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図説イングランド海軍の歴史

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「パクス・ブリタニカは、ロイター通信とロイヤルネイビーによって支えら
れた」こういう言葉を聞いたことがあります。


本著を読むと、こういう言葉を口にすること自体がむなしくなります...

この本は読み手を、「この種の言葉を受け入れる側」から「作り出す側」へ
と一瞬のうちに変身させるだけの知的滋養を与えてくれる本です。


■実務家と評論家!?・・・

思いますに、世の中には実務家と評論家がいます。
評論家というのは悪口の意味合いではなく、真の意味で世に必要な評論家のこ
とですが、そのスタンスをざっくり分類すると以下のようになると思います。

実務家:今から先の時代に向かって走る人
評論家:今から過去の時代を振り返る人

実務家が立ち向かう「これからの時代」は、はっきり言って五里霧中です。
理論や理屈が何の役にも立たないことは、社会に出た方なら誰もがお感じにな
っていることでしょう。

しかし、五里霧中とはいえ徒手空拳で立ち向かうのはあまりにリスクが高いで
す。人間はこういうとき、過去の経験から得た知恵を武器にします
「同じ間違いを二度繰り返すな」はよく使われる言葉ですが、「過去の経験か
ら知恵を学び取って今に活かせ!」ということを意味しているのでしょう。

そうなんです。
実務家には理論や理屈は不要ですが「行動に当たって拠り所となる何ものか」
は必要で、それがなければ意味ある行動がとれないんです。
その拠り所を歴史のなかからつむぎ出すのが評論家の仕事でしょう。

以上のおはなしは国家レベルでも同じことだと思うんです...


■歴史から学ぶ・・・

「知識ではなく歴史的な思考を」
「観念論からではなく有機的な歴史から養分を」

後者は尊敬するある先輩からいただいた言葉ですが、これから先の時代に立ち
向かう実務家にとって、何より大切なのは知恵であり、その汲み取り先「歴史」
なんですね...

しかし、知恵を汲み取る先の歴史自体がおかしなものであった場合、そこから
導き出される知恵・行動は当然おかしいものとなります。

平気で歴史を捏造する官僚が驚くほどたくさんいることに代表されるわが国の
現在のおかしさの根源は、歴史の世界にあるような気がしてなりません...

前号で岩下哲典さんを紹介した際、「日本の歴史学会にもこんな人がいたんで
すね」と書きましたが、「国家レベルで、今から先の時代に向かって走る人た
ちに役立つ養分の源」となる歴史書は、現時点でほとんど目にすることはあり
ません。

また、われわれ専門家でない素人が歴史から教訓を得る場合、正確な時代背景
理解、軍事への正確な理解がない作品を手にしてしまうと致命的です

知らず知らずのうちに誤った歴史感覚が自分の中の常識となり、普通のものの
見方を「偏ったものの見方」と無意識で判決を下してしまうようになるのです。

実は私たちは、こういう危険な環境の中にいるんです...

私自身、この被害者の一人でした。
頭の中をクリアするのに大変な時間がかかり、とても苦しみました。

あなたには、私が味わったような苦しみを味わっていただきたくありません。
ですので、ここでご紹介する歴史関連本は、その他の書籍の場合とは違って
特に時間をかけて吟味を重ねています...


■本著の概略など・・・

本著を書いた小林さんは元海将補[予備役海軍准将]です。

次号でご紹介予定の本の出版社・並木書房さんが以前に出された『SBS特殊部
隊員』(SBSは英海軍特殊部隊です)の翻訳アドバイザーもされたと聞きます。

創設からトラファルガー海戦までの「イングランド海軍」の通史で、
この分野ではわが国唯一の著作です。

海戦中心の描写ではありますが、それ以上に「イングランド海軍を通して書い
た近代海軍の解説書」「イングランド海軍を通じて書いたパクス・ブリタニカ
への道」という意味合いを持つ本で、本格的かつ一般向けに書かれたとても読
みやすい歴史書という印象を、読み終えたいまもっています。

その他、軍事用語の解説や、ご本人がまえがきで述べられている「海軍の階級
呼称の由来」(アドミラルがこういうものだったとは・・・)など、事典的な
読み方も出来る、気づきを多くもらえる本ですね。


■読んで見ました・・・

27ページからはじまる第1部第3節で小林さんは「アドミラルティ」につい
てずいぶん細かい言及をされています。はじめはなぜここまで細かく言及され
るのかが良く分かりませんでしたが、数度読み返すうちに何となくわかったよ
うな...

各種翻訳本の訳に対する違和感を正直に語られている姿にも、とても共感を覚
えます。

小林さんに言わせれば、パクス・ブリタニカはイギリスが「艦隊という物理的
な力と世界市場を支配する経済的な力で」自分たちのもとに招きいれた時代の
ことです。

ここだけ読むと、その他大勢の歴史書と変わりありませんね...
本著が読むに値すると思うのは、その根っこを見据えている点にあります。

小林さんはパクス・ブリタニカの本質を「ブリテンがこれまでの海洋政策を一
大転換させたこと」にあると指摘しています。

それまでの「イングランド」の海洋政策は、<排他的かつ重商主義的であった>
わけですが、英はその政策を一転させ、1805年に通峡儀礼、1858年に
航海条例をそれぞれ廃止しています。小林さんはこの2つの政策を<イングラ
ンド史上、これは画期的な出来事である>と評価しています。

しかし、海洋政策の転換だけでパクス・ブリタニカが起こったわけではないん
ですよね。最後でも少し触れますが、それまでの長い積み重ねがようやく花開
いたというのがホンネのところのようです。


■穏やかな春の昼下がりに紅茶を飲みながら・・・

この本は、事典代わりになるわが国唯一の「イングランド海軍」本ですし、パ
クス・ブリタニカを研究したり調べたりする上で必須の文献であると思います。

なにせ、19世紀までの「イングランド海軍」のすべてが書かれているわけで
すから・・・。

しかし、なかには「分厚いよ」「高いよ」と思う方がおられるかもしれません。
総ページ数は516ページ(うち最後尾の目次、脚注、資料部分が41ページ)
ですしね...

実際読み通してみて思うのは

「とにかく読みやすくて面白い」

ということです。

なぜかといえば、小林さんが書かれている文章は大変読みやすいんです。
適度な漢字とひらがなのバランス。●●独特の行間から風がふき抜けてくるよ
うな文体... スイスイぐいぐい読めます。
これは保証します。

「安い」
「ボリュームもちょうどいい」
「書棚にあるだけでも満足できる」

とも思います。

帆船の絵と地図が描かれた上品な表紙からは、値段以上の高級感が漂っていま
す。おだやかな春の昼下がりに紅茶を飲みながら読むのにうってつけの本とも
いえましょう。


■セミの寿命・・・

小林さんは最後に以下のような文を記されています。

<イングランド海軍の物語を閉じようとするとき、自ずと脳裏を巡るのは一千
年の歴史に刻まれた多くの教訓と示唆であるが、それは人の見方により一様で
はあるまい。だが、個人的には、胸中に一抹の皮肉な哀愁の念が漂うのを禁じ
得ない。この国の艦隊は1805年の「トラファルガー岬の海戦」で世界の海
軍の頂点を極め、以後も様々な政策を駆使してパクス・ブリタニカを謳歌した。
それでも、その栄華は高々6、70年しか続かなかったのである。・・・>

『大国の興亡』や『十八史略』、『ローマ帝国衰亡史』を読んでも感じること
ですが、永遠に繁栄を続ける国や権力はこの世に存在しないんですよね。繁栄
すれば衰亡する。これが歴史から得られる最大の教訓です...

小林さんのおっしゃる<皮肉な哀愁の念>ということばは言いえて妙と思いま
す。

最後に、以下の言葉は、よくよく腹に納めておく必要があると感じました。

<イングランド海軍の歴史は有為転変の谷間を歩む物語であるが、それだけに
見方によっては、蝉の一生に似ていなくもない。蝉の幼虫は数年間も暗い土の
中で暮らし、やがてある年の夏に羽化して、光り輝く陽を浴びて声を限りに鳴
き続ける。だが、それは精々二週間ほどしか続かないという。>


追伸
かっこ付の「イングランド」という字、異様に目立ちませんでしたか?
その理由は●0ページに書かれています。

(エンリケ航海王子)


『図説イングランド海軍の歴史』
 小林幸雄(著)
 原書房

【070210配信 メールマガジン「軍事情報」(本の紹介)より】

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(投稿日:2007年2月10日 14:39
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