残されてしまった」

ウィロビーが鴨緑江に架かる橋梁に注目していることは、彼が、大規模な軍事部隊を行軍・展開させるうえで橋梁や道路といったインフラを重視する米軍基準で中国側の軍事行動を考えていたことを証明している。

朝鮮戦争において米軍は荒涼とした山岳地帯が広がる朝鮮半島北部においてしばしば道路に拘束されたが、中国側は急造された貧弱な橋梁や国連軍が機動困難であった山岳地域を頻繁に利用することで、国連軍に対し位置的に有利な地点を占めることに成功したのである。すなわち、ここでもウィロビーはミラー・イメージングの罠に陥っていたといえる。

ウィロビーによる陸軍上層部批判

『マッカーサー:1941~1951年』の中で、ウィロビーは、仁川上陸作戦計画を進めようとしたマッカーサーと計画に反対する統合参謀本部との対立を以下のように評した。

「彼[マッカーサー]の計画は、ワシントンに居る強力な軍事指導者たちによって反対された」

このウィロビーの言葉の後には、統合参謀本部議長オマー・ブラッドレーは水陸両用作戦が「時代遅れ」の戦術であると宣言したという告発の一文が続いている。さらにウィロビーはこのブラッドレーの対応について、「明らかに、上層部は軍事史の教訓を忘却してしまった」とのコメントを付け加えてもいる。

ウィロビーは、マッカーサーが最も嫌っている将校の一人である陸軍参謀総長ジョセフ・ロートン・コリンズ陸軍大将に対しても以下のような批判を展開している。

「コリンズ陸軍大将が仁川上陸作戦計画とそれを現実的に達成する手段の重要性について理解することに失敗したことは、戦場において司令官[マッカーサー]が直面している現実の諸問題に対処する彼の能力の程度を物語るものである」

「戦場において司令官が直面している現実の諸問題に対処する彼の能力の程度を物語るものである」とはかなりの皮肉である。ウィロビーは、もしコリンズがマッカーサーの立場であったと仮定するならば、コリンズが司令官として国連軍が直面する諸問題に対処できないだろうと述べているのである。

マッカーサーとコリンズとの間の摩擦は、戦術をめぐる意見対立を超えるものであった。朝鮮戦争で第十軍団を率いたマッカーサーの寵臣ネッド・アーモンド陸軍少将は、マッカーサーがアーモンドが第十軍団軍団長に就任するであろうとコリンズに伝えた時に、コリンズが大激怒したと述べている。

コリンズが激怒したのには理由がある。軍団長任命のような重要人事は、陸軍参謀総長の事前承認を得るのが普通だったからである。マッカーサーがコリンズの事前承認もなしにそのように自由気ままに振る舞えたのは、マッカーサーが第13代の陸軍参謀総長(ブラッドレーは17代目、コリンズは18代目)を経験していた陸軍最古参の現役将官の1人であり、陸軍内部に大きな影響力を持っていたからである。

人事権を握る陸軍参謀総長コリンズを無視して、独断で軍団長人事を決定したマッカーサーの行動は、この当時の陸軍内部におけるマッカーサーの威信と声望の高さを物語ると同時に、彼がいかに増長し独裁者に近づきつつあったのかを示す逸話であるといえる。そして、誰も逆らえない独裁者であったがゆえに、仁川上陸作戦は成功し、1950年11月の敗北と自身の失脚をも招いたのである。

(以下次号)

(長南政義)


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